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第3話 杞憂

 しばらく誰もいない病院の個室で時計の針の音が小さく刻む音が耳に入ってくる。

 エルフの長耳は人間と比べて音には敏感だ。

 ここがエルフ軍の駐屯地なら、怪我人や兵士達の往来で騒々しい筈であり、何より窓辺から覗いて見えるのは異世界では存在しない人工的な建築物が連なって見える。


「最後に何か口にしたのは、いつだったかな」


 空腹でお腹が鳴ると、たしか囮の作戦を開始する前に保存食の干し肉を口にしたのが最後だったのを思い出した。

 私が意識を失って、どれくらい経過したのだろうか。

 色々とわからないことだらけで、頭の中は混乱している。

 部屋の扉が再び開くと、先程の市川という女性が戻って来たのかと思ったが、彼女ではなかった。


「こんにちは。体の調子はどうですか?」


 白衣を着た三十代ぐらいの男が笑顔で私に語りかけてくる。

 おそらく、その身形(みなり)から医者であるのは容易に想像ができた。


「私はどうやってここまで運ばれたのですか?」


 私は白衣の男の問いには答えず、ここまで運ばれた経緯について訊ねてみた。

 現状を把握するには、それが一番の近道だと思ったからだ。

 すると、白衣の男は先程の笑顔とは打って変わって、怒りの表情と共に怒号が飛び交う。


「私は体の調子はどうなんだと聞いているんだ! 君の国では質問を質問で返すのが当たり前なのか!」


 突然の豹変に私は言葉を失った。

 状況が理解できていない私に対して、さらに追い打ちをかけてくる彼がどうして怒っているのか瞬時に見極めることができなかった。


「先生! 落ち着いてください」


 騒ぎを聞きつけた市川が飲み物を放り投げて慌てて部屋に入って来ると、白衣の男を必死に(なだ)めようとする。


「彼女はさっき目覚めたばかりで、まだ本調子じゃないんですよ。怪我が原因で一時的に記憶が混乱しているだけです」


「そうなのかね?」


 市川の説得に白衣の男は声のトーンを落ち着かせて私に顔を向ける。

 ここで返答を間違えたら、さらに目も当てられない状態になりそうだ。

 市川はジェスチャーで首を縦に振るように伝えると、私は無言で小さく頷いた。


「そうだったのか。これは失敬、私としたことが柄にもなく熱くなってしまった」


 白衣の男から怒気は完全に消え失せ、笑顔を取り戻して私に接する。


(この感情の起伏が激しい男は何なんだ……)


 市川が間に入らなかったら、今頃どうなっていたことやらと想像するだけで、どっと疲れが増してしまう。


「本当にその性格、何とかしてくださいよぉ。先生がそのうち爆弾魔になるんじゃないかとヒヤヒヤしますよ」


 市川は床に放り投げた飲み物を拾い上げながら、冗談を交えて白衣の男に苦言を呈する。

 黒スーツの市川に医者のような白衣の男。

 察するに二人は顔見知りのようだが、そんなことより私は白衣の男を避けて改めて市川に訊ねた。


「私はどうやってここまで運ばれたのですか?」


 白衣の男は本能的に避けられて気分を害したのか、私の肩に触れようとする。


「先生、それ以上はセクハラでアウトです」


 私は反射的にそれを払い除けようとするが、市川が引き離してくれた。

 何か言いたそうな目で白衣の男は市川に視線を移すが、市川はまともに相手をするつもりはない素振りで無視しながらコップに飲み物を注いでいく。


「ここは京子君に任せて私はもう一人の患者の様子を見て来る。彼女の話し相手になっていてくれたまえ」


「脅かすような真似は止めてくださいよぉ」


 バツが悪そうに部屋を後にする白衣の男をヒラヒラと手を振って見送ると、市川は私に飲み物が注がれたコップを手渡してくれた。


「驚かせてごめんなさいね。あの先生、根は優しい人なんだけどねぇ」


「はぁ……」


 この様子だと、何か期待ができそうな情報はないかもしれない。

 お腹を満たすために市川が用意してくれた飲み物に手を付けると、彼女は思い出したかのように私の質問に答えてくれた。


「そうそう、君がここへ運ばれたことだったね。君の友達がこの病院まで運んで来てくれたんだよ」


「友達?」


「褐色肌の可愛い女の子だよ。その子も傷を負いながらも、君を()(かか)えて病院の受付に現れたんだ。私は健康診査で偶然居合わせて、君達二人の手当てをしたって訳さ」


 褐色肌の女の子。

 市川の話を聞いた私は胸騒ぎがして嫌な予感がする。

 ただの杞憂ならいいのだが――。

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