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34.聖なる森

 その後何度か帝国内で宿に泊まり、いよいよケルティアの国境まで来た。

 タラス帝国とケルティアの国境を渡る時には、検問があり本来な身分証の提示などが必要となるが、事前に連絡をしていたこともあり、帝国の紋章の入った馬車は止められることなく進んでいく。


 次第に窓の外には、フェリシアにとっての懐かしい景色が流れ始める。

 見慣れたものと、あまり見慣れない新しい建物。その並びに長い月日の流れを感じる。そろそろ受け入れなければいけないという気持ちがあり、フェリシアはその町の様子をじっと見つめた。


「無理に見なくてもいいと思うけど」

 レンが心配そうにそう言ったのは、おそらくフェリシアの表情が固かったからだろう。自分でもとても笑顔でいられない感情の波が動いているのわかる。

「ううん、……もう受け入れなきゃ、先に進めない気がして」

 じっと外を見続けるフェリシアを、レンはもう止めることはなかった。



 国境からしばらく走るとかつての居城が現れる。今はもう誰も住んでいない城は、緑の蔦で覆われており、フェリシアの心を再び抉る。


 ケルティアを離れたの正解だった気がする。


 どうしても胸が締め付けられるのは避けられない。この城を見てしまうと、避けられなかった過去の出来事と取り返せない時間を感じざるを得ない。


 二人を乗せた馬車は、城の裏手にある森の前で止まった。レンが先に降りると、フェリシアに手を伸ばして、降りるのを手伝ってくれる。


 この手に触れられるのも後、どれぐらいかしら。

 そんな風に思いながら、フェリシアはレンの手を取った。



 森は静かだった。

 フェリシアが精霊を見ることができたときは、この森に足を踏み込むことあった。時代によって名を変える森は、今は聖域と呼ばれているらしい。人が足を踏み込むことを許さないその場所は、今も変わらないようだった。

 精霊の姿が見えている時は森に入ることも恐ろしいと感じなかったが、今のフェリシアにはなんとなく怖い場所のように感じて、森の前で足が止まってしまう。この場所は、何も知らない者が足を踏み込めば、精霊の悪戯に合い、帰ってくることができないとも言われている。


「大丈夫、行こう」

 レンがフェリシアの手を取り、森へ入ることを促す。

「……、レンもウィードしか見えてないんでしょう?怖くないの?」

「森に踏み込んだら、精霊に惑わされて帰って来られないってやつ?」

 どうやらレンも知っているらしく、レンの言葉にフェリシアは頷いた。

「……、オレが怖いのは、フェリシアがまた眠りについちゃうことだよ」

「え?」

 聞き返したフェリシアに対して、レンは答えることなく前を見て歩き出す。フェリシアの手を握る手は強く握りしめられたままだ。


 あぁ、もう、ダメかも……。


 前を歩くレンの後ろ姿を見て、フェリシアはそんなふうに思った。気持ちの傾きはもう、取り戻すことができないほど角度がついてしまっている。今にも倒れそうなそれは、なんとか最後倒れずに留まっている。


「レン、どこに向かうの?」

「ウィードの部屋で見た、手記の場所にいく」


 精霊姫の手記には、「森の主人は、森の中心部の石柱の中にいる」という記述があった。

「森の面積が昔より狭くなってるから、精霊姫の手記には中心部ってあるけど、その場所は今は森の中心とはいえないみたい。場所はウィードがわかるみたいだから、行こう」

 フェリシアの手を引き迷いなく進んでいくレンは、とても頼り甲斐のある男性になっていた。あんなに最初は弟のように子供っぽいと思っていたのに、今はそんな風には思えない。


 森の中はフェリシアの記憶と違い、とても静かに感じた。空は晴れているのに、深い緑で空の青さは感じない。深く濃い緑がこの空間を占めている。

 しばらく歩き続けると、少し木々がない拓けた場所に辿り着く。その真ん中に、細長い石柱があった。


「これが……?」

「手記に書かれてた石柱だと思う」

 レンでも見上げるような高さがある石柱だった。

 フェリシアは森に来たことはあったがこの石柱を見たのは初めてだった。ここに本当に森の主人がいるのだろうか?

「……、石柱の中ってどういう意味なのかしら」

「とても人が入れるサイズじゃないけどね。ウィード、どうする?」

 少し上を見上げたレンが何もない空間に話しかける。ウィードから答えがあったのか、胸ポケットから小瓶を取り出した。


 その様子を見ていて、フェリシアはふと気づいた。フェリシアが痛みを感じた時にレンは薬を飲ませてくれていたと言うことは……。

「……立太子の儀に痛みを感じた時、私途中から記憶ないけど」

「ん?」

「……もしかして、あの場で、……」


 口移しで薬飲ませたの⁉︎


 最後まで口にすることもできずフェリシアは真っ赤になった。

 確かに立太子の儀のあとのクデリが「抱き抱えられたこともそうですが……。私はその前のことの方がときめきましたが」と少し顔を赤らめて言っていたのだ。一体なんのことだとは思ったが、深く追求しなかったのだが、今になって気がついた。


 目があったレンは目を細めて微笑む。

「救命行為だよ」

「たくさん人いたわよね⁉︎」

「まぁ、いたね」

「薬飲ませてるとは思わない人だっているんじゃないの⁉︎」

「いるかもね」


 なんでそんな平然と頷いてるのよ‼︎


「大丈夫。皇太子は婚約者にご執心って噂になっただけだし」

「全然大丈夫じゃないじゃない!」

「そんなことより、手、出して」

 急に手のひらを要求されてフェリシアは慌てて右手を差し出した。

「この薬乗せるよ」

 フェリシアの手に虹色に煌めく液体が乗せられた。どうしていいか分からずいると、レンも手のひらに同じように薬を乗せていた。


「滝の主人と、森の主人は知り合いらしい。ウィードによると」

「そうなの?」

「うん。だから、この薬に反応するだろうって。この薬は滝の主人が作ったものだから」


 レンは残り少ない小瓶を元のポケットにしまう。レンは両手を合わせて手のひらに薬を広げると、石柱に触れる。フェリシアもレンを真似て、石柱に触れた。


「……、何も起きないわね」

「おい、ウィード。本当にこれでいいのか?」

 レンは上を飛んでいるらしいウィードに視線を送っている。


 フェリシアは両手で石柱に触れながらその場所を眺めていた。すると、緩やかに指が沈んでいく。

「え?」

 そう驚いているうちに手が石柱に吸い込まれるように入っていく。先まで固い石に触れていたはずなのに、その感覚はもうない。手どころか腕が中に入り込んでいくが、手を抜こうとしてもびくともせず抜くことができない。


「レン!」

 声を上げた時にはフェリシアの体は半分以上石柱に取り込まれ、その後も止まることなく体は石柱に飲み込まれていく。


 ウィードと話をしていたレンが振り向いた時には、フェリシアの姿は無くなっていた。

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