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39.隠しておきたかったこと

 フェリシアは逃げて行ったレンを追いかけて、彼の自室まで来た。何度もノックをすると、レンは諦めたように扉を開けてくれた。


 どうやらフェリシアとはまともに目も合わせられないらしく、レンは窓の外を眺めている。


「オレ、墓場まで持って行くつもりだったのに……」

「そこまで?」

 どれだけ気にしていたのかという言葉にフェリシアがそう返すと、レンは少し泣きそうな表情で振り返る。


「だって、明らかに重いだろ⁉︎嫌じゃない⁉︎怖くない⁉︎……、だから絶対知られたくなかった」

「でも、最初会った時全然そんな雰囲気じゃなかったじゃない」

 思い返してみても、レンの態度はとても一目惚れしていますという態度とは程遠いものだった。ついて行こうとしたフェリシアのことも、最初の反応はとても嫌そうだった覚えがある。


「それは懸命に隠してたの。フェリシアが目覚めてオレがどれだけテンパってたか……。憧れの人が目の前で動いて喋ってるのに……」

「私がついていこうとしたときも嫌そうだったじゃない」

「嫌じゃなかったけど、二人で旅するなんて想像もしてなかったから、正直困ったんだ。フェリシアが目覚めたあとどうするか細かいことまでは考えてなかったから……」

 レンは目を伏せたまま話を続ける。

「それに、オレすごく後悔したんだ。フェリシアの涙を見て。どんなことでも背負うつもりではいたけど、オレとんでもない考えなしでフェリシアを目覚めさせてしまったって……」


 そんな風に話すレンの背中にそっと触れる。

「大丈夫。私、前も言ったけど、目覚めさせてくれたのがレンでよかったと思ってるわ」

「本当に?……、事実を知っても今から婚約解消されたりしない?」

「しない」

「なら、よかった……。本気で死にたくなった」

 ようやくホッとしたらしいレンは、ソファに腰掛けるとフェリシアにも勧めてきた。勧められるままに座りながら、ふと思い出したことを口にする。


「だから、あの時都合よく気付け薬なんて持ってたのね」

 あの激まず薬は今でも思い出せる味だ。どうしたらあんな味になるのか聞いてみたい。

「あれもウィードの助言で、薬が必要だって知って、先にケルティアの南の国に先にわざわざ寄ってるんだ。……フェリシアに会うことが、オレの旅の目的だったから」

「ウィードはなんでも知ってるのね」

「うん。まぁ、でも、相変わらずオレがウィードを見ることができる理由はわかんないけど」


 もう一つのことを思い出して、フェリシアはこっちについても聞いてみた。

「……ねぇ、レンの部屋に私の大きな絵があるって聞いたんだけど」

 笑顔になったはずのレンの表情が再び固まった。

「……、なんで知ってるの」

「姫様たちが」

「あいつら!」

 立ち上がって今にも先ほどの庭園に戻らんばかりの勢いのレンの手をフェリシアがひく。


「見てみたい」

 フェリシアにそう言われるとレンが目を逸らす。

「ただ本の真似して描いただけだから」

「え!自分で描いたの⁉︎」

「それは言ってないの⁉︎なんなんだあいつら!中途半端な!」

 レンは頭を抱え、二人の姫のにまにました笑顔が見える気がした。

「なし!今のなし!」

「え、やだ、みたい」

 そう言ったフェリシアに、レンはじとっとした視線を送る。


「……、じゃあ、その代わりフェリシア、モデルになってよ。絵、描かせて」

「え?もう描いたんでしょ?」

「あれはオレの想像だもん。目の前にいるフェリシアには敵わないよ」

 はっきりとそう言うレンにフェリシアはドキドキしてしまう。いつのまにこんなことを言うようになったのか。

「フェリシアがモデルになってくれるなら、絵を見せるよ」

 少し悩んだが、興味の方が強くフェリシアは頷いた。

「似てなくても笑わないでよ」

 そういうとレンは、フェリシアを案内してくれた。


 レンの自室はフェリシアが使っていた部屋によく似た構造だったが、寝室の奥にもう1つ部屋があったらしく、レンはそこへ向かう。珍しくてキョロキョロと見渡しながら入ると、レンに「あんまり見ないで」と言われてしまう。


 その部屋は、本当にレンの個人的な空間のようで、小さな四角いテーブルと椅子、それと別にイーゼルが置かれており、それは上から白い布が掛けられていた。部屋の窓は小さく、カーテンが掛けられているため、昼でも薄暗い。テーブルには紙束と本が積まれており、先ほどまでいた部屋よりずっとごちゃごちゃとした印象だ。


「ごめん、めっちゃ汚い」

 そう言いながら、フェリシアを中に入れてくれる。どうやら双子の姫たちが言っていたのは、このイーゼルに立てかけられた絵のようで、レンが白い布を握りしめる。


「……、笑わないでほしいんだけど」

「笑うような絵なの?」

「……、いや、どちらかというとオレの全力の妄想だから」

 目を逸らして遠くを見つめるレンに、フェリシアはどう捉えていいかわからずとりあえず頷いた。


 レンは一度大きくため息をつくと、ゆっくりとその掛けられた白い布を外した。

 現れたのはキャンバスいっぱいの色とりどりの花畑と笑顔でこちらを向くフェリシアだった。それはレンが本を真似ただけというには、あまりにもフェリシアによく似ていた。髪の色も、瞳の色も、フェリシアにそっくりだった。

 会う前にこれを描いていたということに、フェリシアは何となく顔が熱くなるのを感じた。


「……、レン、絵が上手いのね」

 なんと言っていいかわからずフェリシアはそんな感想しか口にできない。

「教養の1つだよ」

 そんなレベルではないと思うが、レンはなんてことはないように言う。そして自ら描いた絵をしげしげと眺めて首を捻る。

「やっぱり今見るとちょっと違う気がする」

「そう?」

「本物の方が綺麗だ」


 目を細めてそう言ってくるレンに、フェリシアは一気に顔が赤くなる。そんなフェリシアの様子を知ってか知らずか、レンはフェリシアに近づき彼女に手を伸ばすと、流れる金色の髪を撫でて、一房掴む。

「髪の色も少し違う」

 そう言ってその手は今度はフェリシアの頬に触れる。

「肌の白さも」

 その手は瞼をなぞる。こそばゆくてみじろぎするとレンが笑う。

「その紫の瞳も、思ってたより薄い色だった」

 手は下に降りていき、フェリシアの唇をレンの人差し指が撫でる。

「唇は、もう少し赤みがかってて、……柔らかい」

 レンの唇を思わず見てしまい、口移しされた記憶を思い出してしまい、フェリシアはさらに顔が熱くなるのを感じた。

「絵に関係ないでしょ」

「あるよ。やっぱり実物を見て、触れないとわからないことがいっぱいある」

 いつの間にか、フェリシアの細い首にレンの手が降りてくる。そのまま手がどんどんと降りていくのを見ていられず、フェリシアは慌ててその手を掴んだ。


「どこ触るの!」

「バレたか。久しぶりに会ったら触れたくて仕方ないんだけど、ノイゼン宰相に絶対婚姻前に手を出すなって釘刺されてるんだよね」

「……それは普通でしょ」

呆れてツッコミを入れるとレンが楽しそうに笑う。


「ノイゼン宰相ってさ、なんだかんだフェリシアのこと気に入ってるんだよ。皇太子妃教育も楽勝なんでしょ?あの人優秀な人が好きなんだ。だからすっかりフェリシアの虜だよ」

「そうなの?どちらかと言うとあまり好かれてなさそうなんだけど……」

 屋敷で会う時も冷たい視線な気がするのだが、気のせいなのだろうか。

「なんならオレにはもったいないとかこの間言い出したからね。流石に約束が違うって言い返したけどさ」

 そんなことを話しているとは知らず、不思議な気分だ。

「フェリシアのご両親に申し訳が立たないから、ちゃんとしろって」


 まさかそこで両親の話が出るとは思わず、フェリシアは心がきゅっと締め付けられる気がした。母親はフェリシアが小さい頃に亡くなっており、父親もフェリシアが成人する頃には亡くなった。

 子供はフェリシア一人だったため、フェリシアは幼い頃から王位を継ぐことが前提だった。だから、フェリシアは早くからしっかりしなければと、王座に着くのだから一人前にならなければと考えていた。


 懐かしい両親のことを思い出し、フェリシアは目頭が熱くなる。任されたのに、守れなかった国を思うと辛くなる。


 そんなフェリシアの様子に気づいたのか、レンは優しくフェリシアを抱きしめた。


「フェリシアはオレに会うために百年眠ってたんだと思ってる」

 唐突なレンの言葉に目をパチクリさせる。

「……都合よく考えすぎじゃない?」

 思わず笑ってしまったが、レンは気にしないようだ。

「意外と都合よくできてるんじゃないかなって。フェリシアをこうやって抱きしめられてる。それだって、オレにはとても都合がいいことだよ。……ただ一個後悔してることはある」

「何?」

 レンが後悔していることが何か気になって先を促す。


「後4年待っておけば、同じ歳だったのに……」

「年下なの気にしてるのね」

「フェリシアは気にしてないの?」

「……少し気にしてる」

 思わず少し目を逸らす。気にしてないかと言われたらうそになる。ゼロではない。レンは好きだと言ってくれるが、フェリシアは4つも年上である。年齢差は気にはなる。


「でも、当時のオレが4年も待てるとはとても思えない。会いたくて仕方なかった。なんであんなに惹かれたかわかんないけど、……でも直感を信じて良かった。だから、フェリシアはオレと会うために眠ってたんだと思ってる」

 破茶滅茶な理論だとは思ったが、フェリシアもそれを信じてみたくなる。レンの笑顔につられて、フェリシアも笑った。


「フェリシア、大好きだ」

 ぎゅっと強く抱きしめられて、フェリシアもレンの背中に手を伸ばす。

「私も」

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