16.婚約者の体裁と嫉妬
「フェリシア様、今日は採寸の予定がございますので、あまり図書室へ行く時間はありませんよ」
また図書室へ行こうと思っていたところで、クデリにそう言われた。
「採寸?」
「はい。これまでのドレスは既製品ですので、殿下の婚約者様として相応しいドレスをご用意する必要がございます」
「今までので充分よ」
「これは殿下からのご依頼ですので、私からはお断りできかねます」
「レンが?」
「はい。婚約者様にドレスをお贈りするのは当然でございます」
珍しく取りつく島もないクデリの言葉にフェリシアは仕方なく頷いた。
後でレンに勿体無いから止めるように言わないと……。
「採寸の前に本が借りたいから図書室に行ってくるわ」
フェリシアの時代の採寸はものすごく時間がかかった。ただ採寸するだけではなく、結局どんなドレスを作るかを半日以上かけて決めるのだ。長くなるのは目に見えている。
「準備ができたら読んでくれる?」
「承知しました」
忙しそうにしているクデリを連れて行くのは申し訳なく思い、フェリシアは慣れた足取りで図書室へ向かった。もう何度も来ているため迷うこともない。なんとなくこの城の構造もわかるようになって来た。
図書室に入ると、昨日出会ったカイゼント卿が先客としていた。フェリシアの姿を見ると彼は頭を下げた。昨日言っていたようにまだ剣と制服の支給なのだろう。
「今日もこちらで本をご覧に?」
「いえ、今日は何冊か借りていこうと思って」
フェリシアがそう答えると何故かカイゼント卿は残念そうな顔をした。
「そうですか。昨日とても楽しかったので、今日もお話しできたらと思ったのですが……」
フェリシアも詳しく聞けたのでありがたかった。本を読むよりよほどわかりやすかった。
「えぇ、私も助かりました。でも、今日は時間がないので本を借りるために来ました」
「よければお手伝いさせてください」
昨日のようにフェリシアでは手の届かない本もあるかもしれない。手伝ってもらえるならありがたいと思い、フェリシアは頷いた。
「お願いします」
今日は昨日とは違い、帝国領土内の土地に関する本を読もうとしていたため、フェリシアがそれを伝えるとカイゼント卿は笑顔で応じてくれる。該当しそうな本を書架の中から見つけ出してくれ、わかりやすい本を教えてれ、フェリシアに手渡してくれた。やはり中にはフェリシアには届かない場所の本もあり、フェリシアとしてはとても助かった。
「あ、これ読んで見たかったんです」
昨日別の本を探しているときにちらりと題名を目にして読んでみたいなと思っていた本を見つけ、フェリシアは少し上の棚に手を伸ばす。
「こちらですか?」
カイゼント卿はフェリシアが伸ばした手のわずかに上に手を伸ばし、本を引き出そうとしてくれる。その時、フェリシアの手に彼の手が少し触れた、カイゼント卿が焦ったように手を離した。
「も、申し訳ありません」
顔を赤くしたカイゼント卿がフェリシアに謝ってきたが、フェリシアは特に気にならなかった。騎士とはどこの国でも真面目な人が多いなと思う。
「いいえ、気にしないでください」
フェリシアがそう言うと、彼は改めて本を取ってくれた。
「ありがとうございます」
そう言うとカイゼント卿も嬉しそうに微笑んだ。
フェリシアは三冊ほど本を手にすると満足したため、図書室を後にしようと扉の方は向かう。するとカイゼント卿に声をかけられた。
「あ、あの!」
呼び止められたのが明らかに自分だったため、フェリシアは彼を振り返る。
「何でしょうか」
立ち止まったフェリシアに対して、カイゼント卿が少し距離を縮めた。
「明日には剣と制服が届く予定なので、ここにはこられないのですが」
カイゼント卿がじっとフェリシアのことを見つめてくるため、フェリシアは首を傾げた。
「……、お名前を教えて頂けないでしょうか」
フェリシアはパチクリと瞬きをした。そう言えば名乗っていなかったなと思う。向こうは名乗っているし、親切にしてもらったのだから、名乗るべきだと思い口を開こうとしたところで、フェリシアが背を向けていた図書室の扉が開く音がした。
音に反応して振り向くと、そこには珍しく冷たい表情をしたレンがいた。
「レン?」
すると、すぐにレンがフェリシアの腰に手をやり自分の方へ引き寄せる。一方のカイゼント卿は突然のレンの登場に驚いているようだった。しかし、皇子としてのレンを見たことがあるのだろう、カイゼント卿はさっと跪き、首を垂れた。
「カイゼント卿は、まだこちらに配属になって日が浅いんだったな」
レンの声はフェリシアと話す時よりずっと低く冷たいものだった。レンはさらにフェリシアの腰を強く引き寄せるため、引き寄せられたフェリシアの方はあまりの近さに慌てる。離れようとレンを押し返してみるが、まったくびくともしない。
「この人は、私の婚約者だ。知らなかったのだろうとは思うが、……次はない」
レンはそれだけ言うと、フェリシアを抱き寄せたまま図書室を後にする。残されたカイゼント卿は呆然とするしかない。
レンに引きずられるように歩く羽目になったフェリシアは、必死にレンに声をかける。このままでは倒れかねない。
「レン!ちょっと、レンってば!止まって!」
図書室からかなり離れてからレンはようやく立ち止まった。フェリシアは近すぎた距離を離すため、レンを押し返すがいまだにその手は強くフェリシアを引き寄せたままだ。
「ねえ、もういいでしょう?婚約者としての体裁は取ったんじゃないの?」
その言葉に、レンはようやくフェリシアを見た。レンは何故かとても悲しそうな表情をしており、フェリシアは口を噤んだ。
「……、フェリシア理解してる?」
弱々しい声でレンはフェリシアにそう問いかけた。
「あいつ、フェリシアに気があったんだよ」
その言葉にフェリシアは眉を寄せる。あまりにも飛躍しすぎに感じたからだ。
「名前を聞くなんて、今後も会いたいからに決まってるじゃん。……フェリシアは、オレの婚約者でしょ」
拗ねた言い方をするレンに、フェリシアは思わず吹き出してしまう。
「何それ、嫉妬してるみたいよ」
笑いながらそういうとレンは意外にも真剣な表情を向けてくる。
「……、オレが嫉妬しないと思ってるの?」
「え?」
思わぬ答えが返ってきてフェリシアは返答に困る。
フェリシアはあくまでレンの半年だけの仮の婚約者だ。レンはフェリシアに気持ちはないだろうし、フェリシアとてまた同じだ。
「フェリシアが他の男と仲良くしてるのは気に食わない」
そう言ってくるレンの視線があまりにも真っ直ぐで、フェリシアは思わず目を逸らした。
「そんなおもちゃを取られたみたいな……」
「誤魔化さないでよ」
まだフェリシアを放してくれていなかった手が、目を逸せないほど引き寄せてくる。鼻先が触れそうなほどに近い距離に、流石のフェリシアも恥ずかしさに体温が上がる。
「レ、レン……」
「フェリシア、今はオレの婚約者なんだからオレだけ見てよ」
レンが夜のような深い藍色の目をフェリシアに向けてくるが、あまりにも吸い込まれそうなほどの強い瞳が怖くなり、フェリシアは思わず両手をあげてレンの顔をベチンと叩いた。
思いの外強い音がしてフェリシアも焦る。
「……、フェリシア、いくらなんでもひどくない?」
「ご、ごめんなさい!だってレンが変なこと言うから!」
「別に変じゃないだろ。仮にも婚約者なんだから、他の男に言い寄られてるの見るなんてやだよ」
「そ、そうね。ごめんなさい。カイゼント卿のことはそんなのではないと思うけど、注意するわ」
「まだそんな風に言う?ホント、フェリシアは分かってない」
「レンが過敏になりすぎよ」
フェリシアの言葉に、レンは盛大にため息をついた。
「まぁ、いいや、採寸の準備できたみたいだから行くよ」
「あ、忘れてたわ。クデリが迎えにきてくれるハズだったんだけど」
「それ、オレが代わりに来たの」
「そうなの?」
「うん、だから行こ」
「分かったけど、そろそろ手を離してよ」
フェリシアの腰に触れたままのレンの手を見ながら言うと、するりとその手が離れてフェリシアはようやくホッとした。




