5.私も旅に出たい
「なんでオレまで客間なんか……。あ、まさかこれから裁かれる?」
「あの様子だともう不問にしてくれたんでしょう」
「なんだよかったー」
ホッとしたようすのレンにフェリシアは声を掛ける。
「ねえ、少し話をしない?色々知りたいの」
「別にいいけど」
フェリシアに用意された客間の方に二人はお茶を用意してもらうと向かい合うようにして座った。
「レンはケルティアの国の人でもないのよね?どこの人なの?」
レンは少し言いづらそうにした後、口を開いた。
「山脈の向こうの帝国」
「帝国、ってことはタラス帝国?」
「そう」
「どうしてここに?」
「……、オレは旅の途中だった。南の方の国から北へ上がって来たところ」
「旅?」
「知りたいことや、やりたいことがあって」
「そうなんだ」
フェリシアは目的のあるレンのことが羨ましくなった。今のフェリシアには目的ややりたいことがない。
「ねぇ、その旅、私も連れてってくれない?」
「は?……やだよ。なんで」
「良いでしょ。貴方が目覚めさせたんだから」
「そ、それはそうだけど」
「ちゃんと責任取るべきじゃない?わざわざ口移しまでして不味くて苦い薬を飲ませて起こしたのに?」
そのフェリシアの言葉に、レンが真っ赤になって立ち上がる。
「気づいてたの⁉︎」
「すごい苦味を感じて目を開けた瞬間目の前にあなたの顔があったらそりゃねぇ……」
あの時の口の中の苦味やえぐみは今でも鮮明に思い出せ、思わず顔を顰める。
「でも、フェリシアにはここがあるでしょ!ここがフェリシアの国でしょ⁉︎」
「ここにはもう私は必要ないわ。この土地はケルティアが上手に統治してくれてるもの。ポッと現れた古い人間がどうこう言うものじゃないわ」
その瞳の奥には少し寂しさが見て取れた気がした。
「今私、何もしたいことがなくて。でも、外に出てみたら変わるかもしれないでしょ?私もほとんどここから出たことないのよね。連れてってよ。あ、お金はあるから安心して」
にっと笑って先ほどケルティアの国王からもらった宝物庫の鍵を持ち上げる。
「でも!」
「しつこい!」
「いや、一緒に行かないといけないのオレなのに酷くない⁉︎」
「一人より二人の方がいいでしょ」
「いや、そもそも一人でもないんだけど」
「あ、精霊が一緒にいるのね。仲良くないのに一緒に旅してるの?……昔の私ならみえたんだけど」
残念そうにそう言うフェリシアに、レンは少し気まずそうな顔をする。しかし、そんなレンの表情を見て、フェリシアの方が笑う。
「貴方が気にすることじゃないわ」
「でも、ここは昔から聖地と呼ばれるような場所だろ?ここにいた方が……」
「なんの力もない私がここにいたところでどうにもならない。そんなことより、せっかく長い眠りから目覚めたんだから、楽しいことしたい。今まで自分のために使う時間なんてなかったから、自分のために楽しみたい」
「でも、オレについて来たって楽しいかわかんないよ」
「旅してるのよね?私もしてみたい。山脈の向こうも海の向こうも行ってみたい」
ふふふと外の国を想像して笑うフェリシアを見てレンが目を逸らす。
「でも残り行きたいと思ってるのは帝国の一箇所ぐらいで、それ終わったら家に帰るつもりだけど……」
「かまわないわ。レンの旅が終わったら、私は私で行動するから」
「……宿だって必ずしも泊まれるとも限らないし、それに……、その、オレも一応男なんだけど」
レンの言葉に目をぱちくりさせたフェリシアが声を上げて笑った。
「レンは、私より年下よね?さっきから思ってたのよね、なんだか弟ができたみたいって」
「弟……。フェリシアは何歳なの」
「23よ。レンは?」
「……19」
むっとして答えたレンに対して、フェリシアは予想通りの答えに微笑む。
「これも何かの縁かもしれないし、仲良くしましょう?」
「……、オレについてきたら後悔すると思うけど」
「しないわ。結局は私の意思だもの」
「……、オレ結構わがままなんたけど」
「かまわないわ」
「……、どうなってもしらないからな」
不満気なレンの答えに、フェリシアは満足気に頷く。
「いいわよ。私、大人だもの」
「オレだって成人はしてるよ!」
言い返してくるレンは余計に子供っぽく感じさせ、フェリシアはまた笑った。
本当は深刻に色んなことを考えてしまいそうなのに、笑えることはとてもありがたいことだなとレンの存在にフェリシアは感謝した。
***
結局二人は次の日にはケルティアの王城を出ることにした。フェリシアが出て行くことに国王は残念そうにしてくれたが、これでいいのだとフェリシアは思う。
ちなみにフェリシアの目覚めに気づいたのは城に上がった紫色の狼煙のおかげらしい。古くから城に狼煙が上がるのは氷が溶けた時だと伝えられていたらしい。
ケルティアの国王はフェリシアが身分を証明する手立てをくれた。ケルティアが身分を保証する証だ。小さな緑色の宝石のついた金色の羽のような形をしており、ペンダントのチャームになっていた。
「以前と違い国境を越えるのは厳しくなっています。国を出るのであれば役に立つでしょう」
確かにフェリシアは碌に自分の身を証明せる手立てがないため、これはとてもありがたいものだった。
「あ、宝物庫だけ寄って行ってもいい?」
「……、そこまで贅沢な旅するつもりないけど」
「貴方に迷惑かけるのは嫌だし、あって損はないでしょ」
そうして、古城の宝物庫から持ち出しやすいフェリシアが使っていた個人的なアクセサリーなどをいくつか持ち出した。
「じゃあ、行きましょ」
「なんか不安しかないんだけど」
「何でよ失礼ね!」