13.双子の天使
「あの人がそう?」
「きっとそうね」
「どうする?」
「待ってても紹介なんてしてくれないわ」
「行くしかないわ」
「行くしかないわね」
紺色の真っ直ぐ長い髪を二つ結びにした、女の子が二人のぞいていた。お揃いのドレスを着ており、顔も全く同じように見える。どこからどう見ても双子のお姫様だった。
フェリシアは城の敷地内にある庭園に来ていた。城の裏側にある場所で、クデリによると「青の花園」と呼ばれる、青い花ばかりを集めた庭園らしい。中に入るには許可がいるらしく、人の姿ほとんどない。
静かでフェリシアにとってはとても過ごしやすい場所だ。まだ時期ではないのか、花の咲き方はまばらであるが、珍しい青い花を見るのは心躍る。
「……、でも私は入っていいの?」
フェリシアがこの城に来てまだ1週間しか経っていない。まだ1週間目の婚約者だ。こんな許可が必要な珍しい庭園に足を踏み込んでもいいものかと思う。
しかし、クデリはいつもの笑顔で頷くだけだ。
「レンダリオ殿下の婚約者様ですから。問題ございません」
仮なんだけどなぁ……。しかも今レンいないけどいいのかな。
心の中ではそう呟きながらフェリシアは曖昧に微笑む。
本当のことを言うこともできないが、静かな庭を歩けるのはありがたいのでフェリシアは許可はもらえたものとして散策することにした。
そう、散策することにした。
しかし人があまりいないはずの庭園で途中からものすごく視線を感じる。最初はクデリかと思ったのだが、どうやら違うところから視線は来る。あまりにも気になりすぎて、フェリシアは立ち止まって唐突に後ろを振り向いた。
するとサッと隠れた二つの影があったが、尻尾のような長い紺色の髪が見えている。フェリシアはどうしようかなと思いながら、その尻尾たちが隠れている場所に向かって歩き出し、近くまで行くと立ち止まる。そして、祖国での最上級の礼をとって深く膝を折り、挨拶をする。
「レンダリオ殿下の婚約者、フェリシアと申します。お見知り置きを」
フェリシアは祖国では女王であったため、先に挨拶をするなどはあり得なかったのだが、ここでは違う。あまり自分の立場を正確に説明することもできないため、先に名乗った方がよいと判断したのだ。そしてクデリの情報から行くと、ここは許可がないと入れないような庭園である。そこに堂々と(隠れながらだが)入っているのだがら、彼女たちの身分は高いはずだ。先に話しかけるのは御法度だが、挨拶なら別だ。
フェリシアに挨拶をされた尻尾たちは、何やらコソコソと話し合うと、ぴょこんと飛び跳ねるように出てきた。また飛び跳ねて出てくる時に、ツインテールも一緒に飛び跳ねる。
現れたのは、明らかに双子のお姫様たちだった。長い真っ直ぐな紺色の髪が特徴的で、フリルのたくさんついた水色の揃いのドレスを着ており、歳は10歳ぐらいだろうか。
「メイリーナ=タラスよ」
「アイリーナ=タラスよ」
そう言ってフェリシアに挨拶をする。挨拶を終えると二人はフェリシアの両側に一人ずつたち、繁々とフェリシアを見る。あまりにも観察されるのでどうしようかと思ったが、二人がどんな人物かわからずフェリシアはにこりと微笑むだけにしておいた。
タラスということは、レンの妹なのかしら?
視線に耐えながらそう考えていると双子たちは答えを教えてくれる。
「あなたが、お兄様の婚約者なのね」
「お兄様が連れ帰った婚約者なのね」
まだまだ満足しないらしく、フェリシアの周りをくるくるとまわりなが観察している。クデリも止めることはできないらしく、オロオロとした表情で困っていた。
ここは二人が飽きるまでじっとしているしかないなと思い、フェリシアは微笑んだままずっと動かなかった。これぐらいはフェリシアにとっては朝飯前だ。
一体どれぐらい時間が経っただろうか、双子の方は満足したらしく、二人して突然フェリシアの腕を掴む。
「私、フェリシア様のこと見たことあるわ」
「私も見たことある」
二人は自分たちよりも背の高いフェリシアを見上げるとそんなことを言った。
「え?私を?」
フェリシアが疑問を返すと、二人は同時に頷いた。さすが双子。そんな関心を寄せながら、フェリシアは眉を寄せる。
「お兄様が旅に出る前に」
「出る前に見たね」
二人は顔を合わせてそんなことを言うが、フェリシアには意味がよくわからない。
「ねぇ、フェリシア様遊びましょう」
「お兄様の婚約者ってことは、いずれはお義姉様でしょう?」
「そうね、お義姉様遊びましょう」
「遊びましょう」
戸惑うフェリシアを気にせず、双子はフェリシアの手を引っ張って庭園を走り出す。止まっていたら負けると思い、フェリシアは双子と共に走り出すと、それに気づいた双子は嬉しそうににっこりとフェリシアに笑いかける。
え、天使。
フェリシアは、双子に連れられて思いっきり庭園で遊ぶことになった。
いつの間にか庭園でかくれんぼをしたり、双子がどちらがどっちかを当てる遊びをして過ごした。なかなか見分けが付かず困ったが、それでも双子のお姫様は楽しそうに笑っている。
さすがにはしゃいでばかりで三人が疲れた頃合いを見て、クデリがお茶を用意してくれていた。いつの間にかクデリ以外の侍女もおり、おそらく双子の侍女なのだろう。離れたところには近衛騎士と思われる騎士の姿もある。
ようやくテーブルについて一息つくと、ホッと息をつくのもお姫様たちは一緒のようで、フェリシアには可愛くて自然に頬が緩む。
「お兄様って勉強ばっかりでつまんないと思ってたけど、お義姉様様は一緒に遊んでくれるからいい人ね」
「うん、お兄様は勉強してるか、剣術の練習してるか、絵を描いてるかのどれかだもの。あ、馬にも乗るけど」
双子にとっても、どうやらレンは真面目で硬いイメージのようだ。絵を描くのは意外だが、相変わらずフェリシアの持っているイメージとは離れているから不思議だ。
「きっとずっと会いたかったのね」
「うん、ようやく会えたのね」
二人は満足そうにそういうと、同時にクッキーを食べて笑った。
双子って、不思議ね。
「貴方たちのお兄様はどんな方なの?」
フェリシアのその質問に、二人して不思議そうな顔をする。
「フェリシア様はお兄様のことご存知でないの?」
ここで嘘をついたところで、兄弟である彼女たちにはすぐに気づかれてしまうだろうと思い、フェリシアは正直に話すことを選んだ。
「えぇ、あまり知らないの。まだ出会ってからそんなに経っていないくて」
フェリシアの言葉に、双子は互いに目を見合わせる。
「お兄様はとても真面目」
「勉強ばっかりしてるの」
「外に出るのは剣術が馬術の授業ぐらい」
「でも、外国に旅に出る前にちょっと変わったの」
双子は互いにうんうんと頷きながら話す。その様子が可愛くてフェリシアは笑顔で話を聞いてしまう。
「多分珍しく外出が長かった時があって」
「馬術の授業の時だったかな」
「なかなか帰ってこなかったのよね」
「ね」
「で、そこからなんかちょっと変わったの」
「なんかたくさん調べてたね」
「なんかたくさん描いてたね」
何を調べていたかまではわからないのか、二人の話はあまり要領を得ない。
「でも、帰ってきた時のお兄様にはびっくりした」
「また変わってたね」
「あんまり見たことのない雰囲気だった」
「ね」
二人は頷き合い話をしているがフェリシアにはどう言うことなのかわからない。
「帰ってきた時って?」
「お義姉様を連れてきたときのことよ」
「窓から見てたんだけど、ちょっと怖いぐらいだった」
少し表情に影が落ちたが、レンが城に戻ってきた時の記憶はフェリシアにはない。フェリシアは滝で倒れてから5日間目を覚さなかったとレンが言っていた。気づいた時には、フェリシアは城の一室だったのだ。
「お兄様って、何にも興味がなくて」
「何やっても面白くなさそうで」
「でも、お義姉様を連れてきてからのお兄様はなんか面白い」
「一人であわあわしてるもの」
二人は目を合わせると悪い表情として笑う。ただの天使ではないようだ。
「お義姉様、お兄様のことよろしくね」
「よろしくね」
二人ににっこりと微笑まれて、フェリシアはあいまいに微笑むことしかできなかった。