第28話【さらば自然の家!】
《6月21日(金) AM07:40 自然の家の前の砂浜》
ザザーン…ザザーン…
「大丈夫なの?こんな朝に外出て。」
2日目を丸々すっぽかした弊害で、学校側の指示や細かいスケジュールが全く分からない私に、横で座っていたタエコが優しく教えてくれる。
「うん…帰りのバスが14時だから、それまでは活動記録のまとめとか自由時間にしていいって。」
「そうなんだ。」
「提出は休み明けの月曜日だってよ。そんでそれが宿題だとさ。」
ショウマが追加で情報提供。月曜日で良いんだ…じゃあ家帰ってからでいいかな。
「………なんかさ。」
「…どうしたの?アンナちゃん。」
「…こんな仕事してるからさ。何ていうか、今回みたいに現地でディストートとの闘いになることもあるじゃん。」
「うん。」
「みてーだな…。」
「そしたらさ…こういうイベントも楽しめないわけやん…なんかさ、もっとさ、普通の小学生みたいにさ…できないかな〜なんて思うとさね。」
「あ〜…。」
「あ〜…。」
あ〜…ってか。まあ、意外とそんなもんなのかなぁ。
ショウマはともかく…既に組織の人間(仮)のタエコですら、厳密にはエージェントじゃないんだから。
現場で闘う人間の感覚は今ひとつ掴めないのだろう。
「あれ?ていうか有田は?かわいそうじゃんなんか…仲間はずれにしてる感じが…。」
「あぁ、有田なら大丈夫だぜ。」
「ここには興味深い資料がいっぱいあるから読みたいんだって。気を使わずに自由に過ごしてくださいって言ってたよ。」
「そうなんだ…有田らしいと言うか、じゃあ大丈夫か。」
なんだかんだ勘の良いヤツというか…聡いヤツというか…恐らく私達3人だけが何かしらの秘密を共有している事を分かっているのだろう。
余計な口出しをしてこない辺りに有田の優しさを感じる…仲間にして〜!なんて事も言ってこないし、多分本当に興味ないんだろうな…。
まあ教えてと言われて教えられることではないが…。
「…アンナ。」
「ん?」
「俺…大丈夫なの?国家機密なんだろお前らのやってることって。」
「あ…ほんとだよアンナちゃん!田中君のことどうしよう…。」
「あー、それに関しては大丈夫。」
「え、マジで?大丈夫なんか?」
「うん…ほら、この前言ったじゃん。アンタのさ、お父さんの事件でディストートを倒したΩランクエージェント。私、アンタにバレた日の夜にルリ姉に相談したら、そのΩランクエージェントにルリ姉から伝言が行ったらしくて、そのエージェントが弁明してくれたって。」
「マジ!?」
「うん…組織的には、アンタのお父さんを助けられなかった罪滅ぼしみたいな…そういう感覚なのかもね。とにかく、アンタについては組織は目を瞑ることにした。もちろん、誰にも言わないでね。」
「当たり前ぇだろ…ていうかその人にまた借り作ったなぁ俺。どのくらいお礼したら良いんだろ。」
「アハハ…多分お礼とか求めてないと思うよ。」
そのΩランクエージェントについては、存在は知ってるけど会ったことはない。もちろんどんなヤツかは知ってるし、信頼に足るエージェントなんだけど…如何せん、どこにいるか何してるか分かんないからな…。
「…それはそうとさ。忍、お前。」
「へ!?な、何!?」
「…悪かったな。」
「…ん?」
「いや、ん?じゃなくて…改めてさ、今までのこと全部。本当に…本当にごめん。」
「それはもう言わないって約束しました!」
「…お前は良いかも知れないけど俺は気になるんだよ。」
「なかったことにするのが許す条件だって約束しましたー!」
「………へいへい。」
あ、そういうことになってたのか。
私とショウマが身の上話をした後、2人の間で何かしらの話し合いがあったことは知ってたけど、まさかイジメをなかったことにしようなんて話になってたとは。というかそれを言い出したのが被害者のタエコってところがスゴいな。
「………なんでそんな強いんだよお前。」
「つよい?」
「…普通恨むだろ。」
「ん〜…私は私のことしか知らないから他の人のことなんてわかんないけど…辛いことが解決したら、もうなかったことにして過去に捨てちゃって、前に進む!それが私のモットーと言うか…エヘヘ、なんかそんな感じなの。」
「なんだそれ…まあでも、お前がそれで良いのなら良いのか…被害者はお前、俺のどうするかも決めて良いのはお前、お前が良いのならこれで良いのか…。」
「そうだよ!いじめっ子め!これが私のお仕置きだ!」
「…これがお仕置きか。それじゃあ受け入れざるを得ないな。」
傍から聞いたら頭の悪い会話なんだろうな…だけど当事者たちからしたら…というかイジメの解決場面としては深いというか異例というか…単なる会話以上の重みを感じる時間。
2人がそれで良いのなら…もうこれ以上掘り返すのは辞めよう。
ザザーン…ザザーン…
「タエコ…朝飯は?」
「9時からだよ?まだ1時間くらい時間あるし。」
「ふーん…。」
「取り敢えず、俺としては…田中翔馬という人間は、ここからリスタートっていうか今までの人生とは見える景色が変わるんだろうな。」
「別にいつも通りで良いんだよ…どっしり構えてなアンタは。」
「いや…バケモンがいるんだぞ?人間食っちまうバケモンが…そんなこと知ったらお前…。」
「アハハ…わかるわかる。私もまだ慣れないしね。」
「受け入れてるようにしか見えねーぞ。」
「あー、まあアンナちゃんとライミさん…とドラちゃんが何とかしてくれると思ってるから。」
「私たちのことそんなに信頼してくれてんだ。」
「すっごく頼りにしてるよ。」
「…ふーん////」
「あ、アンナちゃん照れてる〜w」
「そうか…じゃあなんかあったら俺のことも頼むわ。」
「当たり前でしょ。」
そうか…守るものが増えたのか。
なんということか…林間学校の前まではこんなことになるなんて思いもしなかったからな。
「ま、なんというか。」
「ん?」
「なんというか?」
「…楽しかったよ。初日しかまともにやってないけど。」
「初日もバトってたけどな。」
「そっか…楽しかったなら良かったです!」
「えぇ〜…。」
ザザーン…ザザーン…
登りゆく朝日に照らされて、海がキラキラ光っている。今更ながら帰りたくないな…ずっとこんなふうに平和だったらいいのに。
私も変わってるのかも知れない。
秘密を知られたからという理由はあれど、友達なんて欲しいと思ったことはなかったのに…今は両隣にタエコとショウマがいて。
友達がいたら、予定とかも出来るのかな…お出かけしたりとか遊びに行ったりとか。
そう考えたら夏休み…もうすぐ夏休みか。
「…夏休みさ、みんなで遊び行ったりしようよ。有田も誘って。」
「さんせーい!」
「俺めんど…。」
「おい。」
「ハハハ…うそうそ。」
「あ、日曜日は昼からね。朝は教会行きたいから私。」
「もちろん!」
「そっか…お前クリスチャンだったっけ。OK、それは尊重すべきだわな。」
「そうそう。」
こうして…私達の林間学校は終わった。それから学校に帰るまでは特に何もなかったよ。
平和な帰り道でした。うん。
だんだん暑くなってくるから熱中症に気をつけて行かないとな…今年の夏はいつもより大変そうだし。
バスの一番後ろの席の真ん中に座らされたのはちょっと引いたけどね…5年生と言う学年が全体で私のことをヨイショし始めているこの状況が目下の敵か。
変な汗出るわこんなん。
そんなこと考えながら、バスのうしろから離れていく自然の家を見つめる。
激動の3日間、色々なことあったけど…この林間学校で私たちの環境は大きく変化して…結果として良いこともたくさんあって。
少し名残惜しい…ちょっと悲しい気持ちになりながら、私は前を向いて座り直した。
さらば自然の家!
☆次回予告☆
ルリ姉、再び!
Ωランクエージェントの来訪が告げるのは、新たなる出会いか!?それとも次なる闘いへの布石か!?
───次回!
第29話
【毒とバイクとジャケットと】
刺激的な地雷系女子が君のハートを撃ち抜くぞ!




