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右へ左へ【イーサン視点】

 

 夜が明け、車内に朝日が差し込んだ。

 集中しているエミリーには申し訳無いが、いつの間にか眠っていたようだ。マイケルも運転席で爆睡している。


 エミリーの様子はどうだと朝露に濡れた草を踏みしめ中を覗いてみれば、作業が終わったのか背伸びをしている。無防備な背中と作業台には馴染みの生地。

 肩が凝ったのだろう。辛そうに肩を揉み、何処か別の場所へ移動してしまった。後を追ってぐるりと建物の周りを歩いてみれば、通気口から湯気が出ている。水が滴る音と風に乗って鼻腔を擽るのは、石鹸か。


「ッ──!」


 彼女はシャワーを浴びているのか。

 いくら婚約者といえど女性の入浴を覗くなんて変態じゃないか!

 頭では解っていても想像が過り僅かに下半身が疼く。俺は馬鹿か。でも彼女の裸は見たことない。求めてくるまでは抱こうとすら思わなかったが、意外と胸が大きいのは知っている。って、だから俺は何を!

 ふむ、それに元々平民だからな。家柄で選ぶ貴族とは違いやはり股が緩いのだろうか。むちむちしている割には腰が細いし、年頃の男ならば放っておくまい。あの胸と太ももであんなことやこんなことを……だ・か・ら、俺は何をッ!!


 結局動けずにその場で(サウンド)を楽しんでしまい、ドアが閉まる合図で慌てて車へ戻った。既にマイケルは目を覚ましていて、俺の様子を見て怪訝な顔をする。


「何やってんすか坊ちゃん」

「なっ! 何でもないッ!」

「……怪しい」

「俺が何でも無いって言ったらそうなんだっ……!」

「へいへい、そうですかー。お、エミリー様が出てきましたよ」

「本当かっ!」


 ガラガラと重いレールの音。車を出すのか、ゲートを全開にしてストッパーをかけている。


「エミリー……!」

「わ! おっどろいた、イーサン!? どうしたの? こんな所で」

「っ、えっと……謝り、たくて……」

「謝る?」

「そう。昨日のパーティー……ルイーザが色々とその、話をしていただろう? シャンパンも掛けられて……」

「ああ、あれ。良いのよ、別に気にしてないわ」


 ふい、と顔を背け言った彼女。湿りが残る肌に思わずゴクリとつばを飲むも、まるで拒絶するかのように俺たちの間に手の平を翳す。


「そんな訳には……ッ!」

「いえ本当に良いのよ。それより、」

「いいや良くない! 俺は君に謝らなくてはならないことが沢山あるんだ……! 俺はッ、もう一度最初からやり直したいと思ってる……!」

「や、やり直す……。あーーー……えーーっと何を言ってるのかよく分からないのだけど今急いでるからまた今度で良いかしら?」

「エミリー待って!」


 絶対に聞こえているはずなのに俺の言葉を右から左して、ウェルナン伯爵家の俺専用運転手マイケルと親しげに挨拶を交わし足早にその場を去るエミリー。


「エっ、エミリー……!? ちょっと待ッ……! マイケル! 何で俺の婚約者と仲良くしてるんだ! お前まさか!」

「やめて下さいよー。てゆーか前から挨拶交わしてやしたしー。坊っちゃんが興味無かっただけじゃないっすかー? 良いっすよね〜、気さくに話し掛けてくれるし、可愛いし、スタイルは良いし。何よりしっかりしてる。坊っちゃんには勿体ないなぁ〜〜」

「なッ! 何をッ!?」


 ふざけたことを抜かすなと怒ろうとしたがエンジンの音が聞こえて慌てて振り返った。するとエミリー自ら運転してゲートから登場したではないか。

 施錠するため車から降りたエミリー。後部座席には出来立てほやほやの生地が大切に乗せられている。


「えっ!? 君が運転するの!?」

「他に誰が居るっていうのよ」

「いやそれはまぁ……」

「じゃ、また今度ねイーサン」

「アッ! 待って! エミリー! エミリー何処へ! 俺も一緒にッ……!」


 また右から左され、お構いなしに丘を下っていく婚約者。

 後を追えとマイケルに指示するも、なかなかの手練。ついには信号で撒かれてしまった。




 ******


「ふあ〜〜あ〜……。もう帰りましょうよ坊っちぁゃ〜ん。俺もう眠いっすよ〜、このままじゃ事故っちゃいますよ〜」

「い、いや駄目だ……! アイボリーとレッドのツートンカラーの車なんて此処らじゃそう見ないだろ!?」

「そうかもしんないっすけど〜。見付けたところでどうすんすか。てか仕事してんじゃないんすかー? 急いでるって言ってたしー」

「五月蝿い! お前には関係ないだろう!」

「いやいや俺に関係なくてもエミリー様が可哀想っていうか。あ、エミリー様の車」

「何処だ!」

「あそこ。ほらアレ」

「なに!? 何処にいるんだ!?」

「ほらぁ〜、あれですよ〜アレ〜、あそこ〜」

「アレじゃ分からん! 具体的に言えっ!」


 目が腐ってますよー、なんて言われながらも必死に目を凝らすと、老舗の生地屋の裏手にエミリーの車を発見。俺たちも急いでお客様駐車場へ車を停め店内の入口を開けると、「いらっしゃいませ」の挨拶と同時に「坊っちゃあーん! こっちこっちー!」と車から叫ぶマイケル。


「お前っ……! 恥ずかしいから止めろっ……! 大声を出すなっ……!」

「えー、だってエミリー様が裏から出て来たからぁー」

「なに!?」


 爽やかな笑みで誤魔化しながら店を出ると、駐車場を調子の良いエンジン音を響かせ横切るエミリー。困惑した店員の顔は見なかったことにする。


「エミリー……!」

「イーサン!? 珍しいわね、店で会うなんて。何やってるの? お買い物? 楽しんでね!」

「ちがっ! 待ってエミリー……! 君に! 君に話が! 話が、あって……」


 もう右の耳にすら届いて無い。一体彼女はいつになったら休むのか。

(あれ……。そういえば俺……、エミリーを引き止めてどうしようっていうんだ……?)

 休まなきゃいけないのに。俺が引き止めたら余計に休めないじゃないか。

 全く。俺としたことが。己のことばかりで恥ずかしい。

 今日は、エミリーが自宅へ帰るまで見届けるだけにしよう。婚約者としてせめて、見守ってあげよう。


「マイケル。追い掛けたってエミリーの邪魔になるだけだと思うんだ」

「今更っすか。でも良かった! これで帰れる──」

「だから後を追うだけにしようと思う」

「は?」

「見守るんだよ。彼女が家に帰るまで」

「え、キモくないっすか」

「何を!? 婚約者として当然の行為だろ!」

「今更婚約者ヅラされてもって感じっすね。てゆーかどこら辺が当然なんすか」

「五月蝿い黙れっ!」


 良いから後を追えと命令したが、結局エミリーは銀行に寄ってその後直ぐに自宅へと帰って行った。

 念のためきちんと休んでいるか三十分ほど彼女の部屋を遠くから見守っていたが、特に動きが無かったので眠ったのだろう。まだエミリーには謝らないといけないことが沢山あるが、俺も一先ず自宅へ帰って休息を取るとしよう。


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