38.発覚した事実
皇太子妃教育自体は、フェリシアにとっては大した物ではなかった。帝国との作法の違いはあれど、一国の主人になるべく教育されていたフェリシアにはなんということもない。
ただ、どちらかというとすぐにレンに会えないと言う寂しさの方が強く感じた。ノイゼン家の屋敷から皇城まではさほど距離はないが、これまでレンの自室は隣であったため、急激な距離を感じる。
当然ながら勝手に出向くわけにもいかないため、フェリシアはほとんどの時間をノイゼン家で過ごしている。
ここに来てからレンには一度も会っていない。
レンの妹たちである双子の姫は何度かノイゼン家に来てくれ、フェリシアとお茶をしたりしているのだが、レンは来ていないのだ。
……、実は新しい婚約者ができてたりして。
慌てて首を横に振るが、ついついため息が出てしまう。
「……、私こんなに寂しがりだっけ?」
自分に呆れてしまう。ただ、気持ちを認めてしまったせいで、レンのことが気になって仕方ないのだとは思う。そう自分で分析をしている。
そんな時に扉がノックされる。返事をすると、顔を出したのはマラディア卿だった。
「姉上、暇してます?」
にこにこしながら入ってきたマラディア卿は、最近は慣れたようにフェリシアを姉上と呼ぶようになった。
「しています」
正直に答えると、マラディア卿は楽しそうに笑う。
「そう来なくっちゃ。じゃあ、ちょっと面白いものでも見に城へ行きましょうか」
にっと笑ったマラディア卿に、ノイゼン宰相の血を感じる。おそらく何か企んでいるに違いない。
「何をする気?」
「姉上も知りたいと思ってたことですよ」
そう言ってマラディア卿が笑うので、フェリシアは訝しみつつも従うことにした。
彼が向かったのは本当に皇城だった。まだあれから数週間しか経ってないはずなのに、懐かしく感じる。ちなみにクデリは、ノイゼン宰相の計らいで一時的にノイゼン家の侍女として働いてくれている。見知った顔があるのはありがたい。
マラディア卿について歩いていくと皇城の中でも、入るのに許可が必要な庭園にたどり着いた。
数回だけフェリシアも入ったが、以前より時期がいいのか花が綺麗に咲いている。
そのまま中に入っていくかと思いきや、マラディア卿はフェリシアに音を立てないようにと指示してくる。
「ちょっと隠れましょう」
そう言ってバラの生垣の裏側に隠れるマラディアに、フェリシアは首を傾げるもののついていくしかなく、少し腰を屈めながら進んでいく。
すると、マラディアが止まった先で、聞き慣れた声が聞こえてきた。
***
「……、お前たち。オレよりフェリシアと会ってるってどういうことだ」
「お兄様忙しいから」
「お義姉様がつまらなくなったら困るでしょう」
「代わりにお義姉様のお相手してたのよ」
「お義姉様……」
それはつまりレンとフェリシアが結婚した場合を意味する。とてもいい響きに聞こえて、レンは頷く。
「お兄様、お義姉様ってあの絵の方でしょう?」
「旅に出る前にお兄様の部屋にあった絵」
レンはその言葉に慌てて反応する。
「お前たち、やっぱりオレの部屋に勝手に入ったな⁉︎」
「だって全然遊んでくれないんだもん」
「お兄様はお義姉様とどうやって知り合ったの?」
「絵、そっくりだった。でもお姉様は最初の頃あんまりお兄様のこと知らないみたいだった」
「お前たち、フェリシアにそのこと言って、ないよな⁉︎」
レンは青ざめた顔で二人に詰め寄るが、二人は目をあわせて首を傾げる。
「絵のこと?」
「どうだっけ?お義姉様のことみたことあるとは言ったかな」
「やめてくれ、オレがフェリシアに嫌われたらどうしてくれるんだよ……」
「言ったら嫌われるの?」
「お兄様とお義姉様、結婚しないの?」
二人に挟まれてレンは頭を抱えて嘆く。
「……歴史の本読んでて、挿絵に一目惚れして、寝てるだけだってウィードに教えられたから山脈の向こうまで助けに行くオレって、気持ち悪くない⁉︎」
自分で言って悲しくなる。フェリシアを目覚めさせたのは偶然なんかではない。レンは意図して最初から目的があり、山脈の向こうに行っているのだ。
フェリシアには、まるで偶然かのように話をしているが、偶然ではない。レンは最初からフェリシアを助けるために行っているのだ。
あれは精霊にゆかりのある場所を巡る旅ではなく、フェリシアを助けるための旅だ。最後に滝に寄ったのはそれを誤魔化す意味も含まれている。
今となっては寄っておいてよかったのだが。
「オレは知られたくないの!オレが嫌われないようにお前たちも言うなよ!って……、え?」
ひょっこりとバラの生垣の後ろから顔を出したのは今一番見たくない顔だった。
「ご、ごめんなさい。聞こえちゃった……」
「フェリ、シア……。なんで」
すこし気まずそうな顔で出て来たフェリシアを見て、思わず言葉に詰まった上、全部聞かれてたことに、レンは一気に顔が真っ赤になる。
「えっと、……最初から助ける目的で、来てくれたのね?」
確認するように聞いてくるフェリシアの顔も少し赤い。なんせレンは「一目惚れだ」。フェリシアに今までそんなこと一言も言ったことはない。
「オ、オレ、用事を思い出したから‼︎」
典型的な逃げ言葉を置いて、レンはその場を走り去る他なかった。
残された双子は首を傾げ、フェリシアは顔を赤くして頬を抑えている。
「お義姉様、安心して」
「お兄様は、本物のお義姉様に会う前から大好きよ」
「お兄様のお部屋にね、お義姉様のことが載った本がたくさんあるのよ。お義姉様の戴冠式の絵が載ってるのが特にお気に入りなの。あとお義姉様の大きい絵があるわ」
「今は隠されてると思うけど。本の絵に一目惚れよ。本の挿絵でお兄様を陥せるって、お義姉様の魅力凄すぎるわ」
双子たちに事実を告げられて、フェリシアはどうしていいかわからないほど真っ赤になる。レンは気持ちを伝えてくれてはいたが、そんな前から想ってくれていたとは思いもしなかった。
「お兄様のこと嫌いになっちゃう?」
「お兄様と結婚しないの?」
心配そうな双子に、フェリシアはまだ赤いままの顔で首を横に振る。
「私も、レンのこと好きだから大丈夫よ」
まだレンにすらまだ数えるほどしか伝えていない気持ちを双子たちに告げると、双子たちは楽しそうに笑う。
「よかった!」
「お兄様の愛は重すぎると思うけど、許してあげてね」
重さについては想定外だ。
ちらりと、横で隠れたままのマラディア卿をみると「どうぞ」とレンが走り去った方を手を向けられたちめ、フェリシアはお礼を言って追いかけた。
マラディアはフェリシアの姿が見えなくなったところで立ち上がる。
「お姫様方は、私とお茶の続きでも致しましょうか」
「お姉様がよかったなー」
「でもマラディア卿で我慢してあげる」
「バッチリだったでしょー」
「完璧です」
満足そうに頷いたマラディアに、双子の姉妹も満更でもなさそうに微笑んだ。そしてふと視線を少し離れたところへ向ける。
「よかったら、そこで傷心している騎士殿もご一緒にどうですか?」




