エピローグ(レン視点)
最終話です。
すっかり青の花園は花が満開の季節となり、その名の通り様々な青い花で埋め尽くされていた。
その庭園に佇みその姿から動かないようにしている皇太子妃と、その姿を真剣に見つめて自分の目の前にあるキャンバスに描き留めている皇太子の姿があった。
そんな皇太子が絵を描く様子を両脇から見つめるのは、可愛い双子の妹たちである。しかし、その視線に耐えきれなくなったのか、レンは手を下ろす。
「なんでお前たちがいるんだ」
「お兄様がお姉様のこと独り占めしてるから」
「邪魔しようかと思って」
「本心はせめてもっと包み隠せ」
ツッコミも疎かになりそうなほどの疲れを感じて、レンは立ってくれていたフェリシアに声を掛ける。
「休憩にしよう」
そんなレンの言葉に双子たちは「わーい!」と喜びフェリシアに駆け寄ってくるため、つられたようにフェリシアも笑う。
結婚式も無事に終えたレンは仕事は落ち着いてきているらしく、フェリシアの絵を描く時間もできたようでたまに時間を作ってここで描いているのだ。
「クデリ、お茶を準備できる?」
側に控えていたクデリがその言葉に頭を下げて下がっていく。
「一緒にお茶にしましょ」
フェリシアの言葉にレンが頷く。このまま双子が居座ったままでは碌に絵も描けない。
席に座った双子は有無を言わさずフェリシアの両脇に陣取り、べったりとくっついている。フェリシアの正面に座ったレンは肘をつき不満そうにその様子を見つめる。
「結婚してもフェリシアを独占できないなんて、おかしくないか?」
そんなレンの文句に双子の姫たちが冷たい声を返す。
「お兄様が結婚されたので、私たちのお義姉様でもありますもの」
「お兄様は十分独占してると思います。私たちもお義姉様と遊びたいです」
フェリシアは特に気にしていないのか、双子の姫たちに自分のお気に入りのお菓子を皿に取ってあげている。
「……、どう考えても好きのレベルに差がありすぎる」
レンは淹れてもらったお茶を一口飲むとため息をついた。
「そう思わないか?」
近くのお菓子の皿に陣取りクッキーを貪り食べている精霊に向かって声をかけたが、「うんうんそうだね」と適当な相槌で流された。
相変わらずレンに見える精霊はウィードのままだが、以前よりもこの城やレンの側に現れるようになった。
ウィードによるとフェリシアの友人である精霊フォンセもこちらに移動してきているらしい。おそらくフェリシアの側のお菓子皿からクッキーが不自然に消えていくのはそういうことだろう。
レンもつい最近まで知らなかったのだが、精霊は人間の食べ物が好物らしい。とくに甘いものには目がないとか。
そんな風にすこし物思いに耽っているといつのまにかすぐ側にフェリシアがいた。向かい側にいたはずなのにと思っていたのだが、双子はどうやらフェリシアに勧められたお菓子に夢中らしい。
「何を拗ねてるの?」
つんつんと頬を指で突かれ、見上げると笑って首を傾げるフェリシアがいる。目の前に白くて細い指があり、レンはその指を見つめた。
「どうしたらオレと同じレベルになってくれるんだろうと思って」
「同じレベル?」
「オレばっかりフェリシアのことが好きだろ」
拗ねた顔のままのレンにフェリシアがさらに指で頬をつつく。
「そんなことないわよ」
そう言って微笑むフェリシアが最近綺麗なだけじゃなく、艶やかさがでたと城内で噂になっているのをレンは知っている。
あれだけ宣言した上に、結婚までしてもそんな噂が広がるフェリシアはよほど貴族たちにとっても気になる存在なのだろう。
優しく微笑むフェリシアには余裕さえ感じられる。レンだけが心穏やかにいられない気がして、自分の小ささにため息が出る。
頬をつつくフェリシアの指を捕まえて、体ごと引き寄せる。双子が咎めるような非難の声を上げたが、そんなことを気にしていたらいつまで経ってもフェリシアとまともに話もできない。このところずっと不安続きだったレンは、不安を解消するために今日のフェリシアとの時間を作ったのだ、それなのにこんなふうに邪魔をされては堪らない。
引き寄せたフェリシアはバランスを崩してレンの体に顔を埋める形だ。すぐにフェリシアが起きあがろうとしたのを感じてそのまま抱きしめる。
「フェリシア、場所移そう」
唐突なレンの発言にフェリシアは目を瞬いているし、双子は「一緒に行くー‼︎」と声を上げている。当然それに対しては「連れて行くわけないだろ」と返し、腕の中にいたフェリシアを軽々と抱き上げる。
「せっかく作った時間を邪魔されるなんて無理」
歩き始めたレンにフェリシアは驚いて慌ててレンに抱きつく形だ。フェリシアの視界には双子が護衛騎士たちに止められている姿が見えて申し訳なくなるが、レンは足を止める気がないようだった。
***
青の花園を出た二人は、再び城内を歩き始めていた。人気のない廊下を歩き始めたところで、レンの腕の中にいるフェリシアが声を掛けてきた。
「そろそろ歩くわ」
「ダメだ。フェリシアはすぐ誰かに捕まるからな。この時間はオレとの時間のはずだっただろ」
「姫様たち以外には捕まらないと思うけれど」
「この間、ノイゼン宰相に捕まってただろ?」
フェリシアはふと思い出したように口を開いた。
「穀倉地帯のことを少し相談されただけよ」
「……、オレじゃなくてフェリシアに相談してる時点でおかしくない?」
「レンが忙しいからって前置きがあったわ」
「絶対オレに確認するよりフェリシアの方がいいと思ってる……」
「精霊がいるか確認して欲しいって言われたからそれもあると思う。今度視察に行ってくるわ」
「え、一人で?」
「ノイゼン宰相と」
「オレは⁉︎」
「特に聞いてないけど」
「そこはオレもいないと行かないって言うところだよ!」
そう訴えたが「効率が悪くないかしら?」と真面目な答えが返ってきた。わかる。わかってる。フェリシアは基本的に真面目だって。
オレだって基本は真面目だけど、フェリシアとの時間は大事だ。じゃないとフェリシアは仕事を優先する。結婚してみてわかったが、一国の主人だったこともあるせいか、国に対する自分の仕事の優先度がものすごく高い。任されたことは期待以上にやらねば気が済まないのか、フェリシアはそれぐらい動く。
新婚だからなどという理由は、全く役に立たない。立ったのはせいぜい一日だ。フェリシアが真面目に働くためレンもそうせざるを得ないのが現状でレンとしてはとても寂しい。なんなら、ちょっとフェリシアに避けられている気もしているのだ。
もしかしたらやっぱり年下じゃダメだと思われたのかもしれないし、初夜のことがダメだったのかもしれないと、考えれば考えるほど不安になっていく。
「……、フェリシア。オレ、今めちゃくちゃ寂しい」
歩いていた足を止めて、レンは抱えていたフェリシアを見下ろした。レンの言葉にフェリシアが驚いたような顔をする。
「寂しい、の?」
「うん」
レンはフェリシアを抱えたまま、廊下に並ぶ大きな窓辺の端に腰掛ける。眩しいほどの日差しが当たる場所で暖かく気持ちがいい。
「結婚したら、もっとフェリシアと一緒にいれると思ったのに、フェリシアは仕事ばっかりで全然オレといてくれないし」
自分で言ってて情けない。単純にフェリシアは仕事を頑張っているのだ。しかたないといえば仕方ないのだが、レンとしては不満に感じてしまう。
「……、そんなつもりはなかったんだけど、ごめんなさい」
フェリシアが背中に手を回してくれ、そのまま引き寄せてぎゅっと抱きしめてくれる。
「仕事をこなせたら、ここにいてもいいんだって感じて……。いらないって言われないように頑張らなきゃって」
「誰もいらないなんて思わないよ!そばにいてくれるだけで嬉しいのに!」
思わぬ発言にレンは顔を上げると、困ったような顔のフェリシアと目があった。
百年の眠りがそうさせているのだろうとなんとなくはわかる。フェリシアはいつも明るく振る舞っているがそう言う闇も抱えている。もっと自分が側で助けるべきなのに、自分のことばかりだったと反省する。
「レンがそう言ってくれるのは、もちろん嬉しいんだけど……」
全てを失ったフェリシアが求めているのは、周りを含んだ全ての存在から認められることなのだろうとなんとなく察する。
たまらずレンはフェリシアを抱きしめる。まだまだ自分は考えが甘いと痛感する。
「急がなくていいから。ゆっくりやっていこうよ。フェリシアが疲れちゃわないか心配だから」
レンの言葉にフェリシアは小さく頷いてくれたため、ほっとする。きっとフェリシアは無理をしがちだから、レンがちゃんと止めなければいけない。
「フェリシア、何か新しくしたいことないの?」
「したいこと?」
「うん。目覚めた時は何もないって言ってて、そのあとは力を取り戻したいって言ってたでしょ。今は、新しくやってみたいこととかないの?」
そんなレンの言葉に、フェリシアは考えてから口を開く。
「……、レンが貸してくれたネキア・ロナの本を読んでから、いつかネキア・ロナに行ってみたいと思ってるの」
ネキア・ロナとは帝国から東にある島国のことで、独自な文化を築いている国である。ただ、まだ国が復興してから時間があまり経っていないため、帝国とも物の行き来はしているものの、まだ人の行き来は戻っていない。
「……、オレ、頑張るから」
人の行き来を復活させるためにはネキア・ロナとの交渉が不可欠であり、対外交渉はレンに任されていた。
正直ネキア・ロナとの国交は優先順位的に非常に低くなっていたが、フェリシアにそう言われると俄然やる気が出てくる。
「あ、ごめんなさい。そんなに急かしてるわけじゃなくて、いつかだから」
「うん、それでも、フェリシアのやりたいことにオレが手を貸せるなら嬉しい」
そう答えるとフェリシアも笑ってくれる。
「私も手伝うわ」
「自分で仕事増やしてるよフェリシア。もしかしなくても、結構仕事好きだよね」
「何もしてないより、仕事してる方が安心する」
「……そこはもう少しオレとの時間にぜひ」
レンの言葉におかしそうにフェリシアが声を上げて笑った。
「えぇ、そうするわ」
そう言ってくれたフェリシアの笑みがとても綺麗で、レンは引き寄せられるように顔を近づける。レンのそれが合図かのようにフェリシアは、そっと目を閉じると、レンがフェリシアの金色の髪をひと撫でした後二人の唇が重なった。
レンはふと不安になり、フェリシアの目を見つめる。
「……、いやじゃない?」
「え?」
実はレンには不安に思っていてずっと聞けていないことがあった。
「……、初夜から、オレのこと避けてるでしょ」
次の日の朝まではそんな風には感じなかったのだが、それ以降は昼夜問わず少しフェリシアがよそよそしいのだ。確かに無理をさせた自覚があり、自分がダメだったのかもと思い反省し、本当は毎日だって触れたいフェリシアになるべく触れないように我慢していた。
そんな風にしているうちにいつの間にかフェリシアは王太子妃としての仕事をこなすようになっていき、夜に寝室に行くとすでにフェリシアは寝ていることが多くなった。夫婦の寝室には来てくれているので、嫌われたわけではないと思うのだが、不安には駆られる。
そんな話をすると、フェリシアが慌てたようにレンの顔を見上げて首を横に振る。
「違うの!」
そう言ってから少し言いづらそうに俯いてから再び顔をあげるフェリシアは言い淀む。
「違うの……。レンを避けたのは、……初夜があんなに、幸せな気持ちになるものだとは思っていなくて。……でも、レンを見るたび思い出してしまって、体も顔も熱くなるし、自分でもまともじゃないって!」
真っ赤になってそういったフェリシアにレンはぽかんとした顔を返す。
「だから、丁度仕事もたくさん与えられたから、……たくさん仕事したら落ち着くかなって……。でも、そうしてたら、レン、全然触れてくれなくなっちゃったでしょ?だから、余計に仕事頑張らなきゃって思って……」
寂しそうにそう言われて初めて我慢したのが間違いだったことに気づく。
そして同時に自分の不安が杞憂であったことに、心底安心して、盛大なため息をついた。
頭を下げて大きく溜息をついたレンに、フェリシアはまだ不安そうだ。
「レン?」
「よかった。嫌だったわけじゃないんだ」
「うん」
「むしろ、よかったってことでしょ?」
その質問には答えづらいのかフェリシアは、空間を大きく一周するようにゆっくり視線を動かしてから小さく頷いた。その様子を見て、レンは改めてフェリシアを強く抱きしめた。
触れてもいいんだと知ってしまえば、遠慮なくフェリシアの白く柔らく頬に触れ、顔を近づける。鼻先が触れるぐらいでフェリシアがゆっくりと瞳を閉じ、二人の唇が重なった。
「オレ、ホントに寂しかったんだよ」
「う、……ごめんなさい」
「フェリシア、ホントにオレのこと好き?」
「もちろん、好きよ」
「仕事より、好き?」
「……、好きよ」
「怪しい」
若干言い淀んだフェリシアにレンが疑いの目を向ける。
「怪しくないわよ!だって、比べるものじゃないでしょ!」
しばらくフェリシアをじっと見ていたレンが、ふと思いついたような顔をする。
「ねぇ、フェリシア」
「何?」
「フェリシアからしてほしいな」
そう言ってレンが自分の人差し指で自分の唇に触れる。指が触れたその赤い唇に、フェリシアはぼんやりと視線を引き寄せられる。
しかし、レンの言葉にハッとする。
「な、何言って……!」
「フェリシア、やっぱりオレのことそんなに好きじゃない?」
「そうじゃないけど!」
「けど?」
残念ながらレンは知っている。
フェリシアは押しにとても弱い。
そのままじっと少し寂しげにレンが見つめていると、フェリシアがあちこち視線を彷徨わせ、長い時間悩みに悩んだ挙句、恐る恐るレンの胸元に両手を置く。
「……、目、閉じて」
フェリシアの消え去りそうなほどか細い声は、シンと静まり返った廊下では十分に聞こえた。その言葉に従い、レンは瞼を閉じる。すぐそばではフェリシアが深呼吸を繰り返している様子が聞こえてきて、心の中で微笑ましく思う。
その後意を決したらしいフェリシアは、少しレンについた手に体重を乗せて自分よりも高い位置にあるレンの唇に、そっと触れるだけのキスをした。
終わったフェリシアは抱き抱えられているため逃れられないものの、パッとレンから身をできるだけ離そうとしたのがわかり、レンは慌てて目を開けた。
めちゃくちゃ可愛かったけど、さすがに足りない。
レンはすかさずフェリシアを抱き寄せ、自ら赤く潤んだフェリシアの唇に自分のそれを重ねる。短く触れるだけのキスだったが、何度も繰り返すうちに次第に触れる長さが長くなる。そして、レンの手が髪から肩に滑り落ちていき、フェリシアの白い首筋の素肌に触れる。
「レン……」
その手を止めるようにフェリシアが触れる。いくら人気のないとはいえ、ここは誰でも通ることが出来る城の廊下の一角だ。ダメだと伝えるようなその手をレンはゆっくりと掴む。
「部屋に行こう?」
甘えるように顔が近づいたまま言うレンに、フェリシアは困った顔を見せる。レンが求めていることが何かわかりフェリシアの頬が赤くなる。
「でも、……まだ昼間よ?」
「そんなこと何か関係ある?」
「……よくないわ」
「気にしない」
「まだ仕事してる人もたくさんいるのに」
「そもそも今の時間は二人でいる時間だった。あいつらに邪魔されたけど」
まだそれについては根に持っているらしいレンにフェリシアが困った顔をする。
「ねぇ、いいよね?」
さらにフェリシアの首元に顔を近づけて首筋に頬を寄せる。レンの短い藍色の髪が触れフェリシアはこそばゆさに身じろぐ。
フェリシアの白い首筋にレンの唇が触れ、フェリシアは驚いてびくりと軽くて肩が跳ねる。
「ここではダメって……!誰かに見られたら……!」
「だから、寝室行こうよ」
猫撫で声で甘えるレンはもう一歩も引く気がないのか、フェリシアが逃れようとしてみても一向に体が離れない。
フェリシアがうんと言わないためか、レンの手が動き始める。優しく腰を抱いていた手はゆっくりと彼女の背中を撫でて行き、足を抱えていた手がドレスの上から足の太腿軽く撫でていくため、フェリシアはまたびくりと体が跳ねる。
フェリシアの顔がさらに赤くなっていき、そんなフェリシアの様子にレンが目を細めて笑う。
「いい?」
俯いたフェリシアが諦めたようにこくりと首を縦に振ったため、レンはそうそうに立ち上がり先ほどよりずっと早い足取りで歩き始めた。フェリシアの気が変わる前に早く部屋に行かねばというレンの気持ちが現れた形だ。
次の日の城内は王太子夫妻の噂で持ちきりだった。
スキップでもしそうなほどご機嫌な様子の王太子が王太子妃を抱えて昼間から寝室に消えたことは、あっという間に城中を駆け巡った。周囲はそれを微笑ましく捉えていたようだが、真面目なフェリシアはとても気まずく思ったようでまたしばらくレンを避けることになったとか。
終
◾️おまけ◾️
「ねぇ、僕にも絵を描いてよ」
フェリシアの絵の続きを自室で描いていたところ、突然ウィードが頭の上でそう言った。
「え?ウィードを描けばいいの?」
「なんで僕なんだよ」
「え、じゃあ誰を」
「お前に決まってるだろ!」
「え、オレ?なんで?」
理解できずにいるレンに、ウィードは怒ったようにどこかに行ってしまったが、ふとあの部屋の肖像画の二人を思い出す。
「……、え?もしかして、オレのこともあの人たちみたいに飾ってくれるの?」
おしまい
最後までお読みいただきありがとうございました!
初めて(?)明らかな年下らしい(?)ヒーローを書いたので不慣れなところも多かったですが個人的にはとても楽しかったです!
最後の方はちょっとレンが調子に乗りましたね。
そのつけはまた返ってくるでしょうが、頑張ったので許してあげてください!
あまり事件などが起きないわりに思ったより長くなりました
が楽しかったのでよしとしたいと思います!
お付き合いいただきありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。




