第6話 そのダークエルフは
落ち着きを取り戻した私は自身のベッドに戻って今夜はゆっくり休むことにした。
市川が監視の意味も込めてダークエルフの看病に当たり、白衣の男は別室で仮眠を取っているようだ。
ダークエルフの彼女からは色々と聞きたいことはあるし、何よりも今後のことを考えないといけない。
正直、あの紛争に明け暮れている異世界へ戻りたくないのが本音だ。
仮に戻れたところで、またダークエルフと殺し合う日々が待っているだけなのだ。
それなら、このままこの世界に居座った方が遥かにマシだ。
私は布団に潜り、どうなるかわからない未来に怯えている。
「前世の両親や友人達は元気にしているかな……」
ふと、私は前世の両親と友人達の顔が脳裏に浮かんだ。
しかし、前世で亡くなって異世界転生してから十八年の月日が経過している。
両親は六十近くの初老を迎えているだろうし、友人達も三十半ばの年齢になっている筈だ。
自分の住所は覚えているし、私が亡くなった後にまだ両親が住んでいれば会うこともできるだろう。
だが、エルフの少女になった私を両親はどう思うだろうか。
質の悪い悪戯か頭のおかしい奴だと非難されて、お互いに心の傷を広げるだけになるのは安易に想像できる。
友人達も同様で、やはりこの姿を晒すのは混乱を招くだけだ。
「彼女は幸せに暮らしているだろうか」
そして、私と一緒に下校した彼女のことも気になっている。
事故後はどうなったかわからないが、元気で暮らしているといいのだが。
せめて、彼女には一言謝りたい。
しかし、どうやって彼女に私の想いを伝えようか。
面と向かって謝るのは混乱を招くだけだし、そもそも、彼女は現在どこに住んでいるのかだ。
「そういえば、あの時も彼女のことが走馬灯のように思い浮かんだな」
森は炎に囲まれ、私は死を覚悟したあの時だ。
楽しかった彼女との思い出。
もしかしたら、彼女が私をここへ呼び出したのだろうか。
いや、そんなロマンチックな展開は安っぽい小説じゃあるまいし。
(考え過ぎか……)
今は少しでも体力を回復させて、怪我を治すのが先決だ。
私は目を瞑って眠りに就こうとした時だった。
真っ暗な部屋の扉がゆっくりと開いて廊下の光が差し込むと、誰かが入室して来た。
市川か白衣の男が様子を窺いに来たのかと思ったが、私の予想はどちらも違った。
「……ダークエルフか!」
部屋のスイッチが押されて周囲が明るく照らされると、そこには私と同じく患者着に身を包み褐色肌と長耳が特徴的なダークエルフが立っていた。
私は反射的に声を荒げてベッドから起き上がり、臨戦態勢に入る。
ダークエルフがこの場にいるということは看病で残っていた市川の身が心配だ。
「久しぶりだね」
「何だと? いや、ちょっと待て!」
ダークエルフは涙目になって私に語りかけると、その言葉の真意より私はダークエルフの発する言葉に驚かされた。
「君とこうして再会できて嬉しいよ。昔と全然変わらないね」
「何で日本語を……」
彼女は異世界の言語ではなく流暢な日本語を喋っている。
その事実に私は信じられない様子で、夢でも見ているのかと疑ってしまう程だ。
「そうか、君はまだ気付いていないんだね。それなら、私の正体を教えてあげるね」
「待て! それ以上は近付くな」
ダークエルフは無防備になって私へ近付き、あろうことか私の胸に飛び込んで抱き付いて見せた。
私は何をされるか不安になり、すぐに振り解こうとしたが、私の脳裏にある人物の顔が浮かび上がる。
(まさか、このダークエルフは!)
そして、私は直感する。
「君は皆川泰子さんなのか」
私は一緒に下校途中で事故に遭った彼女の名前を口にする。
理屈ではそんな筈がないと思う反面、ダークエルフから感じ取れる懐かしい雰囲気が当時の彼女と重なり合うのだ。
姿形は全然違う。
しかし、私は眼前のダークエルフが皆川泰子だと確信できてしまった。