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ありがとう、それを伝えたくて

作者: 蒲原

―――あれから、どれだけの時間が流れただろう。

高校を卒業して、それなりの企業に就職、人並みの恋をして……そして結婚。

……そう、私、陣野唯(じんのゆい)は明日職場の同僚と結婚する。

けれど、心の何処かで何かが引っ掛かっている。


―――不安、俗にいうただのマリッジブルーというやつなら、翌日にはきっと消えていてくれるだろう。

けれど、それとは違う何か……それだけは気付いていた。

そっと、かつての記憶を辿ってみる。ありふれた、懐かしい記憶の中にその何かはあった。

『やっぱり、貴方の事がまだ忘れられてないんだね…』

荷造りをしている時に見つけた、初恋の相手と二人で写った写真を見ながら、部屋でポツリ、呟いた。

もちろん、今結婚しようとしている人を愛していないわけではない、それどころか、写真の彼とも付き合っていたわけではなかった。

淡い、告白もできなかった初恋……それなら、私をここまで苦しめることもなかっただろう…

苦しめる、引っ掛かってしまう理由はただ一つ……


――――カレハ、モウコノヨニハイナイ。


ふと、あの日の事がよみがえる……あの人が、死んだ日の事を…。


―――中学二年の春休みも終わりを迎えようとしていたある日、私と、初恋の彼、風祭俊介(かざまつりしゅんすけ)、その他に二名ほどの友人とともに遊びに出かけていた。


学校近くの原っぱ、ほんのピクニック気分……そんな軽い気持ちで出かけ、サッカーをしたり談笑したりと楽しんでいた。そんな最中、ふと彼が私に目を向けた。

彼に恋をしていた私にとって、それだけでも胸がときめき、ドキドキしてしまっていた。


何か言われるのかな、言われるとしたら、それは何?なんてドキマギしていた私に、彼は言った。きっと、軽い冗談のつもりだったのだろう。


『陣野って、絶対性格で損してるよな。今のままじゃ、将来嫁の貰い手なんてないんじゃないか?』


当時の私は、確かに男勝りで、他の女子のようにおしとやかとか、可憐さみたいな女の子らしい所は皆無に等しかった。

このままじゃ、彼とは絶対付き合えないと思い何度も性格を変えようと努力もしていた、でもいつも失敗ばかりだった。


―――パチンッ!


その言葉を聞いた次の瞬間、自分でも信じられない行動に……彼の頬を、おもいっきりひっぱたいていた。


何が起きたのか、いまいち理解できていない場の空気に居づらくなった当の私は、荷物を纏めてその場を立ち去ろうと走り出していた。


不意に、いきなり何するんだよ!?と彼の声が聞こえた。


『……それくらい、自分の胸に聞きなさいよ』


好きな人から言われた、一番言われたくない言葉……それがショックだったのか、ポツリと呟くとそのまま振り向かずに原っぱを出ていった。


今にして思えば、そこは我慢してなんとか乗り越えれていたら、彼は死なずにすんだのかもしれない……

彼を叩いてしまった、そんな自己嫌悪に陥りながら帰路につく私の後ろを、不服で納得できていない彼がついてくる。


『……なあ』


『………』


『……なあって!』


とうとう、黙ってばかりの私に痺れを切らしたのか、彼は私の腕をつかんで強引に引き留めた。


―――見通しのいい交差点、信号は青だった。


『なんなんだよ一体、俺が何かしたか?いきなりひっぱいた上、不機嫌になって帰るなんて、どうしたんだよ?』


『…………ほっといてよ、今は顔も見たくないの!!』


―――嗚呼、なんて可愛いげのない……此処で泣いて、告白できていたらどんなに良かっただろう。

私は、強引に彼の腕を振り払うと信号を確認せずに道路に飛び出した。


『陣野…っ!』


―――パァーというクラクションの音、いつの間にか変わっていた信号、そして、私を突き飛ばした彼と、その声……そこで私の記憶はフェードアウトした。


―――気が付いたときは、病院のベッドの上。

ぼんやりとした視界が徐々にはっきりしていく。まず、白い天井が見えて、次に両親のホッとした顔……そして、あの瞬間。


『風祭君は…っ!?』


勢いよく跳ね起きた私の口から出たのは、彼の安否。

私の記憶が間違いなければ、彼は私の代わりに間違いなく跳ねられている。

両親の顔が暗い………何かを口にしようとして、そこでもごついている。

それだけで、彼の安否なんてすぐに分かってしまった。

『……嘘、だよね?』


分かってしまったからこそ、体の震えが止まらない、シーツを握る手が、どんどん汗ばんできて、身体中から嫌な汗が吹き出してきたのがわかった。そして……


『風祭君は……貴女の代わりに車に跳ねられて……ついさっき、亡くなったわ』


母親からの残酷な通達……

死んだ?

彼が?

何で?

どうして?


――――ソンナコト、ジブンガヨクワカッテル


彼は……私の代わりに死んだんだ。

それを認識したとき、私は錯乱したように叫び続けた。

まるで、そんな事実を掻き消そうとするように頭を抱えて叫んだ。


ウソダ、ウソダ、ウソダ………

オネガイダカラ、ダレカウソダトイッテ



―――それからの私は、退院こそしたものの学校に行くことも、彼の両親に謝罪しにいくことさえもせずに、事実から目をそらして自宅に引きこもるようになった。

やがて、そんな状態を思わしくないと感じた両親は、私を連れてその町を離れ、別の土地に移った。


そこで少しずつ元気を取り戻し、なんとか学校に通えるようになった私が、今現在、こうして結婚前夜を迎えている。


『私の心に残っているわかだまりの正体………』


それに気付いた時、私は家を飛び出していた。向かう先は、あの町、彼の墓前。

彼に伝えていないこと、それを伝えに行こう……!!

でなければ、このまま結婚なんてできない……そう感じた私は、電車に乗り再びあの町へと向かった。


―――かつての友人を頼り、なんとか彼の墓前に辿り着く頃には、日は沈み、辺りはすっかり暗くなろうとしていた。


線香を焚き、静かに手を合わせて短く息を吐く。



『…………風祭君、来るのが遅くなってごめんなさい。今まで、ずっと目を背けてきた。貴方が助けてくれた命なのにね…?』


少し、言葉を切る。今更伝えて、何かが変わる訳じゃないけれど、彼に報告しなければ、私は前に進めない………だから、

ちゃんと伝えます。


『私、ずっと貴方が好きでした。今更伝えにきたって遅いかもしれないけど……私、明日結婚します。貴方に助けてもらった命を大切にして、これからもしっかり生きていきます。どんなに辛くても投げ出さないから……此処で、それを誓います。助けてくれて、ありがとう……風祭君』


そして立ち上がり、帰ろうとした私の前に……昔と変わらない彼の母親が立っていた。



―――場所を近くの喫茶店に移し、私は彼の母親と久しぶりに対談した。


『……そう、結婚するの』

手元のカップを見つめ、静かに彼女は口を開いた。


『……はい、今まで連絡もせず、謝罪にも伺わずに申し訳ありませんでした。彼を亡くして、一番辛かったのは私なんかじゃなくてご家族の方だったのに……』


……許してなんてもらえないだろう。何を言われても、ただ謝ろうと決めていた……そんな私に


『……謝ることなんてないわ。貴女が生きていてくれただけで、それだけで十分よ?』


『………え?』


俯いていた私は、意外な言葉に顔をあげ、彼女の顔を見た。

そこには、穏やかな顔があって、ただ私を見つめていた。


『貴女、あの後引きこもるようになってしまって、学校にも行かなくなって……そのまま、引っ越したでしょう?ずっと気になっていたの、あの子が命をかけて護った貴女が、自殺なんてしていないだろうかと』


カップに口付け、柔らかな笑みを浮かべて、彼女は続けた。


『そんなことをしていたら、私はそれこそ貴女を許せなかった……だってそうでしょう?貴女が自殺したら、息子はなんのために貴女を助けて死んだの?貴女が立ち直ってくれて、こうして結婚するまでになってくれた……それだけで、私は十分よ』


自然と、涙が溢れてきた。

憎まれていてもおかしくはなかった。

貴女のせいだと、罵られる覚悟もあった……でも、彼女はそれをしないばかりか、私を許すとまで言ってくれた………


涙が溢れ、同時に心に残っていたわかだまりをも流してくれたような気がしていた……


――――翌日、私は今愛する人と、結婚式をあげた。


これから先、もっと辛いことが待ってるかもしれない……でも、生かしてもらったこの命が有る限り、私は歩いていこうと思う。

それが、彼に対する贖罪なのだと信じて……。

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― 新着の感想 ―
[一言] ありきたりなストーリーですが、だからこそほろりと来てしまう。 やっぱりそれは優しさがあるからだと思うんです。 じんわりと来る小説で、少しがんばろうと思えました。
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