エピローグ
エミリアが復讐を誓ってから数週間後。
「いったいどうなっているんだ!」
アストレイ王国第一王子であるイサーク・フォン・アストレイは激昂していた。
全身が震えているが、それが怒りによるものか、恐怖によるものかは本人にも判別がつかない。それほどまでに、彼は精神の均衡を失いかけていた。
最初は、手紙が王城の前に捨てられているだけだったらしい。
門番が、危険物である可能性を憂慮し調べてみると、特になにも細工を施されていないただの手紙であると判明。
だがしかし、その手紙の筆跡がエミリアのものであるというのが問題だった。
隣国から別の聖女を連れてきたというのに、彼女の能力でも防げない。
彼にしてみれば、能力も不明な出来損ないなどより、より優れた力をもった聖女を妻に迎えたかった。
何より、それ以上に彼には重要なことがある。
エミリアは平民育ちだ。彼女なりに必死で勉強はしていたが、どうしても同じ年頃の貴族令嬢たちと比べると気品にかけている。
そもそも、尊い血族に平民という穢れた血統が混ざるなど、王族として看過できなかった。
この国に聖女がエミリアしかいなかったがゆえに仕方がなく婚約することになったが、本来ならばそんな役回りはごめんだった。何より、今度結婚する聖女のレベッカは最高だ。隣国の王族であるのはもちろん、聖女としての能力も、容姿も申し分ない。慎ましやかなエミリアとは比べ物にならないと、彼は考えていた。
だというのに、これだ。
原因は、わかり切っている。
(聖女の能力か。本当に、目覚めるタイミングが悪すぎる。何で追放した後に目覚めるんだ?)
聖女は、回復魔法や浄化魔法などとは別に、固有の能力を持っている。
彼女の目覚めた能力の可能性はいくつか考えられる。幻惑の能力で、警備などを欺いて侵入したか。
あるいは、すり抜けの能力で突破してきたか。あるいはーー転移能力でここまで来たか。
もし、転移能力だとしたら問題だ。
聖女の能力は、防壁など、一人で戦術級の働きができる。
その中で転移能力というのは、非常に有用である。交通や流通の問題をすべて解決できる力は、それこそ戦略級の力を持つ。
エミリアの能力を理解せずに追放したとなると、それはイサークの責任になる。
隣国の聖女との結婚も、それに伴うエミリアとの婚約破棄も、イサーク主導で行ってきたものだ。
転移能力に目覚めていた聖女を冷遇していたということが分かれば、第一王子と言えど、凋落は免れない。つまり、イサークはことを公にすることができない。自分の力のみで、この問題を解決しなくてならなくなった。
その日の夜、イサークは不安から眠れぬ夜を過ごしていた。
「殿下、殿下、殿下」
「うわああああああああああ!」
イサークは、しりもちをついた。
目と鼻から液体を出しながら後ずさる。それを見て、エミリアは少し悲しそうな顔をして、扉を開けて消えた。
それから一か月、イサークは部屋に閉じこもってしまった。
毎晩、同じことがあり、限界に達してしまったのだ。ある日、国王陛下が訪ねてきた。
「父上、陛下」
「お前は精神に異常をきたしている。休んだ方がいい」
「陛下、エミリアが来ているんです!あいつが悪いんです!」
はあ、と国王はため息をついた。
「お前という奴は、大体エミリア殿が本当にここにいるわけがないじゃないか。彼女は辺境だよ」
「そ、それは聖女の能力で……」
「固有能力がないからと、追放したのはお前だろうが!いいからもう休め!跡継ぎは第二王子にする!」
「あ、ああああああああああ!」
イサークは、膝をつく。
彼は、そのまま引きずられていった。その後、隣国の聖女との結婚も破談になってしまった。精神に異常をきたしているというのが、その理由だった。
◇
「そんなわけで、イサーク様は今、修道院で療養中なんだそうだ」
「そうだったのね……」
エミリアは、辺境の喫茶店で幼馴染みのダグラスと会話していた。ダグラスは、遠因がエミリアだとは知らない。ただ、イサークが療養中であるということだけ知っている。
「それは貴方もじゃない、特に悪いことをしたわけでもないのに」
「それは違うよ、俺は自分の意志でここに来たんだ。志願して来た」
「え?」
「騎士になったのは、君を守りたかったからだ」
エミリアは気づいた。
自分をまっすぐ見つめる彼の目に、深い愛情がこもっていることに。そしてそれを、嬉しく思う自分がいることに。
優しい目つきも、短く刈り揃えられて清潔感のある綺麗な黒髪も、白く輝く歯も、全部が魅力的に見えた。
「エミリア、俺と結婚してくれないか?ずっと前から君のことが好きだった」
「はい、喜んで……!」
そうして、エミリアとダグラスはささやかな結婚式を挙げた。
二人は、辺境で死ぬまで幸せに暮らしたのだった。
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