第17話【熱帯夜、攻略せよ。】
《アンナ達とカメレオン:ディストートが闘う少し前》
「というわけだ。君の可愛い妹分だが…私からの直々の任務に就いている。いや、人員は十分居たのだが…何せエージェントが何人も行方不明になっている案件だ。こちらとしても、実力的に信頼に値し尚且つ真面目に任務に当たってくれる者と言う条件で絞った場合…晴家安成に白羽の矢が立つのも当然のことだ。」
総司令席に座ったまま、轟木総司令が説明を続ける。内容はもちろん、カメレオン:ディストート討伐の任務に当たった晴家安成についてだ。
そして総司令の視線の先にあるソファに1人の女が座っている。
「今回君に来てもらったのは他でもない…晴家安成の様子を見てきてもらいたい。無論、彼女の実力であれば負ける事は無いだろうが…こちらとしても絶対に失いたくない人材だ。万が一ということもあり得る。それに…他が行くよりも、晴家安成と親交深い君が行くほうが彼女も安心するだろう。」
総司令の説明を全て聞き終えた後、ソファに座った女が口を開く。
「なるほど。そっちの言い分はわかった…しゃーねーから、アタシがアンナんとこ行っちゃるよ。」
そう言いながらソファから腰を上げる女。
そして総司令室を出る間際、振り向きざまに轟木総司令官に向かって言い放った。
「どーでも良いけどさ、1回1回の台詞が長ぇぞ。そんなんだからアンナに面倒くさがられるんだぜw」
「…やっぱりそうかな?」
「そうそう。それに堅苦しい雰囲気出すのやめろよ。素のアンタのほうが、アタシらも愛着湧くぜ。ありのままの自分をよ、偽るなよ。」
そう言って頭を掻きながら立ち上がる女。
「じゃ、可愛い妹分の所に行ってやりますかねー。」
「よろしく頼む!」
「それと、『アタシ達の』妹分な。」
バタンッ
部屋から出ていく女。閉じられた扉をじっと見つめながら、轟木総司令官が呟く。
「頼んだぞ。ルリ子君…!」
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《6月10日(月)PM15:45》
「ごめんタエコ。今日1人で帰ってくんない?」
「え?う、うんいいけど…どうかしたの?」
「あ〜いや、まあ人と会うんだよね…。」
「それって私も一緒に行っちゃダメ?」
「あ〜バイク乗るんだよ…2人までしか乗れないからさ…ごめん。」
「えー…わかったぁ…。」
タエコが軽くほっぺたを膨らませながら言う。了承してくれたが、納得行ってないな…自分だけハブられている感じがして良い気がしないのだろう。
申し訳ないが、これから会う人は、組織内でも限られた人間しか会えないトップシークレットなのである。
「できるだけ早く帰るから。ライミちゃんと晩御飯の準備してて。幸いな事にあのカメレ女も目立った動き見せないし…何かあったらすぐ戻るよ。」
「はぁーい…わかりました…。」
ブスくれないでよ…今度一緒に遊びに行ってやるからさ。
取り敢えずタエコが先に帰ったので、待ち合わせの16時までステイ。
それにしても久しぶりに会う…ちょこちょこ連絡は取ってるんだけどね。昨日の夜、明日の夕方迎えに行くからとレインが入った。私も丁度会いたかったから願ったり叶ったりだ。
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《PM16:00》
あ!アンナちゃんだ!ばいばーい!
晴家さん!また明日!
アンナさん、さようなら。
「ほーい。ばいばーい。」
転校して来てから2週間くらい経った…何故か知らないが、私は人気者らしい。自分で言うのもなんだが。
一度、なんでそんなに私の好感度が高いのか他のクラスの人に聞いた事があるのだが、何でも安達や武田のイジメからタエコを助けた事やら、音楽の授業での弾き語りやら、何かと目立った結果がこうらしい。
何人かの男子から連絡先聞かれたし告られたりもしたが…私まだ11歳だぞ?
なーんて考えながら校庭まで出ると…なんかザワザワガヤガヤしている。けど悪い感じのやつじゃない。
あの人かっこいいー!
誰かのネーチャン?
きれいな人〜!
そうなのだ。校門の前にバカでかいバイクを止めて、そこに寄りかかっているサングラスをかけた女…一昔前のヤンキー女子みたいな感じでスマホイジりながら佇むその姿は確かにかなりカッコイイ。
昔からそんな感じの人だ。自分が他人にどう見られているかなんて気にせずに、自分の好きなやり方とスタイルを貫くタイプ。
私は9歳で組織に拾われたが、それ以前からずっと本物の姉のように慕っている。組織内の人間の中では数少ない、アタシがエージェントになる前からの知り合い。
優しくて強くて、涙もろくて…そんなところがカッコいいし可愛い人でもあるのだ。
こちらに気づいたらしい。「お!」という感じで手を挙げる。
「おー!アンナ久しぶりオマエまた背ぇ伸びたな!」
少し乱暴な話し方も昔からちっとも変わらない。私も同じように手を挙げながら返事を返した。
「久しぶり、ルリ姉。」
あの人、アンナちゃんのお姉さん?
お姉さんも美人でかっこいー!
2人ともステキ…!
また周りがザワザワガヤガヤしだしたが…そんな事知ったこっちゃねーという感じでルリ姉がこっちにやってくる。
革のブーツにライダースを着たその姿は誰しもが目を奪われてしまいそうなくらい様になっている。
「ワリーなアンナ。学校まで来て。」
「ホントだよ。どこの不審者かと思った。」
「なはは…ガラ悪ぃ女にしか見えねーかやっぱ。」
「ウソウソ。こっちも丁度会いたかったんだ。久しぶりにさ。てかツル姉は?」
「別件で来れねーってよ。鶴も可愛い妹分に会いたがってぜ。じゃ、さっさとフカシ行くか。にけつすんだろ?ほら。」
そう言ってルリ姉がヘルメットを投げる。私のサイズに合わせた子ども用のヘルメットだ。
「久しぶりに乗るかも、ルリ姉のトルネード1号。」
「そうか?メンテばっちりだし霞留のオッサンがいろいろ改造してくれっから事故とかは大丈夫だと思うけど…。」
「へぇ…まあ取り敢えず出ようよ。ここいたら皆の邪魔だよ。」
「お。そうだな。」
そう言うと慣れた手つきでヘルメットを被りバイクに跨る。トルネード1号は霞留博士の作った超ハイテクバイクだ。
乗り心地も性能も最高。
私もランドセルや荷物を椅子の下のタンクに入れてうしろに座り、ルリ姉のお腹に手を回す。
「わすれもんねぇか?」
「大丈夫、いつでも行けるよ。」
「わかった。ちょっと飛ばすぜアンナ。」
「オッケイ。よろしくルリ姉。」
う"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ" ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ'う"んんんんんん!
ドゥロロロロロロロロロロロロロロロ
う"ぅぅぅーーーーーーーーん………!
トルネード1号が学校をあとにして軽快に走り出す。
「ねぇぇえ!なんで私に会いたかったのぉぉお!」
「あぁあ!?あー!会いたくなったからなぁぁあ!」
「そうなんだぁぁあ!私も丁度ルリ姉に相談したいことあったから話聞いて欲しいぃぃいー!」
「おぉー!そしたら風呂でも入りながらゆっくり話すかぁぁぁあー!」
大声で絶叫しているようにしか見えないだろうが、このくらいの声量じゃないとバイクは聞こえないのだ。
いや普通は聞こえるんだろうけど、トルネード1号は改造バイクだからスピードを出すとメチャクチャうるさい。
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《PM17:14 温泉ルポ》
「お〜…温泉だ。」
「温泉ってか高級ホテルみてーだな。」
まるで外国の高いホテルみたいな外装の建物に入っていく私とルリ姉。中に入ると、いきなり道が2つに別れている。
「へぇ〜流石お高め温泉。受付の時点で男女別れてる。」
「回りくどいことしてんな。アタシ男いても服脱げるぜ。」
そのまま女性用のゲートを通って進むと、正装の女性スタッフがやってくる。
「お客様、本日はようこそおいでくださいました。お履物はコチラでお預かりいたします。お財布やケータイ等はお客様ご自身で管理のほどよろしくお願いいたします。なお当施設は受付にて水着を貸し出しておりますので、そちらに着替えてご利用ください。」
スタッフが説明する。なるほど、要は裸で入んないでねってことね。
「めんどくせーな…てか客がみんな同じ格好で風呂入んのか?」
「いえ、水着のデザインをビキニスタイルかスパッツスタイルか、ウェットスーツスタイルの3つからお選びいただけます。色もリストからお好きなものをお選びください。」
ルリ姉が気になること全部質問してくれるので助かる。思ったことバンバン言うタイプだからな…それでも最低限の取捨選択がしっかりできるからこそ、組織からの信頼も厚いのだろう。
そうこうしているうちに受付に到着した。ルリ姉と水着を選ぶ。
「アタシはビキニスタイルでいいや。アンナは?」
「スパッツにしよ。」
というわけで、ルリ姉と2人で一部屋使うことにした。別にルリ姉と一緒にお風呂入るの初めてじゃないし抵抗感もないから。気にすることもないしね。
というわけでサッと着替えてしまう。
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《大浴場》
「うぉ〜…広いな。」
「ホントだ…ひろーい。」
温泉ルポと言えばテレビでも何度も紹介されてる会員制のスパリゾートだ。年会費が数十万とか言うアホみたいな高さだが、値段以上のクオリティでサービスを提供していると施設自体は評判らしい。
そんな温泉にタダで入れてしまうのだから、エージェントライセンスの効力はトンデモナイものだ。
ていうか…これって
「私たちしかいなくない?」
そうなのだ、浴槽にも温水プールにも誰もいない。シャワーを浴びている人だっていない。
「おう。昨日電話して貸切にしたからな。」
「私と2人で入るためだけに?」
「積もる話もあるだろうしな…少しでもアタシらのこと聞かれるリスク減らすためだ。可愛い妹分の相談に乗るんだ、このくらい喜んでやるぜ。」
「いや…まあ、ありがたいんだけど。」
「取り敢えず入ろうぜ〜…とう!」
ぼっちゃ〜んっ!
「ルリ姉ダメだよ温泉で飛び込んじゃ。」
「ここ温水プールだからOKって書いてるぞ。ほらアンナもやれよw」
「仕方ないな…えい。」
ばしゃーんっ!
「へへ…他に誰もいねーw」
「この広い空間に2人だけか…ちょっと楽しいかもw」
確かに貸切ってワードだけで少しワクワクしてしまう。本来なら混み合っているであろう時間に、2人だけ。これならゆっくり相談もできる。
「それでねルリ姉、相談なんだけど。」
「轟木のおっさんから任務押し付けられたろ?本部呼ばれて聞いたわ。」
「あ、そうなの聞いたの。」
「おう。他にも色々聞いてるぞ、オマエの友達の事も、ライミちゃんの事も。」
「アハハ、そうなんだ。まあ最近色々ありすぎたしね…。」
「だろ?だから風呂でも入りながら話そうと思ったんだよw」
「気が利くねぇ、流石ルリ姉。」
まあ、淡々と任務のことだけ話してもそれはそれで味気ないか…せっかくルリ姉と2人だけで温泉に来てるんだし、最近あったこと話しながらゆっくりしよっかな。
それからまったりくつろぎながら、カメレオン:ディストートについて相談した。
「なるほどな〜、姿を消す上に脱皮して抜け殻を身代わりにしてくると。」
「うん、攻撃自体はね、そこまで強くないんだけどね。」
「ま〜確かにアタシも偶にそんな感じの厄介なヤツと闘る時あっけど…。」
「だからルリ姉に聞きたいんだ…ルリ姉ならどーする?」
「そんなもん難しく考えなくて良いんだよ。」
「え?」
「ステゴロならオマエのほうが上なんだろ?ならソイツが疲れるまでとことん攻め続ければ良いんだよ。脱皮するならさせまくればいいし、透明化もカラーボールとか投げて対策できんじゃねーか。」
「あ〜…確かに。」
「昔から難しく考えすぎなんだよアンナは…もう少し脳筋になってみろ。また違ったやり方が見つかるかもしんねーぞ。」
「もう少し脳筋…か。てかルリ姉とツル姉が倒してくれたら1番良いんだけどなー。」
「やだねーw自分で乗り越えて成長しろーw」
「えーw」
「アハハ…それによ、アンナ。本当に行き詰まった時にどーするか、そんなのアタシらならよーく分かってんじゃねーか。アタシや鶴やオマエが何時してるようにすりゃ良いんだぜ。」
「いつもしてるように………そっか。私たちの力でどーにもなんない時は。」
「そうだぜアンナ。どうしようもない時は素直に神様に祈れば良いのさ。最適解をくれるぜ。アタシはそーしてる。鶴もそーしてる。オマエもそーするだろ?」
「そっか…難しく考えなくて良いのか…。」
そうじゃん。もっと簡単に考えれば良かったんだ。頑張って頑張って、それでもダメだったら、素直に神様に祈れば良いんだ。
ルリ姉のアドバイスで吹っ切れた私は、もうそれ以上、任務の話はしなかった。ゆっくり日々の疲れを取るように、温泉を満喫したのであった。
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《PM20:05》
「ここで良いか?」
「ん…ていうかもう家の前だしね。」
「頑張れよ。応援欲しかったらいつでも連絡しろよ。オマエのためなら地球上の何処にいてもブッ飛ばして来るぜ!」
「アハハ…心強いな〜w」
「おう!あぁ、それとなアンナ…。」
「ん?」
「鳥ちゃんが言ってたんだけどよ、最近危険度B以上のディストートが増えてるらしい。」
「B以上…Bか…私が本気で闘うかどうかのライン…。」
「気ぃつけろよ。アタシも鶴も…大事な妹分になんかあったら耐えらんねぇからな。」
「ん。わかった。」
「…………全くよ。全部のディストートが友好的だったら、戦わなくても良いのにな。」
「……………そうだね。私もそう思うよ。1番は共存だって何時も思ってる。」
「だよな………じゃあまたな。頑張れよ。」
「うん。またねルリ姉。ツル姉にもよろしく。」
う"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ" ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ'う"んんんんんん!
ドゥロロロロロロロロロロロロロロロ
う"ぅぅぅーーーーーーーーん………!
颯爽と駆けていくバイクの背中を見守りながら、見えなくなるまで手を振る。
ルリ姉と一緒にいると、気が抜けて楽になれる気がする…だから大好き。
私にとっても、大切な姉御。
───鳥ちゃんが言ってたんだけどよ、最近危険度B以上のディストートが増えてるらしい。
B以上か…流石にそこまで来ると私一人じゃ手一杯になっちゃうな…見据えるべきは先、対策は今のうちに練っとくべきか…問題は山積みだな。もしもの時にどう対処するか、それも大切だぞと教えてくれたのだろう。
もっと一緒に居たかった…そんな名残惜しさを感じながら、ルリ姉が見えなくなった夜道をずっと見つめていた。
☆次回予告☆
カメレオン:ディストートとの再戦に臨むアンナ。
有無を言わさぬ脳筋戦法で勝利を掴み取れ!
───次回!
第18話
【不可視の粉砕者】
アンナの作戦とは………!?




