第15話 儀式
エルフ族は年に一度、森の恵みを祝うための感謝祭を盛大に執り行う。
感謝祭と言っても、陽気な踊りや美味しい料理が振る舞われるとかではなく、森の精霊に祈りを捧げる儀式的なものである。
退屈なイベントと言ったら怒られてしまうだろうが、前世が人間だった私にとって娯楽の少ないエルフ族の生活は退屈だった。
感謝祭はエルフ族の長を筆頭に古代語で森の精霊に語りかけて、エルフ族の繁栄やら森の精霊に感謝を述べるのが代々続けられている。
そして、シャールがお祓いの呪文を唱えているのはその古代語に似ているような気がする。
元々、エルフとダークエルフは起源を辿ると同じエルフの仲間だった。
平和で穏やかな暮らしをしていたエルフは、いつしか人間による環境や文化の影響も加味されてエルフとダークエルフに分かれてしまった。
そこから小規模な争いは度々起きたりして、紛争となったきっかけは互いの土地を主張したことから始まったらしいが、それも五百年前の話であり、事態を収拾するきっかけがないまま現在に至っていた。
(本格的だ……)
シャールは意識を集中させて呪文を唱えながら、私に先程渡してくれた小さな筒を取り出して筒に入っている液体を振り撒く。
すると、部屋中に貼られた壁や天井の札が効力を失ったかのように力なく床へ落ちる。
専門的なことなので順調に進んでいるのか、いまいち分からないが、これまでになかった嫌な気配が部屋全体を立ち込めていくのが肌で感じ取れる。
「少し寒気がするわね。ミスティアちゃんとシャールちゃんは大丈夫?」
「私は大丈夫ですが、無理せずに京子さんも外で待っていた方がいいですよ」
「身体の丈夫が取り柄だから、むしろ涼しいぐらいで快適よ。心配してくれてありがとう」
市川の問いにシャールは答えず、お祓いに集中する。
平然を装っているが、市川が無理をしているのは喋っている感じでヒシヒシと伝わって来る。
役目を終えて床に落ちた札は突然、火花が散るように燃えて怨霊を抑えていた呪縛はなくなった。
代わりに、シャールは先程まで唱えていた呪文とは全く違う呪文を声高らかに唱え始める。
(どうか成功しますように……)
私は必死に成功を祈りながら、シャールの背中を覗き込む。
すると、心なしか全身から汗が流れ出るように苦悶の表情を浮かべている。
「私が傍にいるからね」
私はシャールの横に立って、儀式の邪魔にならない程度で少しでも役に立ちたい思いで彼女の手を握る。