第8話 両手に花
翌朝、私とシャールは白衣の男から簡単な問診を受けると、頭の包帯は取れて今日にでも退院できるようだ。
「いやぁ、無事に退院できてよかったね」
退院の準備をしていたところに市川が私の手を取って労いの言葉を投げかけてくれた。
「ありがとうございます。おかげさまで助かりました」
「私は大したことはしてないよ。礼なら、ミスティアちゃんをここまで運んだ彼女にしなさいな」
私は市川に頭を下げてお礼を言うと、市川は嬉しそうな顔で部屋の外を指差す。
そこには私服に着替えて退院の準備を終えたシャールの姿があった。
「少し場所を変えましょうか。ここは神経質なお医者様がいるし、近くのファミレスでゆっくりと朝食をとろうか」
「でも……お金とか持ってないですし」
「もう、そんなのはお姉さんに任せなさい」
半ば強引に市川の誘いに乗ることになった私はシャールを連れて病院を後にする。
舗装された道路に行き交う車が何台も通ると、ここはやはり前世の世界なんだと改めて実感する。
それはシャールも同様で、彼女はぽつりと呟く。
「私達以外にエルフやダークエルフはどこにもいないね」
ここが前世の世界なら、エルフやダークエルフは架空の存在だ。
異世界で慣れ親しんだ木々に囲まれた匂いや川のせせらぎはどこにもない。
こうしてエルフ族以外で市川のような人間を見たのも前世以来だ。
「最近はイベント会場とかにエルフにコスプレした人も見かけるけど、やっぱり本物は半端ないわねぇ」
市川は帽子で隠してある私とシャールの長耳を触ろうとするが、長耳はエルフ族にとって敏感であり弱点でもあるので私とシャールは反射的に市川の手を払い除けてしまった。
「ごめんなさい。そこを触られるのはどうしてもダメなので……勘弁してください」
「あらら、ごめんなさい。そうよね、いきなり人の耳を触られたりしたら誰だって嫌がるし、配慮が足りなかったわ」
物珍しさで触りたい市川の気持ちはわからなくもない。
彼女に悪気はないのは知っているし、長耳の代わりに手を繋ぐぐらいならと私が申し出ると、市川は嬉しそうにそれに応じる。
「ふふっ、ありがと。ミスティアちゃんの手は柔らかくて繊細な指をしているわねぇ。まるでお人形さんみたいで羨ましいわ」
「それはどうも……」
私の手をまじまじと観察してうっとりする市川に私は作り笑いを浮かべて少し後悔してしまう。
まあ、悪気はないのは確かなのだが、どこか危ない雰囲気を漂わせている。
「私も君と手を繋いでもいいかな?」
「うん、いいよ」
「ふふっ、両手に花とはこの事だね」
シャールも市川に対抗して、しっかり離さないように手を握る。
女性二人に手を握られた状態の私は傍から見てもかなり目立っており、悪くはない気分だが少々恥ずかしい。
そんな調子でファミレスに入店すると、丁度運び込まれたハンバーグの良い香りが私の鼻孔を刺激する。
それはシャールも同様で、二人は刺激に耐えられずに釣られてお腹が同時に鳴ってしまった。