20.強くありたい
本棚にはいくつか本が並べられていた。背表紙に題名が書いてあるものが並んでいるうち、一つだけ題名が書いていないものがあり、フェリシアはその本を取り出した。
ペラペラとめくっていると、普通の本とは違うことに気づく。
「……これって、手書きのものなのね」
丁寧に書かれたものだが、インクの滲みや出癖のある文字は他の本とは違う。
「姫様が書いたものだって」
「え?」
フェリシアは思わず本から顔を上げる。レンは部屋の空間を指差すが、フェリシアには見えない。きっとウィードが教えてくれたのだろう。
フェリシアは最初のページに戻り、手にした本を読み始めた。
本には最初にこのように記載されていた。
ここには、私が精霊や大陸について知ったことを記します。何かの参考になれば幸いです。
最初は祖国の森について記載されていた。始まりの森と記述されており、そこは精霊姫にとって大切な場所のようだった。
そこには、森の主人がおり、森の主人が精霊を生み出す存在だと書かれていた。
「森の、主人……」
「何それ。もしかして、滝の主人の仲間?」
レンはこの本を読んだことがないらしく、首を傾げている。
大昔からいる存在で、この大陸の精霊を生み出していたのはその森の主人だと言う。
「精霊を生み出す存在って」
「やっぱり滝の主人と同じなんだ?」
「でも、力があったときにも見たこともないわ」
フェリシアも力があったときには森に行く時もあった。様々な精霊には会ったが、精霊を生み出すような存在に出会ったことはない。
「私の力では会えないような存在なのかしら……」
「でも、その森の主人なら滝の主人よりも力が強いんじゃない?もしかしたら、フェリシアの氷も溶かせるんじゃ?」
「あの森のどこにいるのかしら」
続きを読み進めると、森の主人は、森の中心部の石柱の中にいて、その姿を見せることは滅多にないと書かれていた。精霊姫自身、数回しか見たことがないと言う。
「力の強い精霊姫でも、数回……」
かつてフェリシアは、祖国の森を精霊の住まう森と呼んでいた。森の名前は時代によって変化している。
そんな森に精霊を生み出す存在がいたなどということは、フェリシアは知らなかった。
「私でも、会えるのかしら……」
本を読み進めたが、それ以上森の主人に関することは書かれていなかった。
他にもいくつか大陸に関する記述があったが、森の主人に関することを考えてしまって、あまり頭には入ってこなかった。本は途中から白紙のページになっており、半分以上は何も書いていなかった。
フェリシアは昔持っていた力が戻るなら、取り戻したいという思いが出てきていた。力を取り戻さなければ、フェリシアを助けてくれた友人を探すこともできない。
フェリシアは氷の中で眠っていた。大量の水の攻撃を受けたときに、その水を利用しつつフェリシアを守ってくれた存在がいたはずなのだ。それが、フェリシアの友人であると考えていた。
しかし、自分がかつて持っていた力すら、精霊姫には遠く及ばないと理解している。精霊姫ですら数回しか会ったことのない自分が、森の主人に会うことができるだろうか?
会える気がしない……。
フェリシアの中に残る氷を溶かさなければ今後も痛みに襲われる可能性もある。そして、力も戻らない。しかし、溶かすこと自体がとても難しいものだという現実を突きつけられた気がして、フェリシアの心に暗い影が落ちる。
今の私は、他の精霊の姿すら見えないのに……。
フェリシアは本を閉じるとそっと元にあった場所にそれを戻した。気持ちが沈んでいくのを感じながら、フェリシアは無理やり笑顔貼り付けて顔を上げると逆に不安げな顔をしたレンがいた。
「フェリシア、一人で抱え込まないでよ」
「え?」
「辛い気持ちなのに、何にもないような顔しないでよ。オレが頼りないから、何も言ってくれないんだとは思うけど、でも……、そんな風に無理やり笑う必要なんてない」
一気に膨らんだ不安な気持ちをうまく隠せてなかったのだとわかり、フェリシアは困った。昔ならもう少し上手に隠せていた気がするのだが、レンの前では上手くいかない。
「ごめんね。……、レンが言ったように森の主人がもしかしたら氷を溶かせるのかもしれないって、私も思ったんだけど。会えない可能性の方が高いって考えが強くなっちゃって」
情けないなと思いながらフェリシアが笑うと、レンがフェリシアを抱きしめた。
5日間の眠りから目が覚めた時もレンに抱きしめられたが、その時は気恥ずかしさやレンの男らしい体付きに驚いてしまうことの方が強かった。しかし、今は安心できる腕に抱きしめられている気がして、レンの腕をとても暖かく感じた。ホッとする温もりに、じわりと目尻に涙が溢れ出す。
「泣きたくない……」
思わずそんな言葉が出てきた。
泣くことはとても弱いことだとフェリシアは思っていた。百年の眠りから目を覚ましたときは、何も守れなかったことに涙を止められなかった。でも、それと同時にもう二度と泣きたくないとも思った。自分が弱かったせいで全てを失ったんだと、そんな気がして、強くありたいと思ったのだ。
「なんで?泣いていいよ。フェリシア、ずっと我慢してるだろ」
「強くありたいの」
「……、フェリシアは十分強いよ」
「私が、弱かったから……」
国は、無くなった。
言葉は続けられなかったが、ずっとフェリシアの心にある大きな傷だ。きっとこの先もずっと背負って行くしかない思いだ。
なんでもないように装っても、なんでもないような日常を送っても、フェリシアの心の中は消えない思いと後悔が渦巻いている。
「私のせいで……」
なるべく考えないようにしていたのに、レンの腕があまりに優しくフェリシアを包み込むせいで弱い部分が出てきてしまう。早く離れなければと思い、フェリシアはレンの腕を振り解こうとするが、レンの腕が離れることはなく、むしろさらに強く抱きしめられる。
「大丈夫だよ、フェリシア。誰も見てないから」
「レンがいるわ」
「オレは、まぁ、壁みたいなもんだよ」
「何それ」
少し笑うと一気に、涙が溢れ出した。止めることができず、フェリシアは静かに泣いた。




