追放当日
聖女、というか元聖女のエミリアが王都から追放された当日。
「結局、誰も来てくれませんでしたわね」
エミリアには、王宮での友人はいない。
聖女としての訓練に明け暮れており、とてもそんな余裕はなかった。
そもそも、エミリアは単に旅行に行くのではない。
旅行や遠征なら婚約者などが見送るべきなのだろうが、婚約は破棄されているし追放なので当然イサーク王子は来ていない。
馬車に乗せられて、護衛の騎士たちに囲まれて。
馬車は出発した。
王族や貴族が使っている馬車が使用されている。
豪華絢爛だったが、エミリアに当然外装は全く見えない。
そして、見た目がよかったとしてもどうでもいいことだった。
馬車に乗っている、乗らされている侍女たちも、覇気がない。
何しろ、王都から僻地までエミリアに巻き込まれて左遷されるのだ。
彼女たちの立場からすれば、エミリアの存在こそが左遷の原因である。
それこそ、この道中で彼女達が殺そうとしてきたとしても、エミリアは不思議には思わない。
聖女が所有する回復魔法を使えば、死ぬことはないだろうが。
かといって、当然痛いのも苦しいのもごめんである。
王城での聖女としての訓練には、自分を傷つけて治し続けるというものもあった。
聖女は、自身が傷ついた状態でも回復魔法を使いこなせなければならないという視点から考え出された訓練であるらしい。
正直、エミリアにとっては一番苦痛だった訓練ではある。
僻地は、魔物や人間とともに
「はあ、本当に何でこんな目に」
呟きながら、窓の外に目をやる。
すでに、馬車は貴族街を出ており、平民街に入っている。
「もう帰りたいんだけど」
結局のところ、復讐の方法は思いつかなかった。
聖女と言っても、何でもできるわけではない。
あらゆるけがや病気を治す回復魔法と、聖女によって異なる固有能力があるだけだ。
固有能力とは、聖女にのみ発現する力であり、聖女が聖女と言われるゆえんである。
例えば、一度に万の軍勢を焼き払う白銀の炎。
例えば、土や石を操作して一晩で街を作れるほどの念動力。
例えば、町全体を覆える無敵の結界を二十四時間張り続ける力。
いずれも、国の在り方を一人いるだけで根本的に変えてしまうほどの存在が、聖女である。
しかし、それをエミリアは持っていない。
聖女であれば、共通して持っている能力がエミリアにはなぜか発現していない。
聖女としての訓練の中には、能力を使いこなせるようになるためのものもある。
固有能力は千差万別であるゆえに、それを発動させるための様々な手段を講じる。
限界まで疲労させる、お芝居を見る、など何のためにあるのかもわからないような訓練を受けさせられた。
それでも、能力は開花しなかった。
ゆえにエミリアは、国内唯一の聖女だったのにもかかわらず、無能と軽蔑され。
こうして僻地に追いやられる結果となっている。
エミリアの固有能力が、類を見ない能力だったのか、あるいは本当に存在しないのかはわからない。
いずれにせよ、エミリアは無能の烙印を押されてしまっていることは確かだ。
◇
やがて、エミリアたちは辺境へとついた。
馬車の扉がノックされる、侍女が扉を開ける。
一人の騎士がいた。
暗くて、顔がはっきりと見えない。
「エミリア、様」
「何でしょう?」
すこし、そっけない言い方になってしまった。
何度も休憩をはさんでいたものの、長旅で疲れていたうえに、行先は辺境である。
「あの、到着しました」
「ああ、ありがとうございました」
目を合わせることもせずに、馬車から降りて、一つ伸びをする。
せめて、復讐を済ませることができればまだ精神的にも違っていたのだろうけれど。
「ぼろい」
辺境の修道院、そこにとってつけられた様なぼろぼろの木製の扉。
白アリがいつ出てきてもおかしくなさそうな見た目のそれを、開けようとして。
「え?」
扉を開けると、そこは建物だった。
高級なカーペット、豪華な調度品、広すぎる空間。
そして、そこら中にべたべたと貼られている紋章。
聞いたことがあった、知っていた。
聖女が、稀に習得する能力。
聖女以外は、使えない力。
「これは、転移能力?」
聖女としての固有能力が、ようやく発現した。
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