解いてはいけないダイイングメッセージ
「いつもすみません、佐藤先生。我々警察には被害者の残したダイイングメッセージがどうしても解読できず……恥ずかしながら今回も先生のお力をお借りするため参りました」
「困った時はお互い様ですよ、鈴木巡査」
「いやあ、さすが先生ですね。それにしても不思議な暗号なんですよ。英語や数字がなんと20桁も続いているんです。そんなに余裕があるなら普通に名前を書けば良さそうなものですが……案外犯人が捜査をかく乱するために残したものだったりして」
「確かにそういったケースもありますね。では早速拝見しましょう……これは……」
心臓が止まるかと思った。できるだけ平静を装ったつもりだが、動揺したのがばれていないだろうか……どうやら気付かれてないようだ。だが、このダイイングメッセージだけは絶対に解読できない。解読してはならないのだ。
そもそも、これは何かを指し示すヒントではなく答えそのもの。ただし、殺人犯の名前ではなく私の隠し口座のパスワードだ。そしておそらくこれは被害者ではなく犯人から私へのメッセージ、いや、警告と捉えるべきだろう。
いったいどのような手段でこのパスワードを手に入れたのかは分からない。そんなことは重要ではない。大切なのは私が今まで汗水たらして働き貯めてきた10億円の隠し口座を守り抜くこと。
警察の顧問探偵なんて、正直全く稼ぎにならない。一般人から依頼される浮気調査や身元調査の報酬だってたかが知れている。だから、私は秘密裏に裏家業の人間達からの仕事も請け負っている。リスクはあるが、リターンも大きい。そうして文字通り人生を賭けて築いた大切な財産を簡単に失う訳にはいかない。
あのダイイングメッセージを見た瞬間、私は事件を解決しないことを心に決めた。探偵としての評判に傷がつくことなんてどうでもいい。なんならこれを機に引退したって構わない。あの10億円さえ無事ならば。私が手を引いたら犯人だって交渉の切り札を台無しにはしないだろう。
取りあえず怪しまれないよう数日解読するふりをしておこう。
「ほう……これは確かに手こずりそうですね。しばらくお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんですよ。よろしくお願いいたします、先生」
巡査が部屋を出たのを見届けて、私は深いため息をついた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふっ。笑いを堪えるのが精いっぱいだった。なにが『確かに手こずりそう』だ。臭い芝居しやがって。お前の隠し口座のパスワードだろうが。あのぎょっとした顔を記念撮影して額縁に飾れないのが残念だ。でもおかげで今回の事件は迷宮入り確定だな。
あとは10億をどうやって回収するか。すぐに手を出せば佐藤も黙ってはいないだろうし……まあ、じっくり考えよう。最終的には奴にもいなくなってもらうのだから。