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18.レンの友人

 ある日散歩がてらに城内をクデリと歩いていると、進行方向から栗色の短い髪に同じ色の瞳の男性が歩いて来た。


「あ」


 目が合うとそう言われて、フェリシアは会ったことのある人かと記憶を巡らせてみたが、ここに来てからの記憶はなく、首を捻る。


「あーー、申し訳ありません。一方的に知っているだけで、お会いしたことはありません。マラディア=ノイゼンと申します」

 ノイゼンと言う名前には聞き覚えがあった。確か代々優秀な宰相を輩出しているのがノイゼン伯爵家だったはずだ。

 そして皇帝に挨拶した際にも宰相には一度会っている。


「宰相閣下のご子息……?」

「はい。よくご存知で。以後お見知りおきを」

 マラディアはそう言って頭を下げたが、ここではどう考えても彼の方が身分が上である。フェリシアはレンの婚約者とはいえ、身分不詳なのだから。

「こちらこそ」

 そう言って頭を下げると、マラディアは何故かそれを止めた。

「やめてください。私なんかに頭を下げなくても大丈夫です。女王様」

「え?」

「レンダリオからお話は予々。いつも自慢して来ますよあいつは」

 そう言ってマラディアはにっと笑った。


 その話し方からして、どうやらマラディアとレンは友人なのだろうとすぐに推測できた。しかもフェリシアがどう言う人物か知っているのだ。

「レンって、ちゃんと友人がいたんですね。安心しました」

「まぁ、数は少ないでしょうね」

「もしかして、私がここに来たばかりの頃、レンがとても酔っ払っていた時に一緒に飲んだのは……」

「あ、それはおそらく私ですね。久しぶりに話すってこともあって、お互いたくさん飲んでしまって」

 あの記憶喪失な酔っ払いができあがったのはどうやらこのマラディアと飲んだ結果のようだ。これまでにレンの友人という人に会ったことはなかったため、興味が惹かれてフェリシアは微笑んだ。


「ノイゼン卿、良ければ少しお茶でもご一緒しませんか?」



 マラディアとの会話は楽しかった。暇を持て合していたということもあるかもしれないが、今まで聞いたことのないレンを知ることができたのが一番だった。


 二人はクデリの勧めで、城内の庭園の一角の木陰でお茶をすることにした。室内でクデリがいるとはいえ、二人でお茶会など良い噂にはならないということで、外でということになったのだ。マラディアもそれに同意し、お勧めの場所がありますよと場所の提案をしてくれた。


 マラディアはただの友人ではなく、仕事面でもレンの側近として働いているのだと聞いた。レンの忙しさも良く知っているため、なぜこんなに忙しいのか尋ねると曖昧に微笑まれた。

「あいつも今やれるうちにやっておきたいことがあるんですよ」

「それは立太子の儀以外にもやらなきゃいけないことがあると言うことですか?」

「やらなきゃいけないと言うよりは、やりたいからやってるんだと思いますけどね」

 はっきりとそれが何かは教えてくれそうになく、フェリシアは早々に諦めた。


「あいつはホント真面目ですよ」

「どなたに聞いても、皆様そうおっしゃいます」

「でも、あんなに何かに夢中になる姿は初めて見ましたよ」

 双子の姫たちも言っていたが、やはりマラディアから見ても旅に出る前のレンは少し様子が違ったらしい。


「なんの授業だって真面目に勉強しますけど、教えられたこと以上に学ぼうと言う意識はなかったですね。でも、精霊について調べ始めた時は、別人かと思うほど取り憑かれたように本を読み漁ってました」

「きっかけはなんだったんですか?」

 フェリシアはウィードと出会ったことだろうと思っているのだが、どちらが先かはわからない。ウィードについても、マラディアが知っているかどうかはわからないため、彼には何か別のものがきっかけに見えるかもしれないと思ったのだ。


「レンから聞いてませんか?旧帝国時代の古城のこと」

 初めて聞いたことにフェリシアは首を横に振る。

「馬術の授業で馬に乗ったままどこかに行きたくなって適当に走らせてたらその城に着いたみたいで」


 旧帝国についてはフェリシアの知識はあまりない。現在の帝国の前身であり、大きな土地になったのもその時代の功績が大きかったはずだ。

 そしてフェリシアの祖国から王族が一人輿入れをしている。

 フェリシアの知識はその程度だ。


「その城で何かを見たらしいんだけど、具体的にはオレも教えてもらってません。なんでも、言えないらしく」

 もしかしたらウィードとの約束があったりするのかもしれないなと思う。


 祖国から輿入れをした姫はとても強い力の持ち主だったとされている。実際のところはわからないが、精霊姫だと言われていたような存在らしい。そんな姫と帝国の皇帝が政略結婚により、結ばれている。


 もしかして、その姫様だったら私の氷も溶かせたりしたのかしら。或いは何か力の強い存在を知ってたりするのかしら……。


 悩み始めたフェリシアに、マラディアは笑う。

「女王様には、聞いたら教えてくれると思いますよ」

「……その女王様ってやめてもらえませんか」

「いやー、名前を呼ぶとレンに睨まれそうですし、家門についてはこの国では明言してないですよね。お呼びする手立てがあまりないので諦めてください」

「普通に名前で呼んでいただければいいと思うのですが」

「あいつは結構心が狭いです」

 そう言ったマラディアはなぜかとても楽しそうに笑った。


「誰が心が狭いって?」

 突然フェリシアの後ろから声がしたと思ったら、現れたのは息を切らしたレンだった。走って来たのか肩が上下し髪が乱れている。レンを見たマラディアは、席を立ち上がる。


「そろそろ来ると思ってたよ。では、女王様、また機会があれば、あーレンの許しがあればお茶でもご一緒しましょう」

 そう言って頭を下げるとマラディアはレンにひらひらと手を振るとあっさりとその場を去った。


「フェリシア、なんでマラディアとお茶してるの」

「レンの友人って初めて会ったから、ちょっと話してみたくなって、私から誘ったの。でもどうしてここがわかったの?」

 そう言いながらフェリシアはレンに席を勧める。クデリも新しいお茶をレンのために入れてくれた。

「ここ、自室から見えるよ。フェリシアの部屋からも見えるでしょ」

 少し上を指差しながらレンが言うので、フェリシアはつられて上を見上げた。どうやらマラディアは見える場所をわざわざ選んでいたのだろうと思う。


 一口お茶を飲んだレンは、ふうと大きく息を吐くとフェリシアを見た。

「ねぇ、マラディアと何話してたの」

「レンのこと聞いただけよ」

「オレのこと?」

「小さい頃から真面目で基本的には文句も言わずになんでもやるけど、どれも深く興味は示さないって」

 レンはそれを聞くと少し頭を掻いた。

「……やらなきゃいけないことはやるけど、オレ、それがそんなに楽しいって感じたことなかったんだ。どれも似たようなものに感じてさ」

 晴れた空を見上げたレンは、その頃の自分を思い出しているのか、遠い目をしている。


「古いお城で何を見つけたの?」

 フェリシアのその言葉にレンが額を手で押さえた。

「あいつそれ喋ったの?」

「でも何を見つけたかは知らないって言ってたわ」

 少し上を見上げたレンは、何もない虚空に向かって話しかける。

「……、言っていい?」

 今のフェリシアには何も見えないがおそらくレンが唯一見ることができるという風の精霊がいるのだろう。


「旧帝国の城はもう誰も手入れしないから寂れてるんだけど、ウィードが守ってる部屋があって、たまたまそれを見つけたんだ」

 レンが具体的に話したと言うことは風の精霊が話すことを許可したのだろう。

「何を守ってるの?」

「うーん、部屋自体?その部屋はウィードに与えられた部屋らしい。たぶん、好きだった人たちに会えない悲しみを癒すための……」

 少しずつ尻窄みになる言い方にフェリシアはなんとなくピンとくるものがあった。


 精霊はとても長く生きる。それと比べると人間の寿命はとても短い。精霊は気に入った人間がいればその人間の側にいることもある。ウィードは誰か気に入った人間がいたのかもしれない。


「ウィードの好きだった人は、旧帝国の人なのね」

「そう。姫様と王様って呼んでて名前は教えてくれないけど、……姫様はフェリシアの祖国の人だよ」

 その言葉に思い当たる人がいる。

「もしかして、精霊姫と言われる人?」

 フェリシアの祖国から輿入れをした人は後にも先にもこの人しかいない。

「そう。フェリシアわかる?」

「わかるって言っても、歴史上そういう人がいるって言う程度よ。政略結婚で嫁いだのと、すごく力が強かったって言う記録があるぐらいで」


 それ以上のことは知らない。あまり嫁いだ姫に関する記述が残っていることはない。


「ねぇ、その部屋、私も行ってみたい」


 そう言ったフェリシアに、レンは少し困った顔をしてまた頭上を見上げた。すると少しレンが驚いた顔をする。


「なんかフェリシアはいいらしい。オレはあの一度きりで、入らせてもらってないのに」

 拗ねた顔のレンに笑いながら、フェリシアは何も見えない空間にお礼を言った。

「ありがとう」

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