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33.馬車の中で

 二人はレンの立てた予定通り、皇城を出立した。

 今回は馬車での移動で、そもそも護衛もいる移動なのだからとフェリシアはなんの心配もしていなかったのだが、馬車の中はレンと二人きりの空間だった。


 どうしよう……。


 馬車の中はしんと静まり返っていた。皇城からケルティアへの道のりは、旧帝国時代の交通網の整備により非常に移動しやすく、馬車も快適に進んでいく。ただ馬の蹄の音と車輪と道の摩擦音が聞こえるだけだ。

 

 何か話した方がいいのかと迷いながら、フェリシアは窓の外を眺めていた。ただ、ずっとレンからの視線を感じている。しかし、視線だけを向けられているだけで、特にレンが何かを言ってくるわけでもなく、逆に気まずい。

 フェリシアは痺れを切らして、レンの方を見た。視線が合うとレンが嬉しそうに笑う。


「ようやくこっち見てくれた」

 そう言って笑うレンは最初の頃に感じていた少年らしさがあってホッとする。しかし立太子の儀を境にやはりレンの様子が変わった気がしてならない。

 向かい合うように座っているレンは、フェリシアから視線を外さない。一度目を合わせてしまったことを後悔する。


「……、なんでそんなに見てくるの」

「なんでって、……そこにフェリシアがいるから」

「意味がわからないわよ」

「見ること以外も許されるなら、もちろんしたいけど」

 言っていることの意味がわからずフェリシアが瞬きを繰り返す。向けてくる視線に違う色が宿った気がして、フェリシアはびくりと身構えてしまう。少年らしいレンの姿は身を潜め、獲物を捉えるかのような瞳に、フェリシアは固まってしまう。


「そんな風に動けなくなったら、簡単に食べられちゃうよ?」

「な、何言って……」

「紳士に見えるやつだって、頭の中は何考えてるかわからないよ」

「……、それは誰を指してるの」

「別に誰ってことはないよ」


 先日双子の姫たちと昼食を共にした時の会話から、紳士という言葉でカイゼント卿を連想してしまう。レンがその会話を知っているはずがないのに、なんとなくそう告げられている気がしてならない。

 話を変えたくて、フェリシアは自分か別の話題を振った。


「ウィードも、きてくれてるの?」

「馬車の中にはいないけど、多分外を飛びながら着いて来てるはずだよ」

 少し窓の外に視線を送ったので、もしかしたら馬車の窓の外にはウィードがいるのかもしれない。フェリシアの目には何も映らないが。

 

「でも、森の主人にはどうやったら会えるのか、わからないままだわ」

「それについては、案がある」

「え?」

「オレじゃなくて、ウィードが教えてくれたんだけど」

 レンは左胸のポケットから小さな小瓶を取り出した。そこには何か液体が入っているが、不思議な虹色の輝きがある。

「それは、何?」

 レンが掲げる小瓶に興味を惹かれ、フェリシアは身を乗り出す。見たことのないもので、それが普通の液体にはとても見えなかった。


「これは滝の主人がくれた薬なんだ」

「滝の主人が?」

 フェリシアが帝国北部の精霊の生まれる場所と言われる滝に住まう力の持ち主のことだ。フェリシアは合うことができていないが、レンはその滝の主人に会っているという。

「フェリシアがまた痛みを感じた時に飲ませるように言われた。ただ、精霊の力を注がないとこの状態を保てないらしくて、ウィードに注いでもらうためにもオレがずっと持ってた。どうもこれが鍵になりそうみたいだ」


 虹色の煌めきを見ていると頭がぼんやりとし、心臓近くが再びチリリと痛みを感じた気がしてフェリシアはぎゅっと目を閉じた。

 気のせいかと思いゆっくり瞼を上げると視界がぼやけて上手く見えない。そして再び心臓を鷲掴みされるような痛みがきて、フェリシアは苦しさに胸を押さえた。


「フェリシア!」

 前屈みになって痛みで倒れそうになるフェリシアをレンは慌てて抱き止める。

「……前回の痛みからまだ数日なのに。間隔が短い」

 片手で小瓶を開けると迷わず虹色の液体を自分の口に含んだ。レンは苦しみ始めたフェリシアの顔を上に向けさせる。


「な、に……?」

 まだ意識のあるフェリシアがレンの行動を疑問に思いながら顔を上げると、レンの顔がすぐそばまで迫ってきて、鼻先が触れたように感じた後そのまま唇が重なった。驚いてレンを押し返そうとするが、いつの間にか腰から引き寄せられており、離れることも叶わない。

 しかも、フェリシアの口を無理やりこじ開ける何かを感じて、どうしたらいいかわからなくなる。同時に何かが流れ込んできて、フェリシアはそのまま受け入れるしかなかった。


 こくりと喉がなると同時に、心臓の痛みが和らいでいく。

 痛みは徐々に引いていくが、フェリシアの中の羞恥心が一気に押し寄せて来て、一気に顔が真っ赤になる。


「な、……何を!」

 レンはフェリシアの唇に少し指で触れるとようやく気がついたように笑った。

「今ぐらい意識があったら、別にフェリシアが普通に小瓶から飲めたかも」

 なんと言い返すべきなのかわからずフェリシアはパクパクと口を開くも言葉が出ない。

「この薬痛みが出てからできるだけ早く飲ませないと命に関わるって言われてて。ちょっと慌てちゃった」

 そう言って笑うレンは、とてもそんな表情をしていなかった。むしろ非常に冷静な顔をしているなと痛みを感じながら思っていた。


「嘘ばっかり!」

 たまらずまだフェリシアに触れたままのレンの手を振り払い、そう言い返す。

 レンは意外と簡単に離れてくれたが、この狭い馬車の中では離れていくこともできない。

「嘘じゃないよ。オレ、フェリシアが痛みに苦しむ顔を見るたび、自分も苦しいもん。……もう、フェリシアが苦しむ顔は見たくない。……だから、早く森の主人に合わないと」

 そう言ったレンの表情はあまりにも真剣で、フェリシアはこれ以上何も言い返すことはできなかった。


 こんな風に簡単に触れないで欲しい……。まるで、レンが私のことを……。


 結局フェリシアの故郷へ着くまでは、再び馬の蹄の音と車輪の回転する音だけが響いた。

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