17.藍色のドレス
「なんで、レンが部屋に残ってるの」
「え、オレが贈るドレスなんだからオレもいてよくない?」
「よくないわよ。採寸するんだから出て行きなさい」
そう言われて気がついたらしいレンは、赤くなって部屋を出ていった。
ようやくいつものレンらしい姿に、フェリシアは安心した。先ほどまでのレンは、フェリシアがよく知るレンと違うように感じた。あまりにも男らしく、いつもの少年のような彼ではなかった。
つい先程までのことを思い出してしまい、触れられていた腰のあたりが熱くなる。慌てて首を振り、フェリシアはめんどくさい採寸に耐えた。
採寸は下着姿のまま立っていることしかできず、フェリシアにとっては無心になっているしかない時間である。しかし無心になるというのはなかなか難しく、先ほどの出来事をやはり思い出してしまう。
勘違いしそうになるからやめてほしい……。
フェリシアは婚約者はいたが、色恋沙汰には疎い。そもそも10歳ごろからフェリシアは王位につくことを求められ、とにかく様々な学問を学ぶことが中心の生活で、そういうものには縁がなかった。
当然ながら、男性に触れられるということもほぼなかった。成人したあとは、婚約者のオベラージュとは気が合わず、触れられたこともなければ、二人で出かけたことすらない。
きっとレンはどちらかというとおもちゃを独占したいみたいな、そんな感じよね。
一人でそう納得し、フェリシアは心の中を落ち着けた。そんな悶々とした考えをしている間に採寸はいつの間にか終わっていた。
採寸が終わるのを見計らったようにレンが戻ってきた。
「時間は大丈夫なの?」
「ん。ドレス選ぶ時間ぐらいある」
「別に一人でも選べるけど」
「そこはオレにも選ばせてよ」
ドレスなど興味がなさそうに見えたレンだったが、フェリシアよりよほど熱心に服飾家の提案を聞いている。
「とりあえず、色は濃い藍色で」
レンの言葉に、服飾家の女性はにこりと微笑む。
「かしこまりました。夜空を思わせるような真珠をたくさん散りばめるデザインはいかがでしょうか。胸元はこんな感じにして、背中も大きく開かせて、腰のあたりは細さを強調するようにこんな感じに……」
さらさらと持ってきたスケッチブックにドレスを描いて行く様子は見事だ。優秀な服飾家なのだろうなと思う。彼女は持っていた荷物の中から見本となる布地の束を取り出す。そしてレンの髪と見比べるように、布地を提案する。
「こちらの色が、殿下のお髪に良く似ていると思います」
笑顔で提案した服飾家に、レンは満足そうに頷く。
「え……、ちょっと、レン?」
自分の色のドレスを贈るなんて本当に婚約者のような行為である。
「婚約者なんだから当然だろ?」
「いや、そうだけど……」
そうじゃない……、でしょ?
あまりにレンと服飾家が熱心にデザインを決めて行くため、フェリシアは入り込む余地がなく早々に諦めた。
この夜の星空を思わせるドレス以外にも、淡い紫のものや、深い緑色のドレスなどいくつかレンが服飾家とやり取りをしていたが、フェリシアは最早自分に出番はないとばかりに、図書室から借りてきた本を読み始めた。
思った以上にレンが熱心で横目で見ながら驚いた。
日も暮れて来た頃にようやくレンと服飾家のやり取りは一息ついたらしく、レンがフェリシアの側にやって来た。
「フェリシアは希望ないの?」
「可愛らしすぎなければなんでもいいわ。むしろ、レンはよくそんなに熱心にドレスのこと話せるわね。私でも疲れちゃうわ」
フェリシアはどちらかと言うとこういうのは面倒だと思うタイプで、誰かに決めてもらった方が楽に感じる。
「え、だってオレの選んだやつをフェリシアが着てくれるってことでしょ?」
何の利得もないだろうと思うが、レンが何故か楽しそうなのでまぁいいかなと思う。
「でも流石に時間取りすぎたから、オレそろそろ行くね!」
窓の外の夕日が目に入ったらしく、レンは慌ただしく部屋を出ていった。
「では、殿方も出て行かれたことなので、下着をお選びしましょうか」
ニコリと笑った服飾家に、まだ終わらないのねとは言えず、フェリシアは渋々「はい」と答えた。
***
それから一カ月ほど経つといくつかのドレスが出来上がってきて、フェリシアは最終調整のため濃紺のドレスを着ていた。
クデリが感動に目を潤ませて「とてもお似合いです!」と声を上げてくれたが、鏡の中の自分を見ても、意外に似合っているなと思う。
ただ、これがレンの色だと思うと存外恥ずかしい。
「殿下が見たらとてもお喜びになると思います!お呼びしますね!」
クデリを止めようとしたが、針子たちに止められそれは叶わなかった。
少しして扉がノックされたので、フェリシアは仕方なく返事をすると、扉から現れたのはレンだった。
「え?ドレス?もうできたの?」
レンはクデリから詳しく聞いていなかったのか、驚いた様子でフェリシアの側にやってくる。
「最終調整中よ」
フェリシアの言葉を聞いているのかいないのか、レンはしげしげとフェリシアのドレス姿を色んな角度から見て行く。
針子たちもさっとフェリシアの周りから移動してしまう。あまりに見られて居た堪れない気分になる。
「なんか言ってよ……」
恥ずかしすぎて思わずそう言うと、レンはハッとしたように顔を上げた。
「めっちゃ似合ってる!予想以上で見惚れてた!」
そんな言葉がレンから飛び出てくるとは思わず、フェリシアの方がさらに恥ずかしくなってしまう。言った方のレンも遅れてはずかしくなったのか、照れ隠しに少し頭を掻く。
「……、あんまりフェリシアに迷惑かけたくないんだけど、一個お願いしてもいい?」
珍しく言い淀むレンにフェリシアは言葉を促す。
「このドレス着て、立太子の儀に参列してくれない?本当は婚約者だからそんな参加する必要とかないんだけど、どうせなら近くで見てほしいんだけど。……無理?」
むしろフェリシアは参列するのは当たり前だろうぐらいにかんがえていたのだが、レンはそうではなかったらしい。
「そんなに遠慮しなくても大丈夫よ」
「いいの⁉︎」
パッと明るい笑顔になったレンはまさに少年のようだ。
「えぇ」
フェリシアのその返事を聞くとレンは満面の笑みを浮かべる。
そんな二人の様子をクデリとたくさんの針子たちが温かい目で見守っていた。
「では、次のドレスに移りますので、殿下はお引き取りくださいませ」
レンは名残惜しそうにしながらも、フェリシアの部屋から出ていった。
「殿下とても嬉しそうでしたね」
そう言ったクデリの微笑みに、フェリシアは言い返す言葉が見つからず軽く頷くほかなかった。
服飾家については、適当に漢字と読みを当てましたので信用しないでください。




