6.元女王様は警戒心が弱すぎる(レン視点)
「着いた」
二人はケルティアを出るとタラス帝国に入った。レンが行きたいところがタラス帝国内だったためだ。ここはレンのもともといた国でもある。
タラス帝国の中央に位置する皇都ではなく、その北側にある川沿いを西に進んだ場所が、レンの目指す場所であった。
「こっちの方に精霊にまつわる場所があるからそこに行く」
「レンはずっと精霊にまつわる場所を巡ってるの?」
「……まぁ、そんなところ」
あまりはっきりとは言いたくないのか濁した言い方をするレンに対して、フェリシアは深追いはしないことに決めた。なんせフェリシアはわがままを言って付いてきている自覚がある。
ここに来るまでにも旅に慣れていないフェリシアのために、レンは街に寄ると必要なものを整える準備をさせてくれた。
レンもほぼ手ぶらで荷物などもっていないように見えるが、それは彼の持っているカバンのお陰らしい。少し違う空間に物を預けているらしく、フェリシアの荷物もその中にいれてくれたため、二人とも一見すると荷物は少ない。
長時間歩けるように良い靴を買ったり、動きやすさを優先した服を選ぶこともフェリシアには新鮮だった。長い髪を頭のてっぺんで結びあげると言う今までしたことのない髪型は、フェリシアの気分を上げた。
しかし、そんな格好をしたフェリシアは行く先々の街などでしょっちゅう男性に声を掛けられた。いちいち丁寧に答えるフェリシアに、イライラしたレンが彼女の前に立つ。
「この人はあんたたちみたいなナンパ野郎の相手するような人じゃないの!」
あまりに何度もそれがあり、次第にレンは視線だけでナンパしてくる男たちを撃退できるようになった。
「フェリシアさ、あんなの相手にしてたら一人旅なんて絶対無理だから。危ないよ。ってか、絶対一人旅なんてダメ」
「お茶に誘ってくるのは断ればいいんでしょ?流石に学んだわ」
「全然学べてないよ!それ以外の誘いだって当然あるよ!フェリシアは色々知らなさすぎだし、警戒心弱すぎ!」
首を傾げるフェリシアに、レンがイライラしたように頭を掻いた。
「心配すぎる!」
「レンは心配性ね」
「いや、ホント警戒して。治安悪い街だと攫われる可能性だってあるからね⁉︎」
「そうなの?」
「そうなの!ちょっとフェリシアさ、ケルティア出た途端なんか頼りないんだけど。あっちではなんかすごい立派な女王様って感じだったのに」
「失礼ね。私は別に変わってないわ」
呆れ顔をむけてくるフェリシアに、レンは同じような顔を返す。
「……、フェリシア、ホント、オレから離れたらダメだよ」
そんな注意を都度受けながら進む旅だった。
馬車や徒歩など10日以上かけて、レンの旅の最後の目的地に辿りついた。レンのアドバイスや準備のおかげか、思っていたよりもずっと苦にならないとフェリシアは感じながら、目の前の景色をみた。
「ここは?」
フェリシアの目の前には大きな滝があった。水がとめどなく上から下へ流れ続ける様子を見上げた。水の勢いが強く、近くまで来ると水飛沫がかかる。
「精霊が生まれる滝、……らしい」
「らしい?」
「本にはそう書かれてたけど、よく考えたらオレもウィードしか見えないから他の精霊がいるのかどうかもわからない」
レンの言葉にフェリシアは興味深そうに滝に近づいて行く。滝の裏側まで通れるようで、フェリシアはレンが来るのも待たずに進んでいく。
滝の裏側にくると、太陽の光が落ちる水も隙間から入ってきて、幻想的な光景を作り出していた。
「綺麗ね」
フェリシアから遅れて入ってきたレンは、彼女につられて滝を見上げた。
「ホントだ」
しばらく黙って見入っていた二人だったが、いつのまにかゆっくりと光景が変わる。
「え?」
「なんで?」
滝の側でひらひらと何かが舞っている。
様々な色の光の玉のようなものが、滝の周りをふわふわと飛ぶ様子が見える。はっきりとした形は見えないが、二人の目には確かに精霊の姿が映し出されていた。
きらきらと光るその様子は息を呑むような光景だった。
「もう二度と見れないかと思ったのに……」
「フェリシアも見えるの?力が戻った?」
「ううん。私には力は戻ってないわ。貴方の側にいる精霊が見せてくれてるんじゃない?」
「ウィードが?」
フェリシアに力が戻っていないのだから、そう考えるのがフェリシアとしては自然なのだが、レンは首を傾げる。力のある精霊であれば、人が精霊を見られるようにすることも可能だ。
「何で見せてくれるんだ?」
レンは空中を漂う精霊たちのなかの一人を目で追いながらそう言っているようだが、一つのところに止まらないせいか答えは得られていないようだった。
フェリシアにとっては以前の日常に戻ったような感覚がして、自然と笑みが溢れた。精霊はとてもおしゃべりだ。見えていたときは、精霊のおしゃべりのあれこれが聞こえるのだが、目覚めてからのこの数週間は全くその声が聞こえず、とても静かに感じていた。
思いがけず精霊をみれることになり、フェリシアはとある精霊がいないかあたりを見回してみたが、探している姿の精霊はなく肩を落とす。
「やっぱりここは、僅かだけど精霊が生まれる場所なんだって」
どうやら精霊と会話したらしいレンがフェリシアにそう伝える。
「そうなのね。じゃあ、とても貴重な場所なんだ」
そう言いつつ滝の様子を眺めていると、次第に精霊の光や声が消えて行く。おそらく精霊が貸してくれた力が消えて行っているのだろう。
次第に滝の大きな音にかき消されるように精霊の声は聞こえなくなり、その姿である光も見えなくなった。
残念に思いながらも、精霊の生まれる場所を見ることができたのは、フェリシアにとってもとても貴重な体験だった。
女王として国にいただけでは見られなかった光景だ。
「レン、ありがとう」
思わず隣にいたレンにお礼を言うと、レンがひどく戸惑った様子を見せる。
「え、な、何急に」
「起こしてくれたのがレンでよかった」
その言葉を口にすると、レンは少し目を見開いてから、俯いた。
「オレ、ずっと余計なことしたって思ってたんだけど……」
気まずそうにそう言うレンにフェリシアは笑う。
「遅かれ早かれ、眠っていただけならいつかは目覚めたんだと思うの。だから、レンみたいな良い子が起こしてくれてよかったなって思う」
「……、良い子かどうかはわかんないじゃん」
むっとした様子でそう答えるレンに、自分より背の高いレンの頭をぽんぽんと軽く叩く。
「レンは良い子だよ」
「弟扱いするなってば!」
拗ねたように怒るレンはますます弟にしか見えずフェリシアは楽しくなって笑った。
そんなときに急に心臓のあたりがキュッと掴まれたように痛くなり、フェリシアは胸を抑えた。
突然笑わなくなって苦しげな表情をするフェリシアに、レンが慌てて顔をのぞきこむ。
「フェリシア?なに、どうしたの急に?」
その痛みはさら強くなり、フェリシアは立っていることが辛くなり片膝をつく。その痛みはこれまで感じたことのないような強い痛みで、心臓の端を掴まれたような痛みだった。
「フェリシア、フェリシア!」
呼びかけまともな返事が返って来ず、レンの表情が青ざめる。
「フェリシア‼︎」