表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お料理企画参加作品

私の俺の、至高のとんかつ

作者: 城河 ゆう

 私が彼と出会ったのは、とある定食屋でお昼ご飯を食べている時だった。


 そのお店は、オフィス街の一角にひっそりと佇む、知る人ぞ知る名店。


 ご飯とサラダが無料でおかわり出来るのもあってか、私のようなOLから、外回りと思われるサラリーマン、ガテン系の兄ちゃんまで、客層も実に様々だ。



 私も先輩に教えて貰って以来、足繁く通っていて、その日も――


「こんにちは~」

「おや、今日も来てくれたのね。 いつものかい?」

「うん、よろしく」


 すっかり顔馴染みとなった店主と、その奥さんでもある店員のおばちゃんに促され、カウンターの隅っこ――いつもの席に座る。


「今日は結構混んでるね」

「近くの公園で子供向けのイベントをするらしくてね。 その準備に来た人達みたいだよ」


 カウンター越しに、店主のおっちゃんに声をかけると、嬉しそうに笑顔を浮かべながら答えてくれた。


「ここのとんかつ、美味しいもんね。 きっとまた新しいファンが増えるに違いない。 でも、あんまり人気になったら、私の席無くなっちゃうかも?」

「ははは、それくらい人気になったら嬉しいねぇ。 そうなったら、その席には予約札貼っとこうか」


 そんな、冗談とも本気とも取れないような会話を楽しんでいる間にも、おっちゃんは注文を受けたメニューを、次々作って提供していく。


 これも人気の1つだろう。


 味が良いのは勿論だが、店主夫婦の人柄もよく、何より提供速度が凄いのだ。


 厨房はおっちゃん一人なのに、フライヤーを同時に三つも管理しつつ、毎回丁度良い揚げ具合で提供されるのは、凄いを通り越して、最早ヤバいと思う。


「はい、ミルフィーユかつ、おまたせ」

「ありがと~」


 カウンター越しに受け取ったトレイには、ご飯とサラダ、お味噌汁とお漬け物、そして、メインであるとんかつが、デーンと真ん中に鎮座していた。


 私は、逸る気持ちを抑えながら、カウンターに置かれている胡麻ドレッシングをサラダに、少し甘めのソースをとんかつにかけて、手を合わせる。


「……いただきます!」


 まずは、新鮮なシャキシャキ野菜に、コリコリした食感のプチマリンがトッピングされたサラダだ。


 濃厚な胡麻ドレッシングの風味が、口から鼻に抜ける様に広がっていき、味、食感、匂いで、幸せが広がっていく。


「おっちゃん、サラダおかわり」

「相変わらず好きだね、ほら」


 一息に食べきって、お皿を差し出すと、おっちゃんは苦笑しながら受け取って、変わりのサラダを渡してくれた。


「美味しいから仕方ない。 それに、サラダだから罪悪感ゼロだし」

「まぁ、欲しいだけ食べな。 カツも熱い内にね」

「もちろん!」


 そう。


 いくら美味しいと言っても、サラダは副菜。

 次はいよいよメインディッシュだ!


 1センチ幅で7つに切られ、サクサクの衣に包まれたとんかつは、黄金色に輝くその身にトロッとしたソースがかかり、とんかつの熱で温まった事で、実に食欲をそそる香りを立ち上らせている。


 口の中の胡麻ドレッシングを洗い流すかのように、お水を一口。


 ――ゴクッ、と言う音を鳴らしたのは、今飲んだ水か、それとも待ちきれずに溢れた生唾か……


 衣を少しも無駄にしてなるものかと、箸でそっと掴んで口元に持っていき――





 ――サクッ。





「――!!」


 これこれ!


 衣はサクサクと軽い口当たりで、溢れる肉汁がとってもジューシー、その上何層にも重ねられた豚肉が歯切れの良い柔らかな食感を演出――さらには、ほんのりフルーティーなソースによって脂っこさすらも感じさせない、これぞまさに、パーフェクトとんかつ!


 豚肉の層の間に、左右端から三切れ半ずつ挟まれた、大葉とチーズがアクセントになり、最後の最後まで飽きない美味しさで、ご飯が す す む !!


 もう、このために仕事頑張ってると言っても過言ではない。


「いやぁ、やっぱりここのミルフィーユかつが最高だわ」

「やっぱ、おやっさんとこはヒレカツが最高だな」

「「――ん?」」


 私が思わず口にした言葉に、別の声が重なって聞こえ、思わずそちらに視線を向ける。


 頭にタオル巻いた土木系の兄ちゃんが、歯形の付いたヒレカツを箸で持ったまま、私にガンを飛ばしていた。


 普段なら、あまり近寄りたくないタイプなんだけど――


「いや、とんかつ、つったらヒレだろ。 ヒレ食える程の金ねぇのか? 可哀想だから一切れやろうか?」


 おい兄ちゃん、今なんつった?


「ミルフィーユかつの素晴らしさを知らずに生きてるなんて可哀想に。 美味しさが理解できるように、私が一切れ恵んであげようか?」





「「――ぁ゛ぁ゛ん!?」」





 その後、いつもは一番最後の楽しみに取ってある、大葉とチーズが両方挟まった真ん中の一切れを奴にくれてやり、代わりに奴の一押し(イチオシ)らしい、一番端の1つ隣が一切れ渡された。


「「くっ……悔しいけど、美味い……」」

「「――!? ふんっ!」」





 その後の彼と?






「おいおい、ハンバーグはデミグラス一択だろ!」

「はぁ!? チーズクリームが至高だっつーの!」


 意外と仲良く(?)やっているよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とんかつが好きなので読ませて頂いて美味しそうだなぁと思っていたら、恋愛要素も有りで一気に最後まで読ませて頂きました。 明日のお昼はとんかつを食べに行きたいと思います。 何というか……続きが読みたい…
某ゴム人間と某闇人間ほどの険悪なやり取りにならなくてよかったです(;'∀') いやどっちも美味しいよ(;゜Д゜)
[良い点] 口に入れた時の「サクッ」って音が、前後の文章と間の取り方がお上手で、美味しそうで美味しそうで美味しそうでした。 後味「ごちそうさま!」な、素敵なとんかつ話ありがとうございます。 [一言] …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ