第18話【不可視の粉砕者】
《6月12日(水)PM13:37》
「がァ!」
「は〜い。案内ありがと。」
「ア"ァ"!ア"ァ"!」
「フフフ…ハイハイこれでしょ。」
目の前をピョンピョン跳ねるカラスにおやつをあげる。それを美味しそうに啄む彼はとても嬉しそうだ
お利口さんだな…そのカラスが首から下げている紫色の小物入れに、紙を入れてやる。
「はい、これ任務協力証明書ね。前の任務の分も合わせて2枚、ちゃんとご主人様に届けるんだよ。」
「かあ!」
元気よく鳴いてバサバサと飛び立つ。ご主人様とは勿論、影狼のことだ。
ここ最近、カメレオン:ディストートは目立った動きをしていなかった。そもそもが姿が見えない敵だ。何かしらアクションを起こしてくれないことには、相手の動向を把握しきれない。
だからこそ、追跡・尾行専門の影狼に協力してもらったのだ。流石は組織トップクラスの追跡者、姿の見えないディストートであっても、ほんの少しの痕跡だけで後を辿り、たったの2日で奴の新しい潜伏先を見つけてしまった。
そしてそれを持ってきてくれたのが、さっきのカラス君というわけ。
なるほど…場所を変えたとは言え、この住宅街は狩場としてよっぽど気に入っていたらしい。あの空き地からさほど離れていなかった。
"どう?影狼さんから情報届いた?"
スマホの向こうでライミちゃんが聞いてきた。
「うん。この通りアナログで。尾行途中で電話しちゃうと声で気づかれちゃう可能性があるので。」
"なるほど…影狼さんプロフェッショナルだなぁ…!"
「幸いな事に、一度決めた狩場から極力離れない習性があるらしくてさ…だからこうして学校を早退して、現地に向かってるってわけ。」
"大変なお仕事だよね…学校も途中で抜けなきゃだし、バレないかなぁ…。"
「あー…まあ上手くやってくれると信じましょうよ。」
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《同時刻 学校》
「せ、先生!」
「はい!あら忍さん、どうしたの?」
「アンナちゃんお熱が出て帰りました。」
「あらそうなの?心配ねぇ」
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《再び任務現地》
「熱出したことにしたから。」
"アハハ…"
さて、今回はルリ姉のアドバイス通り特に作戦はない。強いて言えば、とにかく攻めて攻めて攻めまくる。脳筋プレーで行くことにした。
そのサポートに影狼のカラスが数匹…何してもらうかはお楽しみ。
「この辺じゃないかなぁ〜…っとっと。あそこだね。一旦通話切るよ。こっちの映像は盗撮用カラス君のカメラで確認してくれたまえ。」
"オッケイ!アンナちゃんガンバ!"
ピッ
「よし…。」
そこには、もう誰も住んでいない立派なお屋敷が建っていた。結構古い…草も生え散らかして手入れされていないし、窓もバリバリに割れている。
ただ、目の前の道が住宅街に面しているため、極稀に人は通るらしい。1日に1人か2人くらい。
影狼の言うことには、ここに潜んで、面白半分で侵入してきた学生や、夜中に歩く酔っ払いを襲っているんだと。お得意の透明化&舌伸ばし戦法か。
いずれにせよ、早急に手を打たないと被害者は増える一方なので、今日で決めてしまいたいものだ。
しかし、この前の闘いで恐らく私の事を覚えてしまっているだろう。いつもの格好で行ったら、相手も警戒して姿を現さないはずだ。
そこで私は考えた。一体どうしたら奴を誘き寄せられるだろうと。一晩中考えて出した答えが…
…これ。
いや、うん。
種明かしをするとだよ。
結局一晩中考えても良いアイデアは出なかった。温泉に入った後だったってのもあると思うけど眠くて眠くて仕方がなかったのだ。
ライミちゃんがトイレに起きようが、タエコがベッドから落ちようが、気にせずにギリギリまで考えた結果、私は寝落ちしていた。
で、土壇場になって思いついたのがこの
【変装&マッタリお昼寝作戦】だったのだ。
変装と言っても髪型を変えて服を着替えただけだ。当然この上着も、霞留博士が作ったD.B.M制御機能付きの特注品なのだが。
手頃な草むらに寝そべり、スマホで音楽をかける。
こんな日にぴったりなのはこの曲だ。
プラッターズの"Only You"
あー…非常にマッタリとした空気が流れている。澄みわたる空の下、学校を早退してゴローンと昼寝。
一歩間違えれば、敵から襲われて食べられそうな状況なのは分かっているのだが…如何せんあまり寝ていないのと、この素晴らしい曲のおかげでウトウトしてしまう。
いかんいかん…
20分くらいたっただろうか。動きはまだない。もうここにいない可能性もあるだろうか…それともアッチも寝ているのだろうか?
それかとっくにこっちに気づいてて、襲いかかるタイミングを見計らってるとか?
どちらにせよ、難しい考えは捨てた。今私ができること…それはあえて襲われるのを待つことだ。
果報は寝て待て…まあ待っているのは果報ではないのだが、傍から見たらもう完全に油断も隙もありまくりの無防備な女の子だろう。
あー…雲がどんどん流れていくぞ…気持ちいいお昼だ…。
とちゃ……
来たっ!
グンッ
次の瞬間、まるで独りでに身体が浮かび上がったかのように地面から離れる。姿は見えないが、左足首に生暖かくネチャッとしたものが絡みついている感覚がしっかりある。
今だ!
ピッ
ピッピッ
"SELECT NORMAL"
"DISTORT BRAKE MATERIAL"
"COLOR RED LET'S GO"
「変身…。」
"NORMAL MODE"
グイーン!
建物の中に引きずり込まれる瞬間、ジャケットと靴からD.B.Mを放出する!
この前と違って身体に直接触れた状態でのD.B.Mの放出、さらにその量や性質は、タエコが身に着けていたディストート避けのそれとはレベルが違う!
通常時よりも出力を上げた変身のせいか、ジャケット全体が真っ赤に変化し、スカートも黒く染まっていく。
ディストートならひとたまりもないはずだ!
〘きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!熱い!〙
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥウ!
という音が響くとともに、苦しそうな声を上げながらカメレオン:ディストートが姿を現す。口を押さえながらこちらに視線を向けてきたが…もう遅い!
私のことを引き寄せたのは何よりお前自身だ!このままカーマインストライクをくらえ!
ギュルギュルギュルギュル!
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
"CARMINE STRIKE"
〘!〙
「くらえ!」
〘(チッ…)〙
ズゴッ!
キュインッ!
どぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん!
火力は抑えめ…大きな爆発で人が寄ってこないとも限らない。
相手を倒せるのならこれくらいで十分だ。そして爆発の後…
ばりーーーーーーーぃぃぃいん!
窓ガラスを突き破って何かが外に出る音がした。なるほど、読み通り脱皮して逃走したらしい。
勿論こうなることも想定済み!
ベチャ!ベチャ!
〘うぐッ!な、何よこれ!〙
急いで外に出ると、そこにはオレンジ色の液体まみれのカメレオン:ディストート。
カラーボールが命中したらしい。当然、空から目印を付けてくれた助っ人たちの正体は影狼のカラス君たちだ。
〘これじゃ…透明になっても意味ないじゃない!〙
"CARMINE STRIKE"
ギュンッ!
ギュルルルルルルルルルルルルルル!
「たぁ!」
〘え!?ちょっと!〙
バゴッ!
キュイン!
どっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん!
「やったか!?」
いや、感触が浅かった…これも抜け殻か!
「かぁぁぁかぁぁぁあ!」
ベチャ!ベチャベチャ!
〘ぎゃっ…何よこれキリがない…!〙
「そこか!」
〘しまった…!〙
"CARMINE STRIKE"
シュバッ!
ギュルルルルルルルルルルルルル!
ずがぁん!
キュイン
どぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁあーーーーーーーーーーーん!
「手応えあり!」
〘う…嘘よ!わ、私の尻尾が!尻尾がぁぁぁあ!?〙
「よし!」
〘チィッ!このガキャ…!〙
スッ………
「かぁ!かぁ!かぁかぁかぁ!かぁかぁ!」
べちゃちゃ
べちゃ!
べちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!
〘ぎゃあああ…また、また液体がぁ…!〙
"CARMINE STRIKE"
「たぁっ!」
ギュルギュルギュルギュルギュルギュル!
ばきゃぁっ!
キュイン!
どっぱーーーーーーーーーーーーーーんっ!
〘く…クソッタレのガキが…!ゼェゼェ…ハァハァ…〙
だいぶ奴の体力を削れてきている。やっぱりあの技は何回も短時間に繰り返せるような技じゃないんだ!生き物にとって脱皮とはかなり体力を使う行為らしいが…それはディストートにとっても同じということなのだろう。
「かー!かー!かー!」
ヒューーーーーー………
べちゃん!べちゃん!
〘もう!いい加減にしなさいよ!ゼェゼェ…〙
"CARMINE STRIKE"
ギュルルルルルルル!ギュン!
ドゴッ!
キュイン!
パァァァァァァァァァーーーーーーンッ!
〘ハァハァ…ハァハァ…も、もうこれ以上…。〙
「かぁ!」
ヒュー…
ベチャッ!
〘もう脱皮は無理よ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"お"!〙
"CARMINE STRIKE"
シュタンッ!
ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!
〘ひっ………!〙
「とりぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
ドゴッ!
〘あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!〙
キュイン!
「アンタの敗因はコソコソ隠れまわって逃げ回って…小細工を要したことかな。私は余裕を持って寝そべって、逃げずにとことんアンタに攻撃を続けた…余計な小細工を使わずに…【脳筋】でね。」
〘ひぃ!ひいいいいいいいい!〙ガリガリガリガリ…
胸を必死に引っ掻き回している。しかし、それももう…
カッ
どっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあんッ!
手応えあり…今度は絶対に身代わりじゃない本体への一撃。
カラス君達が元気よく鳴きながら空に舞い上がって散り散りに飛んでいく。野生の勘でターゲットが消滅したことを感じ取ったのだろう。
やがて紫のスカーフを巻いたカラスが先頭に立って群れを誘導していき、澄みわたる青空の向こう、大群となったお利口さん達が飛んでいってやがて消えた。
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《PM19:10》
「うん。久しぶりにカレーも良いもんだ。」
ライミちゃんのカレーは隠し味にトムヤムクンの素を入れる。これが意外と美味しくて私は好き。
「良かった〜!タエコちゃん、美味しくなかったら言ってね?」
「いいえ!とっても美味しいです!」
「ホント!?嬉しい〜!」
タエコの口にも合ったみたいだ。まあそんなにクセがある味でもないから、よっぽどのことがない限り美味しくいただけるだろう。自分の分を持って食卓のテーブルに座ったライミちゃんがスプーンを手に取りながら言う。
「結局昨日誰と会ってきたの?」
「え?言ってなかったっけ、ルリ姉だよルリ姉。」
「ルリ姉って…Ωランクエージェントの本郷ルリ子さん!?」
ライミちゃんの驚いた様子を見てタエコが続く。
「Ωランクエージェントって、SMOoDO最強の9人の人達のこと?」
「そうそう。ほら、前ドレミが来た時に話したでしょ?私のお姉ちゃんみたいな人なんだ…今度ウチに呼んでいい?」
その言葉を聞いて、2人とも「もちろん!」と了承してくれた。
ルリ姉なら喜んできてくれるだろう。早かれ遅かれ紹介したいと思ってたし。
何より今回の任務に関してアドバイスくれたお礼も改めてしたいからね。
それと、本日のMVPの一曲も忘れずにね。
「アレクセイ、プラッターズのOnly You流して。」
〜♪〜♪
やっぱりいい曲だな…まあなんだ。
たまには頭を空っぽにして、難しく考えずに行動するのもいいかもしれないね。
脳筋にならないと見えないやり方もある…ルリ姉が教えてくれた。あんまり頭使いすぎても疲れるだけだから…あの人らしいっちゃらしい。私が足りないところはそういうところなのかもなぁ…。
今回学んだことはそれだけだ。
自分にどうもできないことは、神様が何とかしてくれると信じる。それが一番大事。
人間もカラスも…カメレオンだって、切羽詰まったら一度スッキリして…それこそ温泉にでも浸かってマッタリして、気持ちのいい昼下がりに好きな曲でも聴きながらお昼寝でもしたら、もしかしたら…その切羽詰まった状況を解決できる方法が思いつくかもしれないのだから。
☆次回予告☆
Ωランクエージェント、本郷ルリ子!
組織最強のエージェント…その衝撃の実力とは!?
────次回!
第19話
【本郷ルリ子という女】
これがSMOoDOの切り札の力だ!
【設定を語ろうのコーナー⑩】
●カメレオン:ディストート
◯身長…190cm
◯体重…210kg
◯危険度ランク…D
《備考》
構造色による色彩変化で体色を変化させ、風景に乗じて人間を喰らうディストート。昔ながらの風景が残る住宅街をねぐらにし、住宅街の路地にポツンと存在する空き地内に入ったり、目の前の道を通りかかった人間を、体の色を変えて周囲に溶け込んだ状態で片っ端から舌を伸ばして食べていた。舌で絡め取った獲物を丸呑みにするため、襲われた人間は風景の中に消えてしまうかのように見えることから、『人間消失事件』として巷で噂になっていた。
アンナと戦闘になり、2度目の闘いでカーマインストライクで倒される。




