シオと赤い目のクジラ
「あそこにあるおおきなあかいほしがほしいよ。」
幼い妹、ミンミがシオにそう言ったのは数分前の事。あかね色の空を巣に帰る鳥たちが飛び交い、一番星が空にきらめく頃でした。
「よし待っていてすぐに僕が星を取ってきてあげるから。」
シオは納屋から虫取り網を持ち出すと、「えいっえいっ」と星に向かって網を振ります。けれど、虫取り網には何も入りません。
「どうしよう……そうだ湖なら。」
湖にむかってシオは走り始めます。走って、走って、転びそうになりながら走って息も切れそうになった頃、やっとシオは湖につきます。
「やっとついたぞ。湖だ。」
辺りはすっかり夜、空には薄い雲をまとった月が浮かび、色んな色をした星たちが輝いています。
「思った通りだぞ。水に星が浮かんでいる。この星なら僕でも取れる!」
シオの目線の先には、湖にうつった星空がありました。
「けどどうしよう。これじゃあ取りに行けないや。」
一応岸から近いところにも星はうつっているのです。けれどシオの目にはとても薄く見え、湖の中央の水に映る星々がとてもきれいに見えます。
「よし!星を取りに行くぞ!」
シオはボートをこぎ出します。
やっと湖の中央についたシオの目に映ったのは、一面に広がる星空でした。
「これなら僕にもとれるぞ!」
水鏡のように水面に映った星空はなんだかとても神秘的で、それでいて危なげで手を伸ばせば届きそうな気がして、その中で一際大きな光を放つあの赤い星を見つけるまで、シオはその光景にみとれていました。
すると……
「うわぁぁーー」
ボートのはしにより過ぎたシオはバランスを崩し、投げ出されてしまいます。
シオはどんどん底にむかって沈んでいきました。もがいても、もがいてもシオの体は沈んでいくばかり、かすかに開いたまぶたのすき間から見える星空は、少し歪んでいて、手が届きそうなくらい近くにあった大きな赤い星は人と星との間にある距離みたいに近くて遠くて、悲しみのあまりでた涙がそのまま水の中に溶け込んでいきました。
気が付くとシオの目の前には大きなクジラの群れがおりました。クジラたちはみんな嬉しそうに笑ったり、水浴びしたりしながら楽しんでいます。ク
「やあ初めまして。君はここの人?」
気がつくとシオの前には一匹の大きなクジラが一匹おりました。クジラの目は赤く、シオは一目であの大きなあかい星だと言うことがわかりました。
「私達長旅で疲れてるんだ。ちょっと休ませてもらうよ。」
「あの、初めて会ったくじらさんにこんな事頼むのは失礼かもしれないけど、お願いです。貴方のその赤い目を僕に貸してもらえませんか?」
「君は初めてあったクジラにずいぶん酷いこと言う子だな。いいよ。特別に一晩だけ。明日の空にお日様が沈むまでの間だけなら。けど覚えておいて目がなければ私は仲間から置いていかれてしまうちゃんと返しておくれよ。」
「はい。」
気が付くとシオは湖の湖畔におりました。そしてその手の中には、大きな宝石みたいな赤い目玉がありました。おひさまは真上に昇りその時が丁度、昼前だと気づくまで数分かかりました。
それからシオは家に帰ります。
「シオこんな時間までどこ行ってたの?」
「ごめん。母さん。ミンミがあの星が欲しいって、言ってたから……」
「そう。またあの子お兄ちゃんにわがまま言って。」
「それがね。母さん。親切なクジラさんに会ってもらうことはできなかったけど、特別に一日だけ貸してもらったんだ。」
「あらそうなの?良かったわね。けど借り物なら壊すわけにはいかないから、触らずに……」
「あーこれミンミの!!」
それからミンミは、片時もクジラの目を放そうとはせずずっとそばに置きました。お昼の時もお昼寝の時も、トイレいくときだってずっとです。
「さあそろそろ返しにいきなさい。」
「わかったよ。母さん。」
「ミンミそれは、お兄ちゃんが一日だけ借りてきたものなんだ。そろそろ返しに行ってくるね。さあクジラさんの目玉を返して!」
「やーよ。だってもうこれミンミのだもん。」
ミンミは赤い目玉を抱きかかえ離そうとしません。
「一日だけ貸してくれるって約束したんだ。」
「落ち着いてシオ!母さんがなんとかするから!!」
「でもっでも・・・・」
シオの消えそうな声は、ミンミの泣き声にかき消されていきました。
数分後、シオはボートに乗っていました。
お母さんだっていつも言ってるじゃないか?約束を破ったらいけないって。
「今日は楽しかった?さぁ目を返して。」
「あの、もしあなたの目を返さないと言ったらどうしますか?」
それまで穏やかに少年を見つめていたクジラはとても悲しい顔をしました。
「約束は約束だよ!約束は守ってもらわないと。困るよ。」
「もうもう少しだけ待ってください。家に忘れて来てしまったんです。だから、家まで取りに帰らせてください。」
息を切らしたシオが家の中に駆け込むと、部屋の中は薄暗くてきみが悪く怖くて背中がふるえました。なんだかお化けが出そうな雰囲気です。おまけに何かの香でもたいているのか甘ったるい匂いもします。
「母さん!ミンミ!大変なことになったよ!誰もいないの?」
物音がしてそちらの方を目をこらしてよく見ると、そこにはミンミがいました。
「どう・・・したのミンミ。」
シオの問いかけに人形みたいに首を回したミンミの顔を見ると何か変です。何かがいつもと違うシオを直感的にそう思いました。
「おにぃちゃん。めぇいたいの。なみだでる。」
振り返ったミンミの茶色だった目は、あの鯨と同じ目、赤い目になっています。
「かっ母さんはどうしたの?」
「めっめっめめめ」
「うわぁぁぁーーー」
驚いてシオが声を上げます。
「ケッケッケけ!!」
その瞬間ミンミの姿は消えていました。
シオは湖に向かって走り出します。
「やあお帰り。妹ちゃんは、喜んでくれたかな?それと君のお母さん綺麗だね。」
「よろこんでは…いないです。」
「ん?よく聞き取れないな?」
「喜んでなんていません。どうしてこんなんことしたんですか!?それとどうして母さんが出てくるんですか!?」
「ん?話がよく見えないな。私は日が暮れたから目を返してもらっただけだよ。」
クジラは穏やかな口調で言いました。
「けど、けど。」
「ただ君もまだまだ子供だな。お母さんに届けさせちゃうんだから。」
「えっ?」
「シオ!!!」
シオが声のした方を見ると笑顔のミンミを抱っこした母がいました。
「妹さんはね。私が拾った石をあげたら喜んで返してくれたよ。」
「・・・・・」
「だからちょっと意地悪しちゃった!」
「だって、」
シオはしょんぼりします。
「おにーちゃん。クジラさんにおくれちゃってごめんなちゃい。しよう?」
「うん。」
『クジラさん!おくれちゃってごめんなさい!!
ちゃい!!』
「うん!!いいよ!!」
「リーダー!そろそろ・・・・」
「はーい。」
仲間のクジラがリーダークジラに声をかけます。
「じゃあみんな次の星に行くよ!!」
『クーーーーー!!』
赤い目のクジラの群れは空に浮かび上がり、遠くの空に飛んで行きました。
そして空には・・・
「うぁーーー」
「きれーーー」
「おやまーー」
流れ星がたくさんふっていました。
「これ。なんて言うの?」
「流れ星って言うんだよ。」
「クジラさん泳いだあとなの?」
「うーん。ちょっと違うけど、まあ今回だけそう言うことにしときなさい。」
親子はいつまでも空を見上げていました。
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