第41話【推しとの距離感=俺の拳(ラブ)が届く距離】
青い光を放ちながら、薄暗い瓦礫の中から少女が立ち上がってくる。その姿から…その眼差しから…後退の意思は一切感じられない。目の前に立ちはだかる過去最強の敵を前に、少女は何の迷いもなく近づいていく。
「終わらないよ…終わるわけ…!」
ジャケットのラインと少女の目が青色に変わる。静かに立ち上がった少女も、それを見つめていたリオック:ディストートも瞬時に理解した。
先ほど始まったばかりの戦い─────早くも終わりが近い。
〘………満身創痍だなお嬢ちゃん。マジで殺したくねーんだわ。そのまま倒れててくれたら良かったのに。〙
リオック:ディストートのこの言葉は嘘ではない。ここで死ぬにはもったいない戦士…小学校高学年レベルの年端もいかぬ少女が、自分にそう認識させた。目の前にいる子どもは天才だ。ここで詰んでしまうのが本当に…本当に…もどかしい。
「………アンタ、超超超優しーんだね。」
〘…さっきも言ったじゃん?お嬢ちゃん、俺の推しになっちゃったもんね☆〙
「初めて言われたよ…!」
〘………俺も初めて言ったね!〙
近づいていく両者。互いの拳がしっかりと届く距離まで接近し、互いの目を見つめ合う。
「………推しがここまで近づいてあげたよバッタ君。」
〘最高だね………こんなに幸せな『推し活』があるかな。〙
「アンタは『推し活』。アタシはアンタに『押し勝つ』。OK?」
〘上手いこと言うじゃない。〙
「ははは…。」
〘時にお嬢ちゃん、人間たちの間では『推しとの距離感』ってのを節度良く保つ事がルールとされていると聞くけれど。〙
そう言って、先ほどのアンナの一撃を受け止めてボロボロになっている腕で握り拳を作り、アンナのおでこにピタッとくっつけるリオック:ディストート。
〘この距離だ…俺にとっての節度ある推しとの距離感…!〙
「…ん?」
〘戦いに生きる俺にとって、1番のラブはこの拳だ…お嬢ちゃんからの拳は推しからのプレゼント…俺からお嬢ちゃんへの拳は、俺からお嬢ちゃんへのラブコールさ………だからお互いにしっかりそれが届くこの距離が…理想的な距離感!〙
「………なるほど。」
〘この拳が届く今のこの距離が…!推しとの適切な距離感だぜ………!〙
「そこまで言われたら…私もファンに対して本気で答えなきゃいかんね…手加減せんばい?」
〘方言可愛すぎ♡〙
そこまで言い終わると互いに足を開き、拳を握って利き腕を後ろに引く。
暫く訪れた静寂………そして、少女の声を合図に、リオック:ディストート推し活が始まる。
「……変身…!」
"RAPID MODE"
ずばぎょっ!〘おどらぁ!〙
「るぁぁぁあ!」ぼばぎぃいぁ!
高速で放たれる拳!
互いの顔面を綺麗にとらえ、両者とも後ろに倒れそうになるのを気合いで踏ん張って耐える!
「あ"ぁ"ぁ"ぁあ!」
がぎょっ!
ずがぼっ!
〘ぎぃぎあ"あ"あ"!〙
もはや両者の上半身は、何をしているのかわからないほどの速度で動いている。
「ん"ん"ん"り"ゃ"あ"あ"ぁ"ぁ"ーーっ!」
どじゅがっ!
〘う"る"る"る"あ"あ"あ"あ"ーーーッ!!〙
外側から見えるのは、大地をしっかりと踏みしめて、まるで地面に突き刺さっているかのように微動だにしない両者の足と下半身だけだ。
上半身は…とてもではないが目でとらえきれない。青い光と緑色の物体が高速でぶつかり合っているような物だ。速すぎて、もはや1つの物体のように見えてしまう。
ラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュ!互いに打ち込まれる攻撃は、もはや2人だって自分がどう行動しているのか分かったものではない筈である。
パンチを出しているのか、肘で食らわせているのか、頭突きで攻めているのか、手刀で打っているのか…一切の後退を考えていない両者。
今現在、地球上にいる全ての生き物の中で、2人の他に誰も入ってこれない世界──────。
そんな夢のような空間の中で、推しと2人っきりの時間を楽しむ怪人の脳裏には、幸せが駆け巡っていた。
〘(俺だけだ………推しからの拳は…推しの意識が俺だけに向いている…!推しの目が俺だけを見つめている…!こんなに幸せなことがあるか…!)〙
そして…本来敵であるはずの自分を『推し』と言い切った怪人を攻撃しながら、また少女も考えていた。
「(こんな奴…今までいなかった1人も………敵を推しなんて呼んで…緊張感ないんじゃないの?………けど、自分を貫いてるコイツは…一本筋が通ってるコイツは…やっぱり過去最強のディストート!)」
ず ず
が が
が が
が が
が が
が が
が が
が が
が が
が が
が が
が
が が
が が
が が
が が
が が
が が
が が
が が
が が
が が
が が
どごっ! ずぼ! どじゅじゅばっ!
ずがんっ! がき!
しゅんっ ばきゃっ!
ばぎょ! どもんっ! ずどっ!
「………………………………ブフッ……う"り"ゃ"ぁ"ぁ"!」
〘グクッ……………お"ぎゃ"ゃ"ゃ"ゃ"ゃ"ゃ"!!!!〙
"30!" "29!" "28!" "27!" "26!" "25!" "24!"
ラピッドモードの時間制限…90秒まで残り1/3を切った!もはや両者の意識は朦朧。
互いに視界が見えていない…自分の血と、相手の血と、殴られた衝撃と、殴った衝撃と…それだけでお互いの位置を推測して攻撃を繰り出している。
─────────────いや、それだけではない。
両者がその場から一歩も動かずに殴り合っているこの現状を繋ぎ止めているのは──────────
【コイツは絶対に逃げない】
【コイツは絶対に決着をつけてくれる】
互いへの信頼感であった。
これが推しとの節度ある距離感ならば…これが推しとの節度あるコミュニケーションであるならば…。
ずるっ
「!……………お"る"る"る"る"る"ぁぁぁあ"!」
ずがばぎょぉぉぉぉ!
〘………………………………………………………………♡!〙
血で滑ったリオック:ディストートの一瞬の隙を突き、アンナの全力パンチがリオック:ディストートの顔面のど真ん中を捕らえる!
〘(優しさ出ちゃった………♡)〙
「(とか思ってんだろ強がって!)」
後ろに大きく仰け反ったリオック:ディストート!アンナはその一瞬を見逃さなかった!
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
飛び上がるアンナ………意識が吹っ飛びそうな中で、辛うじてリオック:ディストートの視界に入った光景は──────。
自身の身の回りを取り囲むように迫ってくる沢山のアンナの姿だった。
青い光が螺旋状に回転しながら自分に向かってくる。逃げ場はない…四方八方からやってくるアンナ。絶体絶命の中で、リオック:ディストートはもはや…!
〘おいおい…お嬢ちゃん……………それゃ最高の必殺技だぜ♡〙
びしゅんっ!
ずどどどどどどどどどどどどどどどどどどごごごごごごごごごごごごごごごごごがががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががが!
"CERULEAN CRASH!"
シュンッ!
「……………ご褒美だよ…せめてもの………!」
"5!" "4!" "3!" "2!" "1!" "0!"
"TIME OVER!RAPID OFF!"
〘グゴフッ……………………へへへ…………!〙
「……………まだ生きてんの………?」
〘へへへ………頑丈なのが取り柄なもんで………!〙
「………スッキリ…した…?これに懲りたら…早く…降参して…ぇっ!………治療………したげる……から…!ガフッ………!」
〘冗談キツイぜ………もう助からねぇよ俺ぁ………ゲホッ!〙
「………………………………………………。」
〘………どうせ死ぬなら…最後にお願い聞いてくれや………。〙
弱々しく立ち上がるリオック:ディストート。ハッキリ言って、アンナのセルリアンクラッシュをまともに食らってここまで意識があるディストートなどそうそういない。
「お願い?」
〘へへ……お嬢ちゃんの赤いやつ…アレ…綺麗で好きなんだよ………アレ、もっかいやってくれや………!〙
「赤いやつ…………あぁ……りょ…了解…。」
"SELECT NORMAL"
"DISTORT BRAKE MATERIAL"
"COLOR RED LET'S GO"
"NORMAL MODE"!
「はい………赤いやつ…。」
〘へへへ………サンキュー………えい♡〙
次の瞬間────────
〘ぎゅーーーーーーっ!〙
「!?」
リオック:ディストートが思いっきりアンナに抱きついた!身動きが取れないほどの強い力でアンナの両腕ごと、しっかりホールドして離さない!
「コイツ………!」
〘…………へへへ………このまま思いっきり抱きしめて………!〙
「(しまった…コイツ!全然動ける!?油断した!早く…抜け出せないと!)」
リオック:ディストートの腕の中でもがくアンナ。しかし、怪人はありったけの力でアンナを抱きしめて離そうとしない。
「離せ!」
〘やだよ〜ん♡〙
「くそ!狙ってたな!」
〘狙ってた♡〙
「私をこうやって倒せる瞬間を!」
〘………♡〙
「しゅ………瞬間を!」
〘ぎゅーーーーーっ♡〙
「………え?」
〘ありったけの力を込めて推しを抱きしめる瞬間を狙ってたぜ♡〙
「はぁ!?ちょっと!離れてよ!離れろ!トドメさすなら早くやれよ!」
〘トドメ?トドメなら今さされてるよ俺♡〙
「はぁ!?何言って………………何…!?」
じゅゅゅゅゅゅゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう!
冷静になったアンナは気づく…ノーマルモードの状態の自分にディストートが抱きつく、その行為が何を表すか。
「アンタ………!」
〘推しの愛を全身で受け止めて死ねる幸せ♡〙
「いや……嫌だ!離せ!変態!嫌いになるぞ!」
〘やだねー♡死んでも離さないもんねー♡〙
「死んでもって…死ぬんだぞ!フザケンナっ!」
〘フザケてないねぇ!推し活ってのは常に本気なもんだぜ!お嬢ちゃん♡〙
しゅうううううううううううううううう…………!
「推しを人殺しにする気かよ!」
〘俺、人じゃないゾ♡それにこの場合は俺が自分でやったこと…推しの手を汚させないためにね♡〙
「ホント………ホントに離せ!離せよ………!」
〘推しが俺のために泣いてくれてる♡〙
「………ホント…こんな………もう………私…初めてだったのに………敵として…出会いたくなかったって………思ったディストート………なんてぇ………!」
〘俺は逆だね………敵として出会えて良かった♡〙
しゅううううううううう……………………。
〘推しに抱きついて死ねる………大好きだぜお嬢ちゃん♡〙
さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………。
それまで持ち上げられていた体が優しく地面に落ちる。目の前で、1人の怪人が…ディストートが灰になって消えていく。
力なく座り込むアンナ。涙を流しながら空を見上げる。
─────大好きだぜお嬢ちゃん♡
過去最強の敵が最後に残した言葉は、自分へのラブコールだった。
「……………。」
黙って空を見つめる。これまでの敵とは一線を画す存在だった。
先ほどまで目にも止まらぬ速さで殴り合っていたとは思えない原っぱ。
少女の頬を伝う涙を拭くように風が吹く。
静かに立ち上がった少女は、岩の上に置かれたUSBを握りしめて歩き出した。
☆次回予告☆
ついに手に入れたUSB!
一行の防衛の旅…折り返しが始まる!
───次回!
第42話
【黒紫】
いざ…激動の復路へ!
ダグバ戦を参考にさせていただきました。




