第67話【バッドランド】
《8月2日 AM09:15 ジャッキー・シルバーの館》
〘あの3人には私から伝えておく。〙
「一緒にいたら絶対ゴネて行かせてくれないからね。」
〘そうか。〙
「うん。」
上五島の夏は明るい。本州よりも早く顔を出した太陽は朝のかなり早い段階から大地を照らす。9時にもなれば、ほとんど正午と変わらない日差しが照りつける。まるで包囲網のようにセミの鳴き声が全身を貫く中、安成は大地を踏みしめていた。
〘ルリ子も鶴も通ってきた道だ。安成…あの2人にできて、お前にできないことなど何も無いように、私はお前を鍛え上げたつもりだ。〙
「わかってる…むしろこのために帰ってきたんだから。」
〘戦士の証明だ安成。〙
「あそこに見える島に向かえばいいんだ?」
〘そうだ。〙
師匠の指さす先、海の沖の遠くに見える離れた無人島。大きさはハウステンボスより少し広いくらいといったところか。かなりデカいがまあ…島だから。
〘何かあっても助けに行けないぞ?〙
「わかってるってば。」
〘そうか…ではルールをもう一度確認しておく。〙
「は~い。」
さて、2人が一体何をしているのかと言うと…話は昨晩、客人3人が寝てしまってからに遡る。
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《昨晩》
「バッドランドに…」
〘行きたいのか?〙
「うん。」
〘やはりそうか。馬鹿に駆け足で帰省した理由はそれか。〙
「私…何もできなかった。あんなに怖くて腰抜かしたの初めて。」
〘相手が相手だ。恥じることはない。〙
「それでも!」
〘……………。〙
「それでも…これから先、まだまだあんなのと戦わないといけないなら…いけないならっていうか、戦わないと生き残れないっていうか、守りたいものも守れないから…!」
〘……………唯一未完遂の修行を成し遂げに来たのか。〙
「…うん!」
〘たくましい娘だ…わかった。バッドランドに行くがいい。〙
「…いいの?」
〘今のお前なら資格アリだろう。ルリ子や鶴も今のお前くらいの歳だったからな。〙
「…それじゃあ」
〘だが忘れるなよ。最悪死ぬ危険もあるということを。〙
「!」
〘お前はどうもルリ子や鶴のあとを歩いて行きたがる癖があるからな。アレ等は天才ではなく怪物の類いだ。参考にはしないほうが身のためだぞ。お前はお前の強さで自分の価値を証明しろ。〙
「私の強さ…!」
〘その答えを見つけてくるといい…あの"弱肉強食の島"で…!〙
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「1人で行って1人で帰ってくること、1週間経つまで島から出ないこと、武器は持たないこと。以上3つ。」
〘厳密にはもう1つある。〙
「?」
〘生きて帰ることだ。〙
「最悪死ぬって言ってたじゃん。」
〘それは完遂できなかった場合の話だな。〙
「結局無事に帰ってくると思ってくれてるってことでいいのね?」
〘無論だ。〙
「大好きじゃん私のこと。」
〘無論だ。〙
「/////」
〘では…AM09:30になったら開始とする。ここから山を下り、あそこに見える島まで泳いで向かうがいい。今日は海も荒れていない。すぐに着くだろう。〙
「着いてからでしょ本番は…。」
〘時間だ。〙
「行ってきまッッッ!」
突風を巻き起こして勢いよく走り出した安成。その姿はすでにジャッキー・シルバーの視界から消えていた。
〘フフフ…。〙
「おはようございます…今のアンナちゃん?」
〘おはよう來美。〙
「はい…あの今のは…?」
〘出発したあとなら、君たち3人にも伝えていいと安成から言われている。朝食でも取りながらゆっくり聞いてくれ。〙
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《8月2日 AM10:03 ジャッキー・シルバーの館》
「修行に行った…!?」
〘そうだ。〙
ジャッキー・シルバーからのカミングアウトに驚愕する來美。
〘黙っていて悪かった。あの子の方からも、出発前に伝えると絶対に止められるから言わないでほしいとお願いされていた手前、事後報告になってしまった。〙
「そんなに危険なんですか?その修行って…。」
慌てふためく來美と違って、冷静な耐心が口を開く。
〘安成の向かった島にはディストートがいるからな。〙
「え…」
〘こんな島でも奴らは関係なく現れる。幸いなことに被害が出る前に対処できるだけのネットワークはあるもので、人的被害は出ていないが…そういう手ごろなディストートを冷凍保存して島に幽閉している。ハウステンボス3つほどの面積の無人島に10匹ほどのディストートがいるが、安成にはそこで1週間過ごしてもらう。〙
「あ、安成ちゃん1人でですか…!?」
〘そうだ。それにディストートたちはそれぞれ仲間意識があるわけではない。常に互いの腹のさぐりあいだ。そんな場所で1週間過ごして生きて帰ってくる…これが"BadLand"…ルリ子や鶴もやり抜いたことだ。きっとあの子も帰ってくる。〙
食卓に座ったジャッキー・シルバーがあまりにも堂々と話すので、心配よりも「大丈夫かも」という気持ちが湧き上がってくる來美と耐心。実際には安成が行わんとしている修行は非常に危険な内容だ。周りは敵だらけ、命の保証はない。しかし、この男の言葉にはそれを軽く吹き飛ばしてしまうほどの重みと安心感がある。こういうのをカリスマというのだろう。流石はあの3人を育て上げた師匠だ。
〘君は肝っ玉が座っているな。〙
「え?あ、あぁ俺すか?」
〘箸が全然止まらないじゃないか。〙
「いやまあ…んーなんていうかな…。」
〘……………。〙
「俺…アイツ周りで起こってることまだあんまり耐性できてないから頭追いついてないんすよ。バカだし。」
〘フム…。〙
「けど…馬鹿な俺なりにやっぱこう…アイツがスゲェのは知ってるから。なんだかんだ絶対生きて帰ってくる、"持ってる"っていうのかな…そういうのがアイツにはありますから。だから俺は信じて待つだけッス。」
〘!〙
「そんだけッス。」
〘……………。〙
「な…なんスか…?」
〘……………あの子が。〙
「「「 ? 」」」
〘あの子がこの館から自立すると…この館から出ていくと言った日に…私が一番心配していたのは、実のところ"人付き合い"がうまくできるかどうかだったのだ。〙
「「「 人付き合い…。 」」」
〘時に無理やり引き出してやらねば口を開かん娘だ。かと言って私はこの島を出ることもできぬ。だが…君たち3人を見ていて出会いには恵まれているように感じた。これからもあの子のことを頼む。〙
3人に向かってかけられた言葉に嘘偽りは全くない。師匠ではなく1人の親として放たれた優しい言葉を3人はしっかり受け止めていた。目の前にいるのはディストートだ。だが今まで出会ってきたどのディストートよりも温かい目をしていた。
〘さて…そろそろ私にも慣れてきた頃だろう。普段のあの子の事を聞かせてくれないか?〙
「は…はい!えーと…何から話そうかな…/////」
大きな手を肩に置かれて一瞬ビクついた耐心だったが、少し照れくさそうに安成との生活について話し始める。学校でのことを耐心と翔馬がジャッキー・シルバーに話す様子を見て來美は微笑むのだった。




