幕間:レンとウィードの出会い
度々の幕間ですみません。若干長いです。
城にいるのは退屈だった。
現皇帝に息子は一人しかいない。必然的に次期皇帝としての資質を問われる。周りの目は常に自分を監視・評価しているように感じて、気が休まらなかった。勉学が辛いと思ったことはないが、たまにどこか誰も知らない場所へ行きたいと思うことがあった。
だから久しぶりの馬術の授業で、レンはそのまま馬に跨ったまま指示を無視して走り抜けた。ほんの気まぐれでそうしたことが、この後の自分の人生に大きな影響を与えることになるとは、夢にも思わなかった。
馬に乗って街を通り抜け、そのまましばらく草原を駆け抜ける。しばらく走ったところで、視線の先に何か建物を見つけて、馬を走らせる速度を緩めた。
「なんだこれ?」
見上げた丘の上に古びた城が佇むのが見えた。
来た方向との位置関係を頭の中の地図で思い描くと、ふと気がついた。
「あぁ、旧帝国の城か。そういえば結構近いところにあったんだっけ」
歴史の授業で習ったななどと思う。前身の帝国時代の遺産だ。新しい帝国の名を冠した際にその城を捨て、当時の皇帝は首都を移動させた。
街ごと移動させるような大規模な遷都に莫大な費用と人の力がかかったとされている。それも今では随分昔の話ではある。
「なんか残ってたりするのかな?」
レンは興味本位で城へと足を向けた。丘の上の赤い尖塔を持つ城は今見ても立派な造りだった。
足元には瓦礫があり注意深く進まなければならない状態ではあったものの、中に入ることは容易だった。窓ガラスが割れているようなところもあり、怪我をしないように気をつけながら中を進んでいく。
昼間ということもあり、廊下は多少薄暗いものの、歩くことには困らない。かつての栄華を感じさせる城の造りに、レンはゆっくりと見て歩いた。
歩いているうちに最奥と思われる場所まで来た。そこには一際立派な両開きの扉があった。
しかもこれまで見てきたような埃に覆われた扉ではない。なぜかその扉だけ薄らと輝いているように見え、ほこりひとつ被っていないように見える。
「太陽の光のせいか?」
その扉の前には天井近くに明かり取りのガラス窓があり、丁度光がそこから入ってきている。まるで扉を指し示すかのように光が扉を照らしているのも事実だ。
見上げると眩しさを感じて手をかざす。するとまるで花びらがひらひらと舞うような景色が見えて、思わず目を瞬かせる。その間に、先ほどまで見えた花びらは見えなくなった。
「え、何今の。目がくらんだ?」
すると後ろで、キィという小さな音がして、慌ててレンは振り返った。するとそこには今まで閉じていたはずの両扉のうちの左側だけが少し手前に開いており、扉には隙間が開いていた。
「やばっ!え、ゆ、幽霊……」
一瞬で両腕に鳥肌が立ち、レンはその場で震え上がった。
しかし逃げ出すのも悔しくて止まったままその隙間をじっと見つめていると、きらきらとした光が溢れ始める。緑のような黄緑のような光に見えて、レンはさらに足が固まった。
「……、え、オレもしかして死ぬ?」
変わったものが見えるのは死の前兆などという迷信に惑わされている自分に呆れながらも、あまりにも普段と違う状況にどうしていいかわからない。しかし、ずっと扉から溢れている光に対する興味が恐怖に優った。その綺麗な光が何か確かめたくてレンは一歩足を前に動かした。
扉に一歩ずつ近づくが、きらきらと溢れ出す光は止まらない。
レンはそのまま手が扉に届くところまで足を進めると、扉の目の前で足を止めた。
「……、大丈夫。幽霊なんかいない。幽霊なんかいない」
そう言い聞かせながら、レンは少し開いていた左側の扉を目を閉じながら思いきり大きく開いた。目を閉じていても感じる大量の光の洪水に思わず前を腕で覆う。それはあっという間にレンの後ろへと流れていき、ピタリと止まった。
レンは慎重にゆっくりと瞼を開いた。
そこには、大きな部屋があり、壁には1枚の肖像画が飾られていた。
肖像画には、椅子に座って控えめに微笑む女性とその隣に佇む男性が一人ずつ描かれていた。女性の方は淡い金色の長い髪に薄紫の瞳をした女性で、男性の方は夜を纏うような髪色に同じ色の瞳だった。
おそらくこの城の歴史に連なる人なのだろうとは思うが、レンにはこれが誰かわからなかった。
「……、こっちの女の人、伝承の姫の色合いその物だけど、どっかの代の皇后だよな。……、え、まさかこの人の幽霊?って、いやいや幽霊なんていないから!」
自分で言いながら身震いするレンだったが、その肖像画からなかなか目が離せなかった。
そしてようやく心が落ち着いたところで、この部屋の不思議さに気づく。
「……、全く汚れてない。ってか崩れてもなくない?」
先ほどまで歩いてきた内部の廊下でさえところどころが崩れていたり壊れていたりしたが、この部屋だけがまるで何かに守られていたかのように、まるで今でも誰かが住んでいるかのように綺麗なのだ。
「幽霊説が濃厚に……」
恐ろしくなって思わず一歩足を下げた。
「幽霊じゃなくて精霊です〜」
突然視界の上からニョキっと何かが降りてきて、レンは悲鳴にならない悲鳴をあげて尻餅をついた。
混乱した頭のまま上を見上げると、きらきらとした黄緑色の光の塊が頭上を飛んでいた。よく見るとその光の塊の中には小さな人がたに羽の生えた少年のような姿が見えた。
「せい、れい……」
「お?見えるの?僕のこと見えるの?」
精霊と自称した光る何かは、そう言いながらレンの頭上をくるくると回った。ぐるぐると回る見たことのないものに、レンはどうしていいかわからなくなり、しばらく床に座ったまま動くことができなかった。
「……、え、精霊?今までオレ見えたことないけど」
この世界には昔から精霊がいるとされていた。しかしそれが見えるのがごく一部の人間だけで、ほとんどの人間は見えないとされている。昔はそれなりに見える人間も多くいたと言われているが、山脈の向こうの神聖な王国が失われてから特に減少傾向があると言われている。
しかし精霊の多さがその土地の豊かさを決めるとも言われており、未だに深い精霊信仰が根付いている地域も存在する。
レンも生まれてこの方一度も精霊は見たことがない。ないのだが……。
「ホントに見えてるんだ?でも別に契約とかしてないけどな、なんでだろ」
「いや、こっちが聞きたい」
そう言ったレンに対して精霊は腕を組んで不満げな顔を見せる。じーっとしばらくレンを見つめていたが、ふと表情を崩す。
「ま、いいや。ここの部屋のことは秘密にしてよ。大事な場所なんだ。もし他の人にいいふらしたりしたら……」
恐ろしく目を見開き凄んだ顔をしてくる精霊に、レンはこくこくと頷くしかなかった。
精霊って、怖いんだな……。
精霊はレンから興味を失ったのか、ひらりと舞い上がると一際この部屋で輝く肖像画を見つめていた。精霊の視線は大事な人を見つめる目、そのものだった。
「知り合いなの?」
思わず声をかけると「まだ居たのか」と言う表情を向けられた。
「知り合いなんてもんじゃない」
精霊はそれ以上語る気はないらしく、またふいっと視線を肖像画がに戻した。いつまでもその絵を見つめてい精霊からは、寂しさを感じさせた。
「人間の命は短いからさ」
精霊は人の寿命より運と長いということを聞いたことがある。この精霊はこの肖像画の人が生きていたときに出会って、そして別れたのだろうと想像できる。
「僕より先に出ないと、部屋から出られなくなるよ」
そう言われてレンは慌てて部屋を飛び出した。出たと同時に扉はパタンと勝手に閉じた。
キラキラとした不思議な光はなくなり、扉を照らすのは太陽の光だけになった。
後ろ髪をひかれつつも、レンは古城を後にした。
それがレンとウィードとの出会いだ。
***
レンはその出会いから精霊という存在に興味を持った。
何故あの精霊はあの場所で、あの肖像画を眺めていたのかがとても気になったのだ。
「そもそも精霊って……?」
皇帝の息子であるレンは、幼いころから様々な学問を教師たちから学んでいた。基本的に授業態度も真面目で疎かにするようなことはなかったが、これまで学んできたことに精霊という存在について詳しく教えられるような機会はなかった。
そもそも精霊という存在を皆見ることができないのだ。見ることがなければそれはないものと同じである。ないものについて学ぶ必要などない。
レンは自分の持っている本では求める情報が得られないと思い、城の中の図書室に通うようになった。図書室の書架には様々な種類の本が並べられており、レンはその中から数冊だけ精霊について書かれている本を見つけた。
精霊とは、自然を司る存在である。6つの属性が存在し、火、水、土、風、光、闇という属性にそれぞれの精霊は分かれている。精霊はとても寿命が長い存在で、ある特定の場所からしか生まれることがないという。
この大陸でその場所だとされていたのが、かつて存在した精霊に愛された王国に存在していた森である。今はもうその国は存在しない。隣接した別の国に併合されたのは、今から百年のほど前の話だ。
森はかつてほどの広さもなく、今も精霊が生まれているのかどうかは誰にもわからない。
精霊が多い場所ほど土地が豊かとされており、かつてはその精霊の多さを国が競うほどであったとされる。特に帝国から西側の山脈の向こう側の国は精霊信仰が強く残る国々とされていた。そのため、神聖な王国が別の国に併合された際には、近隣の国々がその国への反発が非常に大きくなり、当時の西側諸国は常に臨戦体制だったと言われている。
「山脈の向こうの歴史はあんまり知らないな……」
精霊に関わる本は基本的に大陸の西側について記載されていることが多かった。しかし、レンが学んできたのは帝国の歴史ばかりである。大陸で一番強大な国が他の小国の歴史を授業で学ぶなどあり得ない。
「いや、でも本すらなさそうだな……」
図書室の書架を片っ端から探してみるが、山脈の向こう側の国に関する本はあまりない。見つけた一冊を手にする。「西側諸国の歩み」という本を抜き出す。
「あんまり詳しく書いてはなさそうだけど、読んでみるか」
本を取り出したところで図書室の扉が開く。
「おい、レン!そろそろ戻れよ。もう日が暮れてるぞ」
声をかけにきたのは、レンの幼馴染でもあるアマディアだった。
最近のレンは全ての授業を休みにして、図書室に篭り本を読み漁る日々だ。今まで一度も休むことなく授業を真面目に受けていたため、教師たちは「休むことも大切です」とレンのその行動について咎めることはなかった。
「もうそんな時間か」
レンは取り出した本をそのまま自室へ持ち帰ることにして、図書室をでた。
ようやく表に出せました
かなり初期に書いた部分で公開する順番迷いました。




