第26話【蒼光・加速するRAPID!!!!!(前編)】
《6月20日(木) AM02:38 自然の家の前の砂浜》
「…よし。」
深夜2時過ぎ。
この時間なら誰も起きていない。
聞こえるのは波の音と虫たちの奏でる夏の夜の大合唱だけだ。6月の夜は過ごしやすくていい…こうしていると故郷を思い出す。
海が綺麗な島で…こんな東京の海よりも、もっとエメラルドグリーンの透き通った海水に、1年の間ずーっとプラネタリウムのように星が見れる夜空。
東京ではそれが見られないのが残念なところではあるが…さて。私がこんな遅くに、こんな場所に居るのはもちろん理由がある。
霞留博士から送られてきた靴、これだ。
夕方の闘い…キラービー:ディストート(ライミちゃんの報告を受けた本部が命名したらしい)の数を生かした戦略。一体一体の強さはそこまででもないが…流石に1人で相手すると厄介極まりない。
雑魚にかまけ過ぎていると、さっきのように重要なターゲットを逃がしかねないからだ。この林間学校が終わるまで残り2日を切っている…仮に女王の居場所を特定したとして、同じように逃げられては敵わない。
ところがどっこい…今現在、手元にあって使い方がわかっている物と自分にできることの中で、この状況を解決できるような物はない。
だからこうして…人のいない場所で、未だに性能のわからないこの発明品が一体どのようなアイテムであるのかを確認しようというわけだ。
「もうコレに賭けるしかない…か。この靴が私とディストート達の数の差を埋められる、今の状況の打開策になればいいけど。」
えーっと使い方は…まず普通に変身すればいいのかな?
ピッ
ピッピッ
"SELECT NORMAL"
"DISTORT BRAKE MATERIAL"
"COLOR RED LET'S GO"
キュイーンッ!
"NORMAL MODE"
「よしっ。それで…この靴のボタンを押す!」
ピッ
───────────────────────────
《2分後───》
ピピピピピ!
しゅぅぅぅーん…
「ハァ…ハァ…ハァ…!すっごい…これなら…これなら闘える!」
───────────────────────────
《同刻・山中の何処か》
〘なるほど…兵隊の皆様は全滅されたのですね?〙
〘はっ…女王陛下をお守りする兵ともあろう者達が…嘆かわしいことにございます。〙
〘自分を責めてはいけません。その尊い犠牲の上に…あなたの命と敵の情報が今、私の眼前にあるのです。〙
〘身に余る御言葉…!〙
〘そしてその赤い光の女との闘いですが…次は私が指揮を取りましょう。〙
〘なんと…女王陛下自らが!?〙
〘同胞の無念は私が直接晴らします…それが女王としての責務。〙
───────────────────────────
《6月20日(木) AM07:45》
「それじゃあ…頼むよ。タエコ、ショウマ。」
朝食前、2人を呼び出す。色々考えたのだが…やはり一刻を争う事態だと判断した。このまま奴らを放っておけば、いずれ林間学校が行われている自然の家に直接攻め入ってくる可能性が高い…であるとすれば、この場を抜け出してでも討伐に行くのが1番だろう。
「アンナちゃん、一人で大丈夫?」
心配そうにタエコが顔を覗いてくる。
「大丈夫。ライミちゃんとドラウガスが居るから。」
「そっか…それなら大丈夫だと思うけど…。」
タエコごめんね…きっとこの表情は私への心配もそうだけど…みんなで林間学校というイベントを純粋に楽しみたかったのに〜的なガッカリ感も含まれていると思う。
だけどこれ以上、被害を大きくするわけには行かないから───
「ショウマ、タエコのこと頼んだよ。あと有田にバレないように…2人で協力してね。」
「任せとけ!あ〜でもなんかあったらすぐ連絡すっからな…一応。」
「もちろん。私の番号と昨日教えたライミちゃんの番号、繋がった方にね。」
「おっけ…じゃあ予定通りお前は熱出して部屋で休んでることにするぞ。寝てるから部屋には行かねーようにしろって先生達には言っとくから。」
「うん。よろしくね。」
横のタエコも「うん!」と首を縦に振る。
どうやらあの後、ショウマはタエコを呼び出して直接謝ったらしい。
2人の様を見るに仲直り出来たみたいだ。普通はイジメられた恨みとかって引きずるって聞いてたけど…タエコが優しすぎるのか、ショウマが素直に謝ったのが良かったのか。
それとも
【知ってはいけない秘密を知ってしまった者同士】シンパシー感じちゃったのか…もしそうだったとしたら、ショウマにバレた事も全然良かったのかもしれないね。
「それじゃ行ってくるわ。」
そう言って2人に自信に満ちた顔で笑いかける。
「うん!アンナちゃん頑張って!」
「怪我とかさ…アンナ、マジで帰ってこいよな。」
2人に見送られて自然の家を跡にする…このあとライミちゃんとドラウガスに合流、キラービー:ディストート討伐のために山へ。
ワガママ言うと林間学校…もうちと普通の小学生みたいに楽しみたかったけどね。名残惜しいから…また2人の方を振り返って見た。
ポケットに手を突っ込みながら私を見つめるショウマと、ぎこちな〜いピースで私を見送るタエコの姿を目に焼き付けて、私は自然の家に背を向けて走り出した。
───────────────────────────
《AM08:00 ライミちゃんCAR・車内》
「アンナちゃん!こっちこっち!」
〘アンナ!コッチコッチ!〙
「ライミちゃん!ドラウガス!」
ライミちゃんCARが自然の家から離れた場所に停車している。
もちろん、組織から支給されている車だ。めっちゃ丈夫+大きいから色々入る。ドラウガスが乗っても普通に走る。中にはドローンを遠隔操作できるモニターもあって、ライミちゃんは基本的にここからサポートしてくれる。
「一応、昨日のうちにディストートの反応を自動で感知して追跡するドローンを何台か飛ばしたんだけど…。」
「流石ライミちゃん、仕事早い。」
「そしたらほら、これ見て。」
「これ?」
複数あるモニターの中からライミちゃんが指さした画面だけを見る。そこには…しっかりと兵隊蜂のディストートが映っていた。
「まだまだいたんだ…アレが全部じゃなかったってことか。」
「そうみたいだね…それでね、この個体に追尾装置をつけてGPSで追ってたんだけど…。」
「ふむふむ…。」
「そしたら…ほら!ビンゴ☆」
ドローンのカメラに映し出されたのは大きな滝だった。
勢いよく流れる水でよくわからないが、兵隊蜂ディストートが出入りしている場所をよく見てみると、滝の裏に洞窟があることがわかる。
「巣に帰ってる…なるほど、ここが奴らの巣窟ってことか。」
「このポイントだね…地元の人にも聞き込んだんだけど、滝なんて知らないって。知る人ぞ知るって感じかな。」
〘ソレカコイツ等ガ、見ラレタ人間ヲ捕マエテ…バレナイヨウニシテルカモ?〙
「それも考えられるね…だとしたら既にかなりの人数が犠牲になってる可能性もあるか。ライミちゃん、端末にルートの共有してくれる?」
「了解!送ったよ!」
「おっけ!ドラウガス、ライミちゃんのこと宜しくね。」
〘一緒ノ場所二行カナクテ大丈夫カ?〙
「うん。何かあった時にライミちゃんのこと守れるのアンタだけだから、信頼してるね。」
「ドラちゃん頼りにしてるよ〜!」
〘ワカッタ!ドラウガス、絶対ライミノコト守ルゾ!〙
「頼もしいね…ほいじゃ行ってきます!」
「うん!後でサンプルの回収に来るから、頑張って!」
そう言って車を降りる。装備はバッチリ、靴はもちろん博士からのプレゼント。コレがあれば…1人であの大群と互角に渡り合える!
「あ!そうだアンナちゃん!」
「ん?」
「はいこれ!朝食べてないでしょ?リュックに入れて〜!」
確かに朝ごはん前に抜けてきたから何も食べてない…長丁場になりそうだから、何かお腹に入れたかったと思っていたところにライミちゃんから渡されたのは…
「おにぎり…!」
「登りながら食べて!」
「ありがと…うれしい…!」
〘美味カッタ!オニギリ!〙
「アンタも食ったんかい。」
ライミちゃんから貰ったおにぎりをリュックに入れる。サムズアップするライミちゃんとドラウガスにニヤリと笑いかけて車を跡にした。
───────────────────────────
《PM10:04》
「うん。美味い。」
ライミちゃんから貰ったおにぎりを食いながらウォークラリーコースを歩くこと20分。
「ここだここだ…川。」
昨日は気づかなかった…ウォークラリーコースの山道、当然山の中なので両サイドは完全な雑木林なわけだが…その雑木林の中に、川が流れている。
行きも帰りも人と話してたからかな…結構立派な川だ。地元の人間もこの上に滝があることを知らなかったらしいが…普通は誰かしらが登って確認に行かないか?
何かしら理由があるのか?
それとも東京の人って山登りとか積極的にしないのか?
う〜ん…離島生まれ離島育ちの私とは山の捉え方が違うのかもしらん。山なんて遊び場やったけんな…イノシシも鹿もその辺におったし、東京に来て一番驚いたことは住宅街にイノシシが出ただけでニュースになっていたことだ。
普通じゃん。その辺にいるよイノシシなんて。
あんなオオゴトみたいにニュースにしなくてもいいのに…ね。
っと…本題からそれちゃったね。
さ、この川に沿って上に上がっていけば良いのか。
「綺麗な水…出どころの滝は絶好の拠点だったってわけか。」
幸いな事にそこまで急な山じゃないから、バランスを崩すこともなく歩ける。
本当は木から木に飛び移って移動すれば汚れなくて済むし、何より早く上に行けるんだけど…如何せん目立つから見つかりやすい欠点もある。
そうこうしているうちに…
「…水の流れが早くなってきた。」
そろそろ着くかな?…っとっと。
あったあった…ここだ。
「うひゃー…これぁすごいね。」
結構な勢いで水が落ちている。ライミちゃんに貰ったルート通り進んで、青い丸が示しているポイント。件の滝だ。
さて、急いで木の影に隠れて滝の様子をうかがう。辺りにディストートの姿はない。
「寝てるのか?いや、蜂だしな…。」
おかしいのはディストートの出入りだ。入っていくディストートもいなければ、出ていくディストートもいない。いや戻りはまだわかるけど…出ていくヤツが一人もいないのは流石に変だな。
"SELECT NORMAL"
"DISTORT BRAKE MATERIAL"
"COLOR RED LET'S GO"
キュイーン…
「へんしん…。」ボソッ
"NORMAL MODE"
よし。
これで取り敢えず…潜入してもすぐにはやられない。昨日の兵隊蜂のレベルが基準になるなら、ノーマルモードでも十分に闘えるはずだ。
それ以前に…昨日と違って巣窟内は室内。アッチは昨日のような機動力を出せない分、私のほうが動きやすい。
〜♪〜♪
ピッ
「もしもーしライミちゃん。」
"アンナちゃん!様子どう?"
「あ〜…異常かも。誰もいない。」
"やっぱり?…発信機も急に起動しなくなっちゃって。何があるかわからないから気をつけてね…!"
「了解…あーそれと。」
"ん?"
「おにぎり美味かった…ありがと。」
"え?フフ…どういたしまして!"
「じゃ、切るね。」
ピッ
…よし。行くか。
もう一度周囲をしっかり確認し、滝の方に近づく。
相変わらず見張りどころか、人っ子一人いやしない…いや人じゃないんだけど。
…蜂の習性として不可解極まりない。
もしかして、私が来ることを知ってて待ち構えているのか?だとしたらかなり用心深いヤツ等だ…見張りも立てずに全員で巣の中。
目的はもちろん、女王の警護。
「それならよっぽどな忠誠心だな…。」
しかし驚くほどに静かだ。ドローンからの通信で中に熱反応がないことも確認。
つまり…誰もいない!?
どこに消えた…?巣を捨てたか、それとも何かしらの作戦か。兎にも角にも、大胆かつ慎重に巣穴に侵入する。足は止めない。逃げも隠れもしない。
数十メートル歩いたところで大きな広間に出た。
「…ほんとにいないよ。」
やはり何もいないかった…あまりの異常事態に逆に冷静になってしまう。
まさか麓に降りたか?
いや、それならタエコかショウマから連絡があるはずだ。おおっぴらに狩りを始めたならドラウガスが戦ってる間にライミちゃんから通信が入るだろうし…。
狩りは全員で行うのか?
だとしたら昨日の数は少なすぎる。
考えれば考えるほどに謎は深まるばかりだ───。
〘お待ちしておりました。〙
「!」
何処からか声が聞こえる…透き通るような女性の声だ。
声のした方を見ると…そこには
玉座だ。
玉座がぽつんと置いてある。そしてそこに1人の女が座っている。
「…アンタが女王?」
〘えぇ…そういうアナタは、昨日我が同胞の命を大量に奪った御方ね?〙
「その言い方は語弊があるかな…私は快楽殺人者じゃないよ。先にアンタ達が襲ってきたから抵抗しただけ。」
〘先に…?〙
「何?」
〘………まあ良いでしょう。しかし我々とて目的のため…あなたがた人間と何も変わりませんことよ?〙
「目的?なにそれ。」
〘それは言えませんわね…私達の、ひいては全ての同胞達の偉大なる目的ですのよ。〙
「あっそ…まあ聞かなくていいや。3つ数えたら…。」
〘お待ちになって?〙
「…ん?」
〘我々とアナタに相応しい闘いの場に案内します。〙
「なにそれ…私は今すぐアンタをぶっ倒したいんだけど。」
〘まあまあ…そう急がず慌てず、ゆっくりお話でもしながら移動しませんか?〙
「…お断りだね。」
〘そうですか…残念ですわ。しかし…決戦の場には必ず来ていただきますわ…!〙
そこまで言い終わるや否や、女王蜂:ディストートの身体が浮かぶ…いや、飛んでいる。
〘それでは、先に失礼いたします。私の場所は…これの反応を追ってきなさいな。〙
と女王蜂が手に持っていたのは、昨日ライミちゃんがドローンで兵隊蜂につけた発信機だった。
次の瞬間、女王蜂が凄まじいスピードでこちらに突っ込んでくる!それを既の所で避けるのだが…そんな私に目もくれず、女王蜂は巣窟を出て飛び去った。
「しまった…!」
急いで巣窟を出てスマホを確認すると、先ほどまでパタリと止まっていた発信機の位置情報が表示される。
「なるほど、ついてこいってことね女王陛下…!」




