モブ令嬢は観察日記を付けてます
その学園が視界に入った時、私は前世の記憶を思い出した。激しい頭痛に襲われ倒れる前にしゃがみ込んで痛みを逃がす。ついて来てくれた侍女が心配そうに声をかけて来るので頭痛が……と答えた。学園の外観だけ入学前に下見しておくだけだったから、直ぐに王都の子爵家のタウンハウスに帰る事になった。
帰宅後、頭痛のためにそのまま眠りについた私は、目が覚めた時には日本人のアラサーOLだった前世を思い出した。
「まさかの乙女ゲーム世界転生……。あの、前世で流行りまくった異世界転生のテンプレか……」
ガックリしつつ、ライトなゲーマーだった私は、取り敢えずこの乙女ゲームも一応攻略していた。と言っても、王道の第一王子をヒーローにして攻略したらお終いにしたので、他の公爵子息だの騎士団長子息だのの名前も顔も覚えてないし、攻略方法も知らない。
ついでに私の立ち位置は、お決まりの悪役令嬢の取り巻きの1人。
既に彼女には会っているけれど、性格は穏やかで悪役令嬢には程遠い。おまけにオドオドしているので、ゲーム内みたいにヒロインに注意を促すとかキツイ発言をするとか無いない。有り得ない。で。彼女は上位貴族なので、足を引っ掛けて転ばすとか靴を隠すとか、そんな陰湿な虐めもしない。というか、多分、その発想が無い。
ゲームの彼女と現実の彼女の乖離が激し過ぎる。
というか、私は前世の記憶を取り戻す前から彼女の取り巻きではなく“友人”の座を手にしていて、穏やかでオドオドしている彼女は、ちょっとした段差で直ぐに転ぶようなおっちょこちょいを発揮するため、面白くて観察日記を付けていた。彼女の了承も得ていて、恥ずかしそうに、私の観察日記を読んでいる。
その彼女がヒロインを虐める?
無いない。
ヒロインは、平民。学園は貴族も平民も関係なく才能豊かな子ども達に門戸を開く、という建前が存在しているので。
ゲームでは、悪役令嬢という立ち位置の彼女の婚約者である第一王子とヒロインがお決まりの入学式での劇的な出会いから始まる。
その出会いから第一王子とヒロインは急激に接近して恋に落ちていき、それが気に入らない彼女が悪役令嬢として立ちはだかって、2人の仲を引き裂こうとする。でも、それが更に2人の仲を深めていき……悪役令嬢の彼女は、1年生最後の学園登校日(所謂修了式)で皆の前で婚約破棄アンド国外追放という、どこまでもどこまでも何番煎じ? と聞きたくなるようなお決まりパターン。
このゲーム、そんなに人気なかったもんなぁ。
だってテンプレばっかで真新しいもの何も無かったし。既に出尽くしたパターンだったから。私? 無料アプリだったからダウンロードしてやっただけ。取り敢えず、無料アプリだったら何のゲームもトライするゲーマーでしたので。
でもなぁ、悪役令嬢ポジションの彼女、侯爵令嬢のインディって、悪役にはなれないよねぇ。それにこの婚約は、インディは望んでなかったし。王命だったから受け入れただけ。第一王子が立太子していないから、王太子妃とも言えないけど、妃教育は私と出会った頃にはすでに受け始めていて。
微笑みに全てを隠せ
と言われて、どんなに嫌な事や苦しい事や悲しい事や辛い事が有っても微笑め、と言われている。
そう言って泣きそうに微笑んでた。
「こんな妃教育なんて受けたくなかったよ」
ポツリと溢した愚痴は、誰かの耳に入ったら不敬に問われて罪になるから、部屋でしか言えない。それを私が知っているのは、私は聞いてないから、言いたいことを吐き出して、と散々説得したから。
そうじゃなければ、インディは周りからのプレッシャーで潰れていた。家族も王家も妃教育の家庭教師も他の貴族達もみんなみんなインディにプレッシャーを与えていた。
というのも、ゲーム上では眉目秀麗で学力トップで剣を持たせても右に出る者が居ない上に優しくて誰に対しても分け隔てない完璧第一王子と言われている攻略対象のエベルだが、実際のエベルは顔は良いけど、学力は学年で二十位以内。剣を持たせても中の上だし、ちょっと爵位で人を見下す所が有る平凡よりやや出来るだけの偏見王子だから。
インディは、エベル殿下のそういう部分をフォローするために婚約者になったわけで。それもインディが内気で大人しいというのも選んだ理由だろう。要するに逆らわない、と思われているわけだ。
それは、国王陛下及び王妃殿下の考え方もそうだし、インディの両親である侯爵夫妻も娘を何でも言う事を聞くイエスマンならぬお人形に仕立て上げたので。言わば毒親だね。当然妃教育の教師も他の貴族達も、ちょっと平凡な第一王子を支えられるように、とインディにプレッシャー与えまくり。
さすがに私は見ていられなかった。日記はその証拠にもなると思う。
私は子爵家だし、モブなんだけど。いや、だから、かな。ゲームには無い設定というか、ゲームの裏設定なのか。いや、現実だから?
うん、まぁなんだ。実は我が家は凄い家だった。
我が家の話はまぁ後回しにして。
学園に入学してから、今後のことを考えよう。インディの気持ちも確認しておかないと。
インディの侯爵家は貴族家の中で一番上。その上の公爵家というのは、王族が臣下になった際に興すもので、しかも公爵の爵位は初代から五代まで、と決まっている。その五代の間に爵位に恥じぬ功績を立てると家の存続が決まるけれど、立てられないと六代目となる者は男も女も結婚は許されない。
ちなみにどちらでも監視が付いて、未婚の父若しくは母になる可能性は潰される。何故なら六代目の時には公爵家は断絶されるから。だから六代目となる子は生まれた時から監視対象と言っても過言ではない。死ぬまでその監視は解かれない事になっている。それが公爵の爵位を持つ家の運命。
それに対して臣下が昇進を重ねた一番上というのが侯爵家になり。インディの家は侯爵家なので、臣下達のトップということ。そして、どうも王家との強い絆を作りたいようで、インディの両親はどうしてもインディを第一王子に嫁がせる、とプレッシャーを与えていた。
インディの家は養子を貰っているから跡取りの心配も無いし。尚、その養子もインディの両親がプレッシャーを与えているのは知ってる。だって攻略対象だもん。インディの義弟にあたるけど同い年なんだよね、養子だから。ゲームでは妃教育を受けていて実の両親からのプレッシャーもものともしない、完璧淑女だけど、性格の悪い義姉であるインディを嫌っていて、ヒロインと出会い、ヒロインを虐めているのがインディだと知って、その証拠集めをして国外追放に一役買うんだよね。
現実は、義弟のライル君は、両親や使用人達からプレッシャーを与えられているのをインディに見られて、インディに庇われこっそり優しくされているから、ライル君はインディが嫌いではない。現時点では。って所。私も第一王子以外の攻略対象の記憶が蘇ってビックリだけどね。他の攻略対象キャラにも会ったら思い出すのかな。
いや、でも。
あれか。第一王子の婚約者の過去みたいなので見た気がしないでもない。
そもそも、もうだいぶ思い出せないし。
インディの性格が違い過ぎるし。
まぁ万が一婚約破棄なんて突き付けられたら、私の日記が役に立つかもねー。
……なぁんて考えていた事も有りました。
世界中の皆さんに告ぐ。
フラグは立てるな! 回収するだけだぞ!
……ええ、見事に。今、目の前で、インディが婚約破棄されているんですよ、ガチで。
いやぁ……なんでこんな事になったんだろうなぁ……
あっという間に、気付いたら入学しちゃってさ。エベル殿下の目の前で隣にインディという婚約者が居るにも関わらずですよ? ヒロインちゃん転んじゃってさぁ。エベル殿下が手を差し伸べて助けてあげて、ヒロインちゃんが恋に落ちました。エベル殿下? うん、こっちも平民のはずなのに何故か美しいヒロインちゃんに一目惚れしてましたよ?
インディも可愛いんだけど、性格が災いしてか、その可愛さが仕事しなくてさぁ。
アレですよ。
いっつもニコニコして明るい性格の中の上の子と、顔立ちは綺麗なのに大人しくて俯いている子。どちらがモテるかって言ったら前者、みたいな。
ヒロインちゃんとインディはまさにそんな感じでねぇ。エベル殿下とヒロインちゃん、恋に即落ち。インディも気付いたみたいでね。速攻でお父様にご相談したらしいんだけど。アレね、殿下に好きな人が居るようなので、身を引きますってヤツ。
ご両親は話を聞かないし、国王陛下には寧ろ、平民と恋に落ちたようですから、愛妾に迎え入れるように進言したらしい。エベル殿下の為になる、って事で。陛下も恋人が出来たならそれが良いねっていう事で。インディが正妃でヒロインちゃんは愛妾という事がお偉い人達の中で決まったらしいよ。
インディが泣いて教えてくれた。
別にインディはエベル殿下を好きってわけじゃないけど、結婚もしてないのに愛人を迎える事が確定した結婚なんて、そりゃあ嫌だよね。でも王家が決めた事だから、って泣く泣くインディは受け入れたんだけど。
インディは、なんていうか。
運が悪かった。
いや、ホントに。
別にヒロインちゃんを虐めてなかったのに(というか、インディの性格上、イジメなんて有り得ない)偶々ヒロインちゃんが誰かから嫌がらせされた所に立ち合った形になる事、数回。
それに運悪くエベル殿下が居合わせる事、数回。
結果。
エベル殿下登場。→ヒロインちゃんが泣いてる。→インディがその場に居た。=インディがヒロインちゃんをいじめた。
という図式が見事に成り立っちゃって。
良く言えば素直。悪く言えば単純、いや、単細胞。というエベル殿下は、その数回でブチ切れてゲーム展開丸無視で、学園始まってから数ヶ月も経たずに、インディに婚約破棄を言い渡している。イマココ。
大事な事だからもう一度言う。
なんでこんな事になってるんだろう……。
エベル殿下ってゲームよりもお子ちゃまというか視野が狭いというか。いや、ホントなんでそんなに単純なんだ? コレが王子でこの国大丈夫か? いや、王太子じゃないからまだマシ? いや、でもなぁ……。エベル殿下、インディに婚約破棄を突き付けたら王太子になれないよ? 後ろ盾無いもんね。エベル殿下は前王妃の子。エベル殿下を産んで儚くなったんだよなぁ、前王妃。現王妃はエベル殿下が3歳の時に他国からお迎えした王妃で、現王妃は第二王子殿下・第三王子殿下・王女殿下を産んでいらっしゃるからなぁ。
そして他国の元王女という現王妃殿下と我が国の侯爵家の令嬢だった前王妃殿下。どっちが後ろ盾が強いかと言えば、現王妃殿下だよね。エベル殿下、実は王太子になるつもりが無かったのか……?
取り敢えず、もう唐突に婚約破棄を突き付けちゃって、取り返しが付かないからなぁ……。仕方ない。
「少々お待ちを、エベル殿下」
もし、ゲームのまんま、婚約破棄が突き付けられていたならば、あまり目立ちたくないって思っていたから、まぁゲーム展開より遥かに早い上に、インディが貸し切りにしていた学園のサロンに勝手に乗り込んで来たエベル殿下とヒロインちゃんだから、この場に居るのは幸いな事に、インディと私とエベル殿下とヒロインちゃんしか居ないんだよね。これならば、私も伝家の宝刀が抜けるってもんよ。
「なんだ、お前は」
あ。お前呼ばわりして来たよ、この王子。ゲームじゃ確かこんなじゃなくて、男女問わずに「君」 とか「貴方」 とかそういう呼びかけだった。やっぱり此処はゲームの世界じゃない。
「わたくし、子爵位を賜っているナッズ家の嫡女・マエロと申します」
「子爵家の娘が何だというのだ。大体何故此処にいる」
……いやいやいや。私、最初から居たよ? インディが私とのお茶会をしてくれるから、このサロンを貸切にしてくれたんだよ? まぁ正確に言えば、色々溜め込むインディのためにお茶会しようよ、と誘った私のために、貸し切ってくれたんだけどさ。そこへ割り込んで来たの、アンタとヒロインちゃんだから。
「わたくし、最初から此処におりましたわ。インディとは身分を超えて友人ですもの」
ニッコリと笑って遠回しに割り込んで来たのはお前らだ、と言ってやる。私のホホエミにビビったのか、王子とヒロインちゃんが怯えた。ハンッ。こんな程度でビビるくらいならインディにケンカなんぞ売らなきゃ良いんだよ。
「そ、その子爵家の娘が何の用だ」
「殿下。インディは其方の令嬢を虐める事実は有りません」
「なんだと⁉︎ インディは、ルリルが嫌がらせをされた場にいつも居たのだぞ!」
ヒロインちゃん。そういえば、ルリルって名前だったっけ。呼び難い名前だなぁって思い出した。ルルルとかリリリとかルリリとかリリルとかなら、まだ呼び易いのに、とか要らん事まで思い出したわ。
「確かにインディがその場に居たのは間違いないでしょう。但し、殿下がその場に着く直前にインディが現れる、といった具合です。先程、殿下が仰っていた日にちのスケジュールをわたくしは登校した直後から下校寸前まで全てを把握しています。こちらをご覧下されば、その日にどのような行動をしていたか、一目でお判りか、と」
私は持っていた観察日記を差し出す。
ついでに、殿下が虐めていた、と言い張る日の観察日記もきちんと書いている。
例えば、2ヶ月前の○日は、登校時刻が記入され、一時限目は国外の歴史を学ぶ外国史。十五分の休憩中にはお花摘みに行った後は二時限目の古代語の教科書予習。二時限目の古代語が終わると三時限目と四時限目は淑女教育の一環で中庭でのお茶会講座なので、直ぐに二時限目後の休憩中に中庭に移動。四時限目終了後は昼食を摂るために食堂に行くため、お花摘みに行ってから食堂にてランチ。その後四時限で終了だから帰り支度をするために教室に戻る途中、私と共に泣き声が聞こえた教室を覗いたら、ルリルさんが泣いていたのでハンカチを出している。
「つまり、わたくしがずっと側におりましたの」
「そ、それがどうした! 貴様もルリルを虐めていたのだろう!」
あーあ。貴様呼ばわりして来たよ。こりゃもうダメだな。私は溜め息を吐いて。王子にヤレヤレと首を振ってやる。
「なんだ! その人をバカにした態度は!」
いやだって、バカじゃん?
「殿下。インディは殿下の婚約者です」
「それがなんだ。今までは、だろう」
私が急にそんな事を言い出すなんて、と訝るようだ。
「そうです。という事は、インディには監視の目がついています」
「監視の目?」
「殿下は、王族。その婚約者は準王族。つまり、殿下と同じく、インディの行動は特に監視されていました」
「監視? 誰に? お前か?」
「わたくしでは有りません。わたくしの役割は別にございます」
「役割? まぁ良い。では、誰が監視をしていた?」
「教師全員です」
「は?」
あー、なんでコイツが王子なんだろうなぁ……。ホントバカ。
「聞こえませんでしたか? 教師全員です」
「バカな」
「いえ、本当ですわ、エベル殿下」
私が繰り返すと王子がバカな、と嘲笑したので、インディが私の意見を速攻で肯定する。さすがにインディも嘘でしょう? という顔をしていた。
「な、何を言って……」
「いえ、エベル殿下も王族教育でお聞きになられたはずですわ。学園は王立。つまり王家が私費で立ち上げたもの。その頃の貴族は伯爵位以上の子息・子女しか高等な教育を受けられないという風潮を嘆いた当時の国王陛下が国の予算を遣う事なく、私費で学園を立ち上げ、建設し、全ての貴族に同等の教育を、という理念の元に学園が開始した、と。しかしながら、開始直後から上位貴族による下位貴族への見下しが問題視され、上位貴族や王族に、そのような愚か者が居る事を憂えた創始者にして時の国王陛下が、教師全員を監視役とする、と宣言された、と。これにより、下位貴族出身だろうと上位貴族出身だろうと教師になった方々は、愚か者を出さないように子ども達を教えながら監視する事になったわけですわ。同時に、教師全員が監視をする事で、虐めも無くなりましたし、王族の婚約者への嫌がらせも無くなりました。逆に王族や王族の婚約者による虐めも行われなくなりました。その実績から王族や準王族が学園に入学しますと、特に監視の目が強くなります。もちろん、殿下も対象ですわ」
あー……、王子、顔色がすっかり青じゃん。ヒロインちゃん……いや、ルリルも顔色真っ青。
「そ、そういえば、そんな事を聞いた、な。だからこそ、王族として品位を損ねず振る舞いを意識するように、と言われて……と、いう事、は」
「わたくしには其方の方を虐める事は出来ませんわ。学園に何人の教師がおられるか殿下はご存知でしょうか。わたくしも人数は把握しておりませんが、学園に登校してから下校するまで、常に教師と会っております。その度に背筋を伸ばし、振る舞いには気を配っております。わたくしが其方の方を虐めた、と殿下が仰られた日も、おそらく教師のどなたかには見られていたと思いますわ」
インディが呆れたようにルリルを虐めていない理由を話す。教師に見られていながら虐めなんて出来ないし、抑、もし虐めたとして、教師が必ず見ているのだから、速攻で指導を受けて学園を退学させられている。だって、そのための監視だもん。相応しくない振る舞い=学園の生徒としても相応しくない。という事で、その場で退学決定されて即退学。
実際、過去にそんな上位貴族の子息が居たので、嘘偽り無し。それが解っててそんな無謀な事をするわけ無い無い。しかも退学させられたら社交界で噂が瞬時に駆け巡る。自分の貴族生命其処で終了。なんてデンジャラスな真似、出来ない出来ない。
「では、本当に虐めてないんだな?」
「もちろんです」
真っ青な殿下の確認にインディが頷く。
「ちなみに、殿下とそちらの令嬢のやらかしは、多分、学園長に報告がいってると思いまーす」
ついでに私はダメ押ししておく。王子とヒロインちゃんが、ハッとした表情で去ろうとしているから、インディを見る。
「インディ、婚約破棄了承しないの?」
「あ、そうでした。殿下、婚約破棄は承りました。王家有責での婚約破棄だと学園長もご理解しておられるでしょうし、国王陛下へそのようにお伝えして下さる事でしょう」
綺麗なカーテシーを決めたインディに、ニヤリと笑った私は、真っ青から真っ白に顔色を変えた王子にも一つダメ押しとばかりに、私のペンを見せた。ヒロインちゃんには見せても解らんだろうけど。
「このペンは……」
王子は私の書けないペン先を見てハッとする。このペンは、インクを入れて使用するものではなくて、ペン先に付いている紋章を見せるための物。さすがに長年の王族教育で、何度も何度もクドクドと聞かされ、見せられて来た紋章には覚えが有ったか。良かった良かった。
「この件は、私から国王陛下に奏上させて頂きます」
おそらく聡いインディは、私の正体に気づいているだろうけど、一応、私の家が『王家の天秤』 で有る事は秘密なので、インディには知らないフリをしてもらおう。だから、今も王子にしかこのペンは見せてない。
『王家の剣』 は、王家の為に率先して敵を打ち倒す。
『王家の盾』 は、王家を守る。
『王家の天秤』 は、唯一王家を監視する。歴代の国王の中には愚王が現れないとも限らない。だから、天秤の片方は王家。片方は国民が常に天秤に乗り、多少揺れても釣り合いが取れるのなら構わない。その天秤が王家に傾く……つまり愚王や愚かな王族が出た時は、我が家が審判者となって、王族を罰する。つまり、国王陛下を罰する事が出来る家。と言っても家そのもので判断しない。判断するのは、天秤の紋章を所持している者のみ。
つまりまぁ、現時点では、私の父と私のみ、だ。
王子は真っ白から土色に顔色を変化させて、来た時の勢いを消し飛ばして、項垂れてサロンを出て行った。
「さて。これで良かった? インディ」
「え、ええ」
「もう、ネコ被んなくて良いんじゃない? 婚約破棄はされるはずだし」
「ネコ?」
「アレでしょ? 学園長と全教師と私と、多分ルリルって子も巻き込んでの婚約破棄劇でしょ?」
私がそう言えば、インディはいつものか弱そうな微笑みとは打って変わって艶やかに微笑んで「バレてたのね」 と言った。そうだろうと思ってましたよ。
「だって、インディは妃教育を受けてる王子の婚約者。王城内にも足を引っ張るような奴ら多いだろうし、あんな子を虐めたなんてあからさまな状況に引っかかるとは思えない」
「さすが、王家の天秤ねぇ」
「知ってた?」
「うん。家は把握していたからね。それと、わたくしと同じ転生者だって事も」
「ウソ⁉︎」
「ホント。わたくし、殿下と婚約した時に思い出してね。絶望したわー」
「えっ? 悪役令嬢だから?」
「あ、わたくし、悪役令嬢なの? そっち系は疎いのよ。そうじゃなくて、殿下との婚約に。わたくし、前世は所謂オジ専で。15歳以上離れてないと、ときめかなかったの。だから好きな俳優さんとか高校で50代60代だったの」
「あー、そういう……。そりゃあ王子との婚約は無理だったろうねぇ」
「そうなのよ! 寧ろ、国王陛下にときめいたわ。殿下とわたくしが5歳。国王陛下は32歳。ちょっと若いけど、殿下よりは、ねぇ。一番ときめいたのは、先代国王陛下から仕えている48歳の宰相様と42歳の騎士団長様よ」
「あー。成る程。でも宰相様ってハゲてない?」
「別に気にならないわよ」
「そうなんだ」
「あ、言っておくけど、不倫反対派だから! ときめいたけど、別にどうこうなりたいわけじゃないから!」
「言葉崩れてるよ。取り敢えず、不倫反対派なのは解った。じゃあどうしてあの子巻き込んだの?」
「ルリルちゃんのこと? 殿下の好みの顔立ちなのよ。美人より可愛い綿菓子みたいな子が殿下の好みなの。彼女には、ダメになった教科書は新しく買うし、持ち物も新しく買うからって約束して。彼女、迷ってたみたいだけど、実家の困窮にもお金を出すって言ったら乗ってくれたのよ」
「金で買ったのか」
「言い方! で、まぁ、学園長に、ハッキリと殿下とは婚約を破棄か解消したいって告げて。学園長は王弟でしょう? 渋っていたんだけど、条件を出したら速攻で頷いてくれてね」
「条件?」
「学園長って独身でしょう? 国王陛下のスペアとして育てられて、国王陛下が王位を無事に継いだけれど、王太子が決まらないと結婚出来ないのよ」
「そういえばそうだね。今、学園長って……」
「年齢? 陛下の2歳下だから、わたくしが現在15歳。陛下が42歳。つまり40歳ね」
「嫁の来手が無いのか」
「でも、わたくしは寧ろそれだけ離れている方がいいから。わたくしが学園を卒業する17歳で結婚して欲しい。ってお願いしたの。それが条件」
つまり、インディと学園長の私欲じゃん……。えー。それに私、巻き込まれたの? あと、ヒロインちゃんも巻き込まれたのか。ヒロインちゃん、演技上手かったねー。(現実逃避)
「そんな事に巻き込まれたのか、私」
「元々、エベル殿下を王太子にはしたくない人が多かったのよ。国王陛下も迷っておられたし、宰相様は大反対だったの。後ろ盾のことも有るけど、ちょっと流され易いというか視野が狭いことが懸念されていてね。でも、婚約者がわたくしなので、何とかなるって国王陛下は思われていたみたい。そんなわけで、学園長と結婚したいわたくしは、学園長に第二王子殿下を推してもらいつつ、婚約破棄された哀れなわたくしを娶るという筋書きを、ね」
「はぁ。インディにはすっかり騙されたなぁ」
「ふふ。一応これでも次期王妃として教育されたからね。尤も王家の闇的なのは学んでないわ。結婚するまでは……って王妃教育の先生にお願いしていたの。だって、エベル殿下の教育が間に合わないんだもの」
「はぁ成る程」
「とにかく、一応王家と縁付きたいわたくしの家の意向は汲んで有るから、わたくしの結婚にとやかく言われる筋合いは無いでしょうし、あの子の家への支援もしました。と言っても、平民に多額のお金は色々拙いから、あの子の父親へ別の仕事を与えたんだけどね。賃金が上がったから生活は少し楽になったはずよ。エベル殿下は、国王陛下の命で結んだ婚約を勝手に破棄したから王位継承は剥奪。後は学園長が少しアドバイスをして、小さな領地を与えて子爵か男爵くらいで生活をしてもらう事になるわ。ルリルさんが殿下と結婚したければ、それはそれで構わないってルリルさんには言ってあるし」
「いや、ほんとに策士ね。私もすっかり騙されたし」
「褒め言葉として受け取っておくわ。でも、エベル殿下には国王は務まらないもの。潰れてしまったと思うわ。わたくしが支えている事に気付けないのだから」
「そうなの?」
「自分一人で頑張ってる、と思ってる所が有ってね。だからどんなに支えていても、気付かずに自滅していたと思うわ。それだったら小さな領地の領主がちょうど良いはずなのよ」
「そりゃそうね。解った。まぁ巻き込まれたのは癪だけど、結果オーライならそれで良いわ」
「結婚式には招ぶわよ。わたくしは、あなたを親友だと思っているから」
「それはありがとう」
そんなわけで、インディとエベル殿下の婚約は王家有責で破棄され、エベル殿下の処遇はインディの言った通り。ヒロインちゃんは、本当に優秀だったので、元殿下のエベルさんを助けたい、と結婚してエベルさんを支えている。インディは予定通り学園長である王弟殿下と結婚。いや、結婚式観たけど、インディがめっちゃ王弟殿下にうっとりしてたよ。面白かったから観察日記に書いといた。
インディの侯爵家は予定が少し違ったけれど、念願の王家との繋がりに満足。ついでに義弟のライル君も侯爵家の跡取りとしてだいぶ義両親のあしらい方が上手くなったらしい。まぁ機嫌が良いのも有るんだろうけど。王太子は第二王子殿下に決まり、第二王子殿下の婚約者は王太子妃になる事が内定した。
私? 王家の天秤としての役割を果たすべく、学園卒業後は教師として学園に居ます。今回の事で判ったけど。学園内は親の目が届かない。だからこそ、教師が親の代わりに大人としての目を養いつつ、見守る必要が有るみたい、だと。
来年には、第二王子殿下とその婚約者が通うからね。私の役割はまだまだ終わらない。
(了)
お読み頂きまして、ありがとうございました。