9.どうしよう!(レン視点)
皇帝への挨拶の後、フェリシアと別れて自室に戻ってきたレンは、机の上で頭を抱えていた。そんなときドアのノックがして、聞き慣れた声がしたため、レンは相手を中に入れた。
入ってきたのは長年の友人でもあり幼馴染でもある男だ。栗色の髪に、同じ色の瞳をしており、レンと同じ歳だ。
「マラディア良いところに……」
「久しぶりだなー。城内はお前の噂で持ちきりだぞ」
にやにやと笑う友人に、レンは青ざめた表情になる。
「どうしよう!」
「何が」
「城出たときの自分の発言なんてすっかり忘れてた……。でも、せっかくだから婚約にもちこんでみたものの、この後どうしていいかわからん!」
「なんだ好きあってるわけじゃないのか」
レンの言葉にマラディンがため息をつく。
「まだ会って数週間だぞ!」
「でも惚れてるんだろ?」
図星だった。
元々はフェリシアのことは本で知っていた。レンはある時ウィードに出会ってから、精霊や精霊にまつわる本を読み漁るようになった。
彼女のことについて知ったのもそれがきっかけだった。
実際に会ってみた彼女は、とても綺麗な人だった。本に書かれていた絵よりずっと綺麗だった。本ではわからなかった色もレンの想像通りで、淡い金色の髪に、薄紫の瞳は彼女にぴったりな色だと思った。
そして、綺麗なだけではなく、自分の考えがあり、状況から素早く判断できるしっかりした人だった。本で読んだ通りの一国の女王だった。
しかし、そんな彼女が見せた涙が、レンの心の深くに刺さった。深い悲しみと後悔だと察するが、本当のところはフェリシアにしかわからない。
そんか簡単に癒せる傷ではないだろうが、フェリシアはあれから涙を見せない。暗い顔すらみせないのだ。レンとの旅の間も、常に笑顔を絶やさない、強くあろうとする人だと感じていた。
そんな彼女のことを助けたい、守りたいと思ったが、なかなか素直には言うことはできなかった。
一緒に来ると言った時も反射的に否定の言葉が出てきた。本当は自分から帝国に来ることを誘いたかったのだが、自分から誘うような行為は許されない気がして、フェリシアからついていきたいと言われた時は、本当に幸運だと思った。
まぁ、一緒に行動することの不安の方が大きくて何回も確認したけど。
しかも、フェリシアは本当に無防備で危なっかしい人物であることがわかった。一緒に旅をしたのはほんの十日ほどなのに、それだけでレンはいろんなことに不安を覚えた。
一回だけやむを得ず同じ部屋に泊まった時は、本当にどうしようかと思った……。
「え、二人部屋しか空いてないの?」
宿の主人にそう言われてレンは眉を寄せた。これまではフェリシアと別々の一人部屋を確保できていたのだが、ここにきて二人部屋しかないと言われると思わなかった。
どうしたものかと悩んでいると、少し後ろのところにいたフェリシアが口を挟んできた。
「二人部屋で構わないわ」
ギョッとしてレンがフェリシアを見るが、フェリシアは「何?」と見上げてくる。
「二人部屋の意味わかってる?」
「二人で同じ部屋なのでしょう?」
「あってるけど」
「じゃあ問題ないじゃない?」
勝手に話を進めて、主人から鍵を受け取ったフェリシアは「2階みたい」と宿の中へ進んでいく。
ここ5日ほどで宿での寝泊まりは慣れたものらしく、フェリシアもレンの案内など必要ない。
部屋は広くなく、ベッドが二つ並んでおり、テーブルと椅子が一脚、部屋の端にあるだけだった。
窓側のベッドの方にフェリシアが歩いて行くと、「こっち使っていい?」と聞いてきたため、レンは無言で頷いた。外はすでに暗く、もう寝るだけである。
寝るだけだけど……。
同じ空間にフェリシアがいることに、レンはとても緊張していた。日中一緒に歩くことには流石にすぐに慣れたが、狭い部屋でしかも寝る場所で二人きりなど予定にない。
なるべく野宿にはならないように選んで進んでいたし、フェリシアに気を使って移動していた。
真ん中に壁があると思って、一人部屋だと思って過ごそう。そうしよう。
そんな考えのもとふと視線を動かすと、自分の服の背中のボタンに手を掛けようとして腕を上げているフェリシアの姿が視界に入ってしまってレンは大慌てになる。
「ちょ、フェリシア!何やってるの⁉︎」
「え?何って着替えたいから」
「オレ出るから!待って!」
「別に全部脱がないけど?」
「それは当たり前だよ‼︎」
レンは近くの扉から廊下を出て、盛大にため息をついた。
オレ、ホント男と思われてない……。
悲しくなるほどそれを感じてまた深いため息をつく。自分ばかりこんなに意識しているのが、少し虚しくなってくる。
扉にもたれながらレンはまたため息をついた。
このままじゃ、ダメなんだろうけどどうしていいかもわからない。
ため息をもう一度つくと、急に扉が開かれ、レンは倒れそうになりながらなんとかバランスをとる。
「あ、ごめん、大丈夫だった?」
扉を開いたのは当然ながらフェリシアで、着替え終えたらしくすでに寝るための格好をしている。城にいる時とは違い簡素な綿のワンピース型の夜着だが、それでもレンはそれが寝る時の服だと思うとどきりとしてしまう。
「別にそんなに気にしなくて良いのに」
扉を開きながらそんなことを言うフェリシアに、レンは目を細めて彼女を見る。
「フェリシアはもっと気にすべきだよ」
「別に変なことしないでしょ?」
「……そんなのわからないだろ」
そう言ったレンに対してフェリシアが笑う。
「無理しなくていいわよ」
「どう言う意味?」
「四つも上の女性なんて興味ないでしょ」
めっちゃ興味ありますけど⁉︎……言わないけど。
「……、寝よ。明日も早いよ」
「はーい」
素直に頷いたフェリシアはさっさとベッドに潜り込んだ。
一方のレンは自分も寝るために着替えることにする。無意識にため息をつきながら服を脱ぐと、視線を感じてそちらを見る。するとものすごく真剣にフェリシアがじっとこちらを見ていた。
「なっ、何⁉︎」
「意外に鍛えてるんだーと思って」
上半身を観察されていたと宣言され、レンの方が恥ずかしくなる。
「堂々と見るな‼︎」
「え?私も部屋を出た方がよかった?」
「そうじゃない、そうじゃないけど!」
なんと言っていいかわからず、レンは思わず着ていた服で自分の体を隠す。
「レンは乙女だね」
「何でだよ!」
弟の次は乙女かよ!
そんな出来事を思い出してしまい、レンは再びため息をついてしまう。そんなレンの様子を知ってから知らずか、マラディアは人差し指を一本立てると簡単に結論をだす。
「要するに、婚約してる間に惚れて貰えばいいんだろ?」
「フェリシアが?オレに?……全く想像できん」
「なら諦めろ」
「なんでだよ!見捨てるなよ!アドバイスくれよ!」
「だって想像もできないんだろ?」
「できないけど!だって、あっちはオレのこと弟がてきたみたいって。全然男としてみられてない……」
自分で言って自分で悲しくなる。レンは大きなため息をついた。
「じゃあ、それを利用したら?」
「どう言う意味?」
「弟ってことは、それなりに近くに行けるだろう?家族的な立ち位置だからな。出来るだけ近くにいるようにしろ。それに、ここはタラス帝国だ。相手が頼れるのはお前しかいない」
「……なるほど」
マラディアの言葉に納得して頷くが、逆にマラディンの方が声を低くした。
「でも、あれはヤバいぞ」
「え、何が?」
「俺も遠目からお前が連れてきた人見たけど、気品とオーラが違う」
「元女王様だからな」
何故か自慢げに言うレンにマラディアが呆れる。
「ついでに伝承の姫とおんなじ色だよな」
「オレもそう思った」
金色の髪に、紫色の瞳の姫に刃向かえば、その領土は原始の森に還るといういい伝えだ。帝国貴族であれば誰もが知っている。フェリシアはその色そのものだ。
「お前のこと舐めてるやつ大勢いるから、気をつけないと取られるぞ」
「え、でもだからこそ慌てて婚約したんだけど⁉︎」
レンの言葉にマラディアの表情が真剣な物になる。
「そんなんで安心するな。婚約は所詮、婚約だ」
その言葉にレンの表情も固くなった。
「他のやつよりは一歩進んでるだろうが、その程度だな。だから、さっさと地固めしておけばよかったのに」
ここでのレンの立ち位置は盤石とは言い難い。
皇帝の唯一の直系男児ではあるが、まだ立太子もしていない。レンの母親はすでに亡くなっており、大きな後ろ盾と言えるものもない。
「……でもオレ、誰か他の人にフェリシアのことは取られるつもりないよ。まぁ、フェリシアが望むんなら別だけど」
急に表情を険しいものにしたレンに、マラディアが笑う。
「お前が執着するなんて珍しいな」
「……、フェリシアって、強そうに見えて弱いんだ」
何かを思い出すようにそう言ったレンにマラディアが興味なさそうに答える。
「まぁ、いいさ。それぐらいの執着がないと、簡単に取られるぞ。なんなら、親父さんにも取られかねないんじゃないか?」
「は?え?それは流石に……」
そう言いつつ、現在皇后となる人物がいない。貴族たちが熱心に自分のところの娘をアピールしている。それこそフェリシアぐらいの歳の娘も含めて。
「……、婚約認めておいてそれはなくないか?」
「どうかな」
マラディアは唐突にレンに向かって手を上げた。その手には、小ぶりの瓶がある。中には赤紫色の液体が入っておりワインだとわかる。
「久しぶりに戻ってきたんだから、旅の話でも聞かせろよ」
長く旅にでていたため、確かにこの友人と会うのも久しい。変わらない笑顔に安心して、レンはその誘いを快諾した。