第12話 部屋探し
市川に連れられて、私達は街の商店街にある個人の不動産屋を訪ねた。
「いらっしゃい」
店には中年の男が暇そうに新聞を読んでいたが、私達の来店に気付いて無愛想な声で最低限の接客をこなす。
私達以外に客はおらず、室内はロクに換気をしていないのか煙草臭い。
「こんな朝っぱらから顔を出すとは珍しいな。麻雀の面子が足りなくなったか?」
「違うわよ。今日はお客さんとしてここへ来たの」
「ほう、お前さんも良いパートナーが見つかって戸建てかマンションでも買う気になったのか」
「それも違うわよ。いや、パートナー云々はあまり否定したくないけど、彼女達に良い物件を紹介して欲しいのよ」
中年の男にペースを掻き乱され、市川は調子を合わせてここへ来た目的を話し始める。
どうやら、この中年の男はこの不動産屋の社長のようで、市川とはこの商店街にある雀荘の麻雀仲間らしい。
社長と言っても、他に社員は他におらず、一人で営業しているようだ。
「やれやれ、賃貸の物件か。モデルみたいな綺麗な姉ちゃん達に相応しい物件なら、色々あるぜ」
「いや、なるべく格安の物件をお願いしたいの」
「格安って……まさか、超過滞在か?」
「違うわよ。訳はちょっと話せないけど、身元は私が保証するわ」
「あまり当てにならん保証だな。まあいいや、理由は聞かないでおくが、格安ってなると特殊な物件もゴロゴロあるぞ」
面倒なことには首を突っ込まない性格の社長は私達の素性について深く追求するような真似はしなかった。
市川も社長の性格を熟知して、この不動産屋を紹介に選んだのだろう。
社長は奥にある棚から、書類の束を広げて私達に見合う物件を提示する。
「まあ、こんな商売とかやってると特殊な物件に触れる機会が多い。例えば、誰にも看取られずひっそりと老衰で亡くなった人や首吊り自殺や殺人があった物件は君達のような訳アリな人間に紹介するのもザラなんだ」
「まさか、これ全てが?」
「ああ、そうだよ」
私は傍にある物件の内容が記載された書類に目を通すと、都内にある三LDKの某マンションが家賃二万円と破格の値段。
明らかに普通では考えられない家賃だ。
「そこのマンションはお勧めしないぞ」
「どうしてですか?」
普通、不動産屋は物件を勧めるものだが、社長の真逆の対応に私はつい理由を聞いてしまった。
「そのマンションはかつてカルト宗教団体が根城にして、やがて訪れる終末論を回避するために信者が生贄を捧げた現場なんだ。その生贄って言うのは信者の家族で、警察が逮捕に踏み切った頃には十人近くの遺体が発見されたんだ。あの部屋を借りていった連中は怪我や意識不明で病院に運ばれた事故物件なのさ」
確かに家賃は魅力的ではあるが、そんな曰く付きの物件を紹介されて、住みたいと思う者は皆無だろう。
「シェアハウスできる物件はありますか?」
「あるけど、他の住人と接触する機会は格段に増えるぞ。それでもいいなら紹介するけど」
本棚にシェアハウスに関する資料が見えたので、私はそれとなく訊ねると社長の忠告で諦めてしまった。
私とシャールの正体を世間が知ったら、きっと騒ぎになるのは目に見えている。
市川が他人に私達の正体を言い触らすような人ではないだろうが、これ以上私達の正体を知っている人間を増やすのは得策ではない。
「その事故物件いいですね。よろしければ、見学できますか?」
私が最初に目を通した物件の書類にシャールが興味を示すと、社長は信じられないと言った様子だ。
「俺の話を聞いてなかったのか? あそこは興味本位で足を踏み入れたら怪我どころか下手したら死ぬぞ」
「多分、大丈夫ですよ。部屋の手前までで結構ですので、案内をお願いします」
シャールは自信満々で答えると、社長は「どうなっても知らんぞ」と渋々承諾した。