第15話【この怪人、200色あんねん。】
コツコツコツコツ…
OLが1人、夜道を歩いている。今日も今日とて残業だ…もちろん手当は出ない。
子どもの頃から憧れていた仕事だった…夢を持って会社に入ったのも束の間…待っていたのはブラックな職場と家の往復だけ。
朝起きて、電車に揺られ、会社で働き怒られて、そして定時を大きく過ぎて家に帰る。
周りの友達がどんどん結婚していく…私は彼氏すらいない。
「…なんで…なんで私ばっかり…!」
こんなの…思い描いていた私じゃない…今日もこの住宅街を1人で歩くだけの日々…自分に嫌気すら覚える。
とちゃ………ッ
「?」
何かが腰にぶつかったような…変な感触がする。生暖かい…それでいて湿っているような…なんか気色の悪い感じが…。
グンッ!
「うわっ…。」
夜の闇の中に、何かに後ろから引っ張られるように消えていくOL。
辺りには誰もいない。ただ、彼女の脱げたハイヒールだけが、住宅街の隅に寂しく広がる空き地の目の前の道に転がっているのみであった…。
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《6月7日(金)AM08:00》
「タエコ〜行くよ〜。」
「う〜ん!待って〜アンナちゃん!」
部屋の奥からランドセルをからいながらタエコが登場する。少し寝坊したからバタバタしている。今から出れば…まあ学校には遅刻しないで済むかな。
「待って待ってタエコちゃん!はい!これ体操服!」
「ライミさん!ありがとうございます…!」
どうやらバタバタしすぎて体操服を忘れかけたようだ。今日体育あるのに…。
体操服を受け取ったタエコが靴を履いて「よしっ!」と立ち上がる。
それを見て私もドアを開けた。
「いってきま〜す。」
「いってきます!ライミさん!」
朝から元気だなぁ…最初に会った頃と随分変わってしまって…色々あってまあ、タエコもたくましくなったものだ。
「は〜い!いってらっしゃい!」
満面の笑みで私達を見送るライミちゃん。エレベーターに乗るまでずっと手を振ってくれている。
さて、なんで朝っぱらからタエコが私と一緒に…私の家から登校しているのかと言うと───。
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《6月1日(土)PM15:00》
「…さて、タエコの家に着いたんだけど。」
「アンナちゃん…本当に良いの?」
本部へ報告に行った帰り際、私はある条件を総司令官に付け加えた。
もちろん私の要望は通った…ま、そこまで難しいこと言ってないしね。
「まあ早かれ遅かれ行くつもりではあったんだよ。挨拶もしときたいし。」
「う、うん…今日はママおやすみだから寝てるよ…。」
「驚くかな?」
「多少ね〜…。」
タエコの案内で古びた集合住宅に入る。
ガチャ
「どーぞ…アハハ…アンナちゃんのお家に比べたら…天と地の差で…。」
「住めば都さ。お邪魔しま〜す。」
なるほど…築何十年と言ったところだろうか。タエコと身体の弱い母親の2人で暮らしているところを見るに、家賃はかなり安いかタダと言ったところだろうか。
歩くたびにギシギシと軋む廊下を歩いて部屋に入る。
そこには布団の上で咳き込むタエコの母親がいた。
「ママ、さっきも連絡したけど…アンナちゃんだよ。」
「ども。」
電話口で話してた時にはあまり感じなかったが、結構病弱らしい…働ける時間も短いし、シフトも少なくて…2人で暮らすのがやっとだそうだ。
タエコの父親は…昔、タエコのママじゃない女の人と何処かに言ってしまったらしい。
「あなたがアンナちゃん?綺麗なお嬢さんねぇ…!」
タエコの母親が目を輝かせながら私のことを見つめる。
娘が友達を連れてきたことがよっぽど嬉しかったのだろう。
「晴家安成です。よろしくお願いします。」
とりあえず挨拶を済ませる。それから少し世間話をした。
他愛もない話だ。しばらくコミュニケーションを取った後で、私の方から切り出した。
「忍さん…今回お邪魔したのは、私の方から少し提案をさせていただきたいからなんです。」
「提案?なぁに?」
「はい…実は私の家、結構お金持ちなんです…。色々事情があって、今はお手伝いさんと2人で暮らしてるんですけど。」
「まあ!そうだったの…ごめんなさいね…それなのに娘がお邪魔してしまって…。」
「いえ、それ自体はもう全然。」
「ほんと?ウチの子、最近あなたの話ばっかりするから、ご迷惑かけてないか心配で心配で…。ああ!ごめんなさい、話が逸れちゃって。ご提案?何かしら。」
「ええ…仰るとおりで。タエコさん、こんな私とも仲良くしてくれて…私、凄く嬉しかったんです。そのお礼と言ってはなんですが…私が全額負担するので、ちゃんとした病院で身体を治しませんか?」
「…え…えぇ!?」
驚くタエコのママ。そりゃそうだろう。
「もちろん、一切の代金は頂きません。ちゃんとした病院です。」
「そ、それはありがたい話だけれど…でも…。」
申し訳なさそうなタエコのママ。すると今度はタエコの方から説得に入る。
「ママ…私、ママにちゃんと元気になってもらいたい…!」
「耐心…。」
「私…ママが無理して頑張ってくれてること知ってるよ?ママが私のこと大切にしてくれてるのもちゃんとわかってる…だけどそれは…私だって同じだもん!私だってママが大切…だから…ちゃんと元気になってほしくて…!」
「だけど…私が入院しちゃったら…耐心が1人に…。」
当然の心配だね。それなら大丈夫…
「そこは安心してください。うち、まだ部屋が何個も空いてるんですよ。私とお手伝いさんの2人だけで済むには広すぎて…忍さんが入院している間は、うちにホームステイして構いません。」
「…ほ、ほんとに?ご迷惑じゃない?」
「ぜーんぜん。むしろ賑やかになってうれしいくらいですよ。」
「あ、アンナちゃん…。耐心は大丈夫なの?」
タエコが「うん!」と頷く。それを見て暫く黙って考えるタエコのお母さん…。
どのくらいそうしていただろうか。やがてゆっくりと申し訳なさそうに顔を上げ、笑い掛けながら口を開いた。
「…わかりました。その提案、ありがたく受けさせていただきます。」
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《現在》
「すごい組織だね…まさか病院が無料で利用できるなんて…。」
「本当は病院の利用が無料になるのはAランクエージェントのライセンスからなんだけどね…まあ、あんま細かいことは気にせんで。」
とまあ、そういう事があったわけだ。タエコのママは身体を治すために、最高クラスの病院に入院。
幸いなことに、病弱ではあるけど命に関わるようなことじゃなかったから、1〜2年もすれば良くなるらしい。
色々あって…タエコも元気に笑うようになった。本当にたくましくなったな…タエコの笑顔を見ながらそう思う。
気持ちいい朝だな…そんなこと思いながら、タエコと道を歩いて学校に向かった。
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《昼休み》
〜♪〜♪
「お。」
レインの通知音だ。隣にいたタエコにも連絡が来ている。相手はもちろん、ライミちゃんだ。
「…ふ〜ん。このエリアで行方不明者多発、任務に行ったエージェントも音沙汰なし…組織のドローンカメラにも何も映っていない…ねぇ。」
「人が消える空き地だって…これもディストートの仕業かな。」
「エージェントが派遣されたってことはそうなんだろうけど…現地でディストートと闘って負傷したり…やられちゃったりするならともかく、行方不明ってのはかなり引っかかるけどね。」
「そうなの?」
「うん。SMOoDOのエージェントは、個人差はあるとは言え、各々最低限の身を守る手段を持ってる。行方不明になることはまずない。組織としてはそれが不可解ってことね。下手に派遣しても同じように消えるだけ…それならば上位のエージェントに解決してもらおうと…それで私に頼んできたわけか。」
「なるほどぉ〜…私も鍛えたほうが良いのかな。」
「いや、タエコはアシスタントだからいいよ…現場にはそんなに出ないし。」
「え?そうなの?」
「いやそうでしょ。この前は偶々…囮が必要だっただけで、基本的に現場のことはエージェントに任せな。いや、エージェントの中にも現場には行かない人もいるよ。ドレミとか。怪我したら危ないし。」
「うーん…難しいことはコレからオボエテイキマス…!」
「そーだよ。コレから覚えていけばいいの。とりあえず、今日学校終わったら現地行ってみよっか。」
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《PM17:15》
「この辺だと思うんだけど…例の空き地。」
「あ、アンナちゃん離れないでね…!」
というわけで、実際に件の空き地の辺りにやってきたわけだが…なるほど、人通りが少ない住宅街だ。高層ビルが立ち並ぶ都会から若干離れているからか、築年数が結構経っている家屋も多い。
なんというか…どこか懐かしい雰囲気さえある。
まあ私は長﨑生まれ長﨑育ちだから全然この辺のこと知らないけど。
「…あ、タエコこれ付けな。」
「ありがと…ってこれ何?首から垂らす虫除け?」
「それ、身につけてるだけでD.B.Mが出続ける代物でね…今タエコが言った通り、携帯用の虫除けみたいなもん。それ垂らしてれば、大概襲われないと思うよ。ボタン押せば外側に膜ができるし。」
「へぇ〜!こんな便利なアイテムもあるんだね!」
「霞留博士は天才だからね…それでもD.B.Mだって、直接身体の中に入ったら人間にも害はあるんだから。」
「そうなんだ…じゃあアンナちゃんの変身のやつも本当は危ないの?」
「いや、私は……あ。」
…着いた。ここだ。
例の人が消える空き地。
「ここがライミさんが言ってた空き地…。」
「なんか寂しくて殺風景な場所だね。見た感じ…何もないけど。」
「なんか不気味っていうか…雰囲気良くないね…あ、あれ何かな?』
タエコが指差す方向に何か落ちている。近づいてみるとそこには───。
「…ハイヒールだ。片足だけ。」
「なんでだろ…ここで誰か襲われちゃったのかな?」
「可能性は高いね…だとしたらやっぱりこの辺に何かしら潜んでるってことか…。」
「う、うん…そしたら私、とりあえずライミさんに連絡したほうがいいかもしれn」
とちゃ………………
「んうぇ!?
「ビックリした…どうかした?タエコ。」
「んーん…なんだか背中にネチャっとしたものが。」
ネチャッとしたもの?なにそれ。別に何も変わったところはない。問題の背中にも特に何もついてないし…気のせいじゃないかと言おうとした───。
その時だった。
ヒュオッ
「きゃ…。」
ものすごい勢いで何かに引っ張られるように後ろ向きにタエコが下がっていく。しかし、当然ながら後方には何もない。
咄嗟の判断で私は叫んだ!
「タエコ!さっきあげたやつのボタン押して!」
「え!?うん!」
ポチッ
ゔぅぅぅぅぅぅぅうん!
〘!?んげぇ!ぺぇ!〙
この場にいないはずの第三者の声が響き渡ると同時に、タエコの動きが止まる。
「ひいいいいいいい!」
「タエコ!こっち来な!」
ドタバタと走りながらタエコが向かってくる。なんとか私のもとにたどり着いたタエコを後ろに下げて、私も臨戦態勢をとる。
〘なにこれぇ…不味い…!舌が痛い!?何か仕込んでたわね…!〙
女の声だ…どうやらターゲットが現れたらしい。空き地の真ん中のあたり…何もない空間の地面が不自然に砂を散らす。
「そこにいるんでしょ?もう隠れたって無駄だよ。」
〘…あなた達…どうやら普通の人間じゃないわね?〙
「御名答。早速で悪いんだけど、アンタがこの空き地で好き勝手やってくれると迷惑なんだよね…だから倒しちゃう。」
〘元気なおこちゃまね…いいわ。特別に私の姿を見せてあげる…!〙
言い終わると同時に、声の主が姿を現す。足元からゆっくりと…何もなかった空間からディストートが出てきたみたいに…やがて頭の先まで、ハッキリと見えるようになったそれはまさしく───。
「カメレオン…か。」
「ひぃぃぃ…トカゲの怪人…!」
カメレオンのディストートだった。
☆次回予告☆
変幻自在に姿を消すカメレオン:ディストート!
姿の見えない敵に、成すすべ無し!?
───次回!
第16話
【姿なき捕食者】
君には奴が見えるか!?




