ねぎ提灯
彼女と遊ぶのは、いつも決まって夜だった。
この日もいつものように近くの神社に来ていた。
手に提げた行灯が、唯一の灯り。
「今日は何して遊ぶ?」
僕の問いかけに真綿色の小夜が俯いて言う。
「ん……勘太の好きな遊びでいいよ」
ぼんやりとした闇の中、小夜の肌の白さは際立っていた。
いつもとは違った小夜の反応に、僕は少し不安な気持ちに駆られる。
「そう? じゃあ蛍を捕まえようか?」
「うん、いいよ…」
下を向いていた小夜は顔を上げ、いつもの笑みを見せてくれた。
その笑顔に、それまでの不安が一気に吹き飛んだ気がした。
神社の横を流れる小川へ行くと、そこには数え切れないほどの蛍が飛び交っていた。
行灯の灯りに照らされた小川のキラキラと、蛍のか弱い朧な灯りが対照的だった。
僕達は蛍捕りに夢中になった。
草の葉の先に止まる蛍を、そっと近づき捕まえる。
蛍は逃げ足が遅いので案外簡単に捕まえられる。
ぼうぼうと光を膨らませるその蛍を、近くの畑の葱坊主の茎の中へを入れてやった。
それを僕らは『ねぎ提灯』と名づけて遊んでいる。
薄い葱の茎を透ける蛍の淡い光。
暗闇の中、その灯りは頼りないものの、心を照らしてくれる大事な灯火となってくれる。
二人きりの、僕らだけの時間。
夏場だけのこの遊びも、これで何度目か知れない。
けれども其の度毎に感じる趣は違っている。
今日も新たな発見をした。
行灯を掲げた時に偶然に見えた小夜のうなじの下の小さな傷。
今まで何度も遊んだけどこんな傷はあっただろうか。
闇のように黒いその傷は、小夜の白い肌の中で特に際立っていた…。
小夜の目は、本気だった…。
紅花色の口から紡ぎ出された言葉を肯定する瞳。
ねぎ提灯がぼんやりと映るその瞳を、忘れられない。
「私、もういなかきゃダメなの…」
彼女の目は、本気だった。
彼女には、僕の理解できない事情がある。
その瞳がそれを物語っていた。
行灯に吸い寄せられたのか、幾疋もの蛍がゆらりと舞って来る。
そして境内を仄かに照らし、自己主張をするかの如くゆっくりと舞う。
いつしか蛍はじっと黙り込んだ彼女の周りを舞い始めた。
彼女の周りを舞うその蛍が、僕には厭ましく思えてならなかった。
そして黙していた彼女は、重い口を開いた。
「仲間が迎えに来たから私、もういくね…」
彼女の最期の言葉が、僕に重くのしかかった。
不思議と彼女の言葉がすんなり理解できた。
彼女とはもう会えない、そう自然と感じていた。
最期の言葉を口にした小夜は、突然光を放ち、辺りを一瞬にして真っ白な世界へと変えた。
刹那の出来事に僕は思わず目を瞑ってしまったが、寸刻後には先程と変わらぬ闇の世界がそこにはあった。
唯一つ、小夜がいなくなったことを除いては。
小夜はいなくなった。
いや、いなくなったのでは無い。
還ったのである。
不思議な女の子だった。
一週間前にこの神社で出会って毎夜遊ぶようになっていた。
小夜と名乗った少女は、艶のある真っ黒な長い髪と吸い込まれるような瞳をしていた。
その上肌は漉きたての和紙のように真っ白だった。
家はどこかと訊ねれば、この神社がそうだと言う。
神社に住んでいるのも不思議だったけど、それより夜にしか遊べないというのが一番の不思議だった。
小夜と出会って一週間、小夜は還っていった。
たくさんの仲間と一緒に。
残り僅かな命を本来の姿で全うしようと。
境内に吹いた闇風が、行灯の灯りを消した。
闇の中に輝きを放つ幾疋もの仲間に囲まれ、背中に傷を負った真っ黒な彼女が神社の本殿の方へと消えていった。
僕は、残されたねぎ提灯の中の命の消えるのを見守ることしかできなかった…。
子供の頃の思い出…。
誰にでもある、大切なもの。
一緒に遊んでいたのは、友達。
そして、大自然という親友。
そんな思いで、執筆しました。