第48話【思い出す故郷、瑠璃色の太陽と鶴写す満月。】
──────雪蘭、起きなさい。
寝起きの悪い自分を、いつも起こしてくれていた母様の優しい声が聞こえる。1番お姉さんの自分が1番最後に起きて我が家の1日は始まる。先に起きた弟や妹たちの笑い声と走り回る音を聞きながら、目をこする。
「おはよう雪蘭。ご飯できてるわよ。」
厳格な父様は、誰よりも早く起きて剣術の鍛錬に励む。少し遅れて起きた母様が家事を始める。そうして我が家の1日が始まるのだ。
しかし………今日は特別に眠い。いつもより瞼が重い。身体が起き上がらない…もっと眠っていたい。
そもそも自分は何故ここに居るのか…名古屋で体調を崩して、トイレに入って、上からも下からも出すもの全部出してトイレから出てみれば、皆が見知らぬ女と話して居たので、耳を澄ませて聞いていた。本当は皆と合流したかったが気合いに身体が追いつかず…そこからどうなったっけ…。
それで起きたら…家の布団に居た。
「ほーら、雪蘭。いつまでも寝てちゃだめよ?」
雪蘭、早く起きなさい。
雪蘭早く起きなさい。お友達が待ってるわよ。
──────雪蘭。
──────起きて。
《7月7日 PM21:04 名古屋市街・一般道》
「お、起きて。だ、大丈夫?」
「…んん………。」
「よ、良かった。こ、この特効薬試作品だったけど…き、効いたみたい。」
呼びかけられて、うっすらと目を開ける。あぁそうだ…一部始終を見ていた私は、皆が二手に別れたあと、スマホに入っていた晴家安成からのメッセージ・位置情報を頼りに2人を地上から追跡していたが、どうやら眠っていたらしい。いや、気を失ったと言うべきか。
恐ろしい細菌だ。何度も症状がぶり返す。
「た、体調はどうかな?」
だんだんと視力が戻るにつれ、目の前で声をかけてくれていた人物の姿が鮮明になって行く。
見知らぬ女がいた。心配そうに私の顔を覗いている。
「…だ…誰…?」
「そ、それはあとで。も、もう少ししたら万全に戻るからね。」
ボソボソと繊細な声で話す女。周りは私と同じように倒れて気を失っている人、苦しんでいる人、そして現場に駆けつけた救急車で混乱状態だ。
そんな中でこの女、全く動じていない。体調も崩していない、冷静に私のことを見つめている。
「も、もう少し休んだら元気になるから。そ、そしたら…あ、安成のところに行ってあげて。つ、鶴はルリ子のところに行くからね。」
女の口から晴家安成とルリ子の名前が出た…なるほど、どうやらSMOoDOの関係者らしい。とりあえず信頼して良さそうだ。
「…わかった………。」
「あ、ありがとう。そ、それとこれ…か、影狼ちゃんに。お、同じ特効薬…も、持っていってあげてね。」
女から小さな瓶を渡される。中には液体が入っている。
「の、飲むタイプだから。い、イチゴ味にしたから飲みやすい…と思う。た、多分。」
「……わかった…。」
「そ、それじゃあ。が、頑張ってね。そ、それとこの子もお願い。」
すると、女の頭から1匹のカラスが自分の目の前に下り立った。『かー!』と鳴いたカラスに、ニッコリと優しく笑いかけ、頭を軽く撫でた後、スッと立ち上がった女はどこかへ歩き出した。とりあえず、言われた通り体力が回復するまでここで大人しくしていたほうがよさそうだ。
歩いていく背中を見つめながら、渡された特効薬に目を落とした。
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《同時刻・名古屋市内・廃工場跡》
〘なーんちゃって!〙
コチラへ飛びかかって来た…かと思われたカミーラが攻撃をやめた。完全におちょくられている。私たちのことを敵だと思っていない。あっかんべーしているその顔からは『対戦相手へのリスペクト』は微塵も感じられない。
ならば…と、こちらからゆっくりと歩いていく。進む先には銀髪の女が立っている。舐め腐った笑みが心を逆撫でする…おそらく、あえてコチラが怒るように仕向けているのだろう。冷静さを欠けば不利になるから。
「…アンタは。」
〘?〙
「アンタからは…全然殺気が感じられないね。」
〘当たり前じゃん。殺す殺されるっていうのは同じくらいの強さの中で成り立つことでしょ?キミとそこのニンジャじゃ、カミーラが別に『殺す!』って思わなくても適当に暴れてたら勝手に死んじゃうだろうし〜。〙
…悔しいけど、多分コイツの言ってることは正しい。今の私と影狼じゃ、正面から戦っても負ける。
「…どうする?」
「…この緊張感…いつかのバスの時以来でござる。」
バス…去年の冬の事件か。そうだそうだ、影狼と鳥ちゃんが2人で解決した任務。確か危険度Sクラスのディストートが白昼堂々観光バスを襲って…それで。
「あ。」
「安成殿?」
「そのバスの話で思い出した…アンタと鳥ちゃんに会わせたいやつが居るんだ。」
「…会わせたい御人?」
もちろんショウマのことだ。そうだ。ショウマと約束したんだ、影狼と鳥ちゃんに直接お礼をさせてあげたいって。だから…私も影狼もここじゃ死ねない。事件の当事者は影狼だし、ショウマを紹介できる友達は私しかいないんだから。
「…最近できた友達。そのバスの運転手がお父さんだったんだって。直接お礼言いたいって。」
「左様でござったか…ならば拙者も…必ず生きて、お父上を助けられなかった謝罪をせねば。」
「…腹くくったね。」
影狼はコチラを一回も見なかった。だけど、その声からは影狼の優しさとか覚悟とか…色々な感情が伝わってくる。
私もそれに応えるように、靴のボタンに手を伸ばす!
うぅぅぅぅぅぅぅぅう!うぅぅぅぅぅぅぅぅう!
"Warning!Warning!"
〘ん〜?〙
"Warning!Warning!"
「…直接見るのは初めてでござるな。」
"Warning!Warning!"
「……そうだっけ?」
"Warning!Warning!"
「…しかと拝見させて貰うで候。」
"Warning!Warning!"
〘あ〜!報告にあった青い女の子!〙
コチラを指さしながら小馬鹿にした笑いを浮かべるカミーラ。そんなコウモリ女を睨みつけながら、私は腰を落として構えた。
「変身!」
"SELECT RAPID"
"DISTORT BRAKE MATERIAL"
"COLOR BLUE LET'S DRIVE"
ヒュンッ
〘およ?〙
瞬間、私と影狼が左右に分かれる!2人で反対方向に動き回ってカミーラの周囲を包み込むように駆け回る。
もちろん、スピード自体は私のほうが圧倒的に上だ。しかし影狼も普通の人間とは思えないほどの速度で動いている…流石だと言わざるを得ない。その衣装も相まって、夜の闇に溶け込んだ影狼は並の使い手では捕らえきれないはずだ。逆に私は青い光を放っているから、夜であれば青い残像の軌道を追うこと自体はできるはずだ。
スピードで勝る私が見えて、スピードで劣る影狼が見えない矛盾…これでコイツを撹乱する!
〘ふ〜ん…速いね。〙
バギャッ!
〘…ッ!〙
隙を見て、カミーラの顔面にパンチを1発打ち込む!ギリギリでガードされたが、防いだ拳が当たったカミーラの手首には、D.B.Mによるダメージがしっかりと残っている!
バキッ!
〘………。〙
今度は蹴り!これも足をぶつけられてガードされたが、当たった場所には確実にダメージを与えられている。
ヒュン!
〘………フンッ!〙
今度は何処からともなく手裏剣が飛んでくる!カミーラの顔を狙って3枚の手裏剣が夜の暗闇から放たれ、それをギリギリでキャッチしたカミーラ!
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウ!
〘痛…これもヤバイやつ!〙
影狼のD.B.M入り手裏剣…!四方八方から飛んでくる数々の武器を全てキャッチするカミーラの隙を突いて攻撃!
限られた時間で、小さなダメージを蓄積させていくこの作戦なら、いずれコイツを削り切ることができるはず!正面からの戦闘で勝ち目がないなら、対抗策はこれしか
〘あのさぁ。〙
パシ
「嘘…!?」
「安成殿!」
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風が吹いている。
心地よい4月の風が肌を撫でると、寒かった冬がはるか昔のことのように感じられる。気持ちの良い風だ。
「ハレ〜ル〜ヤ〜♪ハレ〜ル〜ヤ〜♪」
讃美歌を歌いながら桜が咲く道を歩く。舞い散る桜がピンク色のカーテンのように辺りを染めていく。
「手ぇ離すなよアンナ。」
「うんっ!」
今にも走り出してどこかに行ってしまいそうな私の右手を、ルリ姉がしっかりと握りしめている。手を離さないようにと注意してくれているが、優しく微笑むその顔に怒りは無い。思えばいつもそうだ。ルリ姉は私に甘い。
「安成、保育園楽しい?」
「たのしー!」
今度は、ルリ姉とは反対側の、左手を握ってくれている背の高いお姉さんが話しかけてくる。ニコニコと微笑むその姿を見て、私も同じように笑いかける。
「良かった…。」
「ツルねーはがっこーたのしー?」
「え…わ、私はね…えーっと…。」
「鶴は1番頭いいんだぞ学校で1番。」
「えー!いちばん!?すごーい!」
「そ、そうかな…。」
私とルリ姉に褒められて、照れくさそうに顔を隠すのは、もう1人の私の姉御分のツル姉だ。
「ツルねーツルねー?」
「なぁに?」
「これほいくえんでね、つくったんだよ!」
私はポケットから出した折り紙のメダルをツル姉に渡す。金と銀の折り紙でできたメダルだ…子どもの慣れない手つきで作ったものだから、ポケットの中でグチャグチャになっている。手のひらに収まるほどの不格好なメダルだ。
「ツルねーいちばんだからあげる!」
「すごーい!安成は優しいね…私、これ宝物にするね。」
嬉しそうに微笑みながら、ツル姉が私の頭を撫でてくれる。それを見たルリ姉が『ずりー!アタシにもくれよー!』と私の脇をコチョコチョしてくる。
「キャハハハハハハ!」
ツル姉…活発なルリ姉とは正反対の、物静かな性格だけれど、とっても優しくて、いつも私と一緒に寝てくれたり、怪我した時には『痛いの痛いの飛んでいけ〜』してくれたり、私がわからないことを教えてくれたり…ルリ姉と同じくらい大好きな、私のお姉ちゃんだった。
血は繋がってないけど、本当の3人姉妹みたいに育ってきた…私が小学校に入ったと同時に、ルリ姉とツル姉は中学に上がって、それで東京に行ってしまったけれど、2人は毎日連絡くれたっけ。
思い返せば、ツル姉とは長いこと会ってない…元気してるかな…。
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ゆっくりと目を開ける。そこには余裕の笑みを浮かべるカミーラの顔が。
〘もう慣れた。〙
「安成殿!」
〘君もね忍者くん。〙
ドゴッ
「グッ………!」
カミーラからお腹の真ん中に蹴りを入れられた影狼が吹き飛ぶ。廃工場の壁を何枚も突き破りながら吹っ飛ぶ影狼を、逆さまの世界で見つめていた。
世界が逆さまだ…何これ…?
〘びっくりした〜…。〙
足首に走る圧迫感で状況を把握する。私の右足を左手で掴んだまま、持ち上げて自分の目の高さまで私の顔を持ってきたカミーラ。なるほど、私は逆さに持ち上げられているというわけか…あの一瞬で何があった?
〘お腹大丈夫〜?〙
お腹?カミーラから指摘されて意識をお腹に向けた瞬間だった…激しい痛みが脇腹から全身に駆け抜ける。
「うぅ…ブシュ…!」
口から思いっきり血を吐いてしまった…チラッと自分の脇腹に目をやると、クナイが1本…まるで『黒◯危機一髪』の剣のように突き刺さっている。
〘おりゃあ!〙
ブオン!
「うぐ…!」
今度は力いっぱい、影狼とは反対方向の壁に向かって私の身体をぶん投げるカミーラ。影狼と同じように、壁をいくつも突き抜けながら吹っ飛ぶ。
ガラガラ………
「ぐぶふ…ゴホッ…!」
力を込めてクナイを引き抜く。普通は抜かないほうがいいんだよね普通は。私はほら、D.B.M細胞があるから…常人より怪我の治りは速いよ。
それでもこのダメージは…流石にちょっとやばい。
〘つまんなーい。もう死んでよー…。〙
やれやれ…という感じでコチラに向かって歩いてくるカミーラ。私にトドメを刺す気だな…。態度は変えていないながら、その目には先ほどまで存在しなかった『殺意』が増々だ。
その姿を見ていながら、身体はダメージで動けない…絶体絶命!
神様…イエス様……助けて…!
☆次回予告☆
絶体絶命の安成と影狼!
ゆっくりと迫るカミーラ…この状況をひっくり返せるか!?
───次回!
第49話
【雪兎】
夏の夜、駆けつけるは白兎─────!




