天使なあの子
百合です。
「(あ…今日もいる。)」
この学校の図書室には天使が存在する。
勿論比喩であって私のいう天使は人間だ。ただ彼女をどう表すと問われたら、天使以外あり得ないと思う。
いつも本を読んでいる彼女。
パッチリとした、潤んで見える瞳に長い睫毛。
艶のある髪に控えめな唇。そして全体的に小顔であることが、さらに一つ一つのパーツを目立たしている。
「(今日も天使に会えた。)」
近衛さん。
それが彼女の名前。それ以上知っていることは残念ながらない。
勿論話したこともなく、名前を知ることができたのだって偶然だった。
……………下の名前は知らないけど。
制服を着ているから生徒だと思うけど……。
いや、そんなことはどうでもいい。
大事なのは、今日も彼女に会えたこと。同じ空間にいられること。
欲を言えば、彼女の美しい瞳に映りたい。でも高望みは胸にしまったまま。こうして一緒にいられることに感謝しよう。彼女の読書時間を邪魔したくない。
図書委員の仕事とは言えば、貸し出し状況を確認して、本棚の整理くらい。
整理は普段からやっているからほとんどすることない。やることがなさすぎて、本を読んでも基本的には怒られないけど。
でも本好きではない限り、これ以上退屈なことはない。だから人気のない委員会の一つで、正直私も不本意だったけど…。
でも今ではよかったと思う。
彼女に会えた。
彼女と同じ空間にいられる。
それだけで幸せだ。
天使を初めて見たのは高二で図書委員になった直後。
担当の日に図書室で、のんびりしていたら…彼女は現れた。
一目で惚れた。
いや惚れたとかおこがましい…そう思えるほど輝いて見え、それからの担当の週はもう待ち遠しくなった。
「(可愛いなぁ。)」
本を読む振りをして、彼女をチラチラ見る。
見ているだけで癒される。
ずっと見ていられるし、見ていたい。
ガラッ。
「グッド!!イブニーーング!!」
しかし、その声は私の唯一無二の時間を終わらせた。
「…………。」
「え、ちょっ!冷たっ!視線冷たいよ!」
「………何しにきたの。」
せっかくの祝福の時間が台無しだわ。
「部活早めに終わったから一緒に帰ろうと思ってさ!」
「部活仲間と帰ってください。」
「冷たっ!冷水吹っ掛けられたみたいだよ!大事な幼なじみにひどくない!?」
相変わらずテンション高めなのが幼なじみの山西海未。
何だかんだ小学校の頃からの付き合い。
私にとってはそんなただの幼なじみよりも天使優先です。
言ったら笑われるから言わないけど。
「終わりの時間まだだから。」
「施錠は先生でしょ?途中で帰ってもバレないよ。人ほとんどいないし、借りる時は紙に記入するだけだし。」
「………人いるけど。」
大事な大事な天使がいます。
「なぁ恵那。いったいどうしたのさ。最近委員の仕事、やる気になって。」
「別にそんなんじゃないよ。」
やる気というより、彼女を眺めていたいだけ。ただ彼女と静かな時間を過ごしたい。
ただそれだけなのよ。
ちなみに、恵那というのが私の名前だったりする。
「とにかく図書室では静かにして。」
「むぅ。恵那が一緒に帰ってくれないと夕飯ご馳走になるからね!」
どういうことよ。
なぜいきなり夕飯の話になるの。
………やめよ。
海未にツッコミいれるだけ無駄だし。
「あぁもう、分かったから…。帰ってあげるから下駄箱で待ってて。」
「よっしゃ!ちなみに今日は唐揚げがいいなぁ。恵那の唐揚げ大好き!」
なんで一緒に帰ってあげるのに、私の家で夕飯食べることになってるのよ。
「はぁ……。」
自由人すぎるでしょう…。
「すみません。」
「あ、はい……………ぇ?」
思わず固まってしまった。
だって…だって!!
「本を借りたいのですが。」
天使が初めて話しかけてきたのだから。
初めて声を聞いた。
少し高めの声。
ヤバい…これはヤバい!!
「恵那?」
「あ……え、えっと用紙はそちらに…。」
なんで?
彼女が本を借りたのは今日が初めてじゃないのに。
いや、そんなことはどうでもいい。
声が聞けただけで!!
うわぁ…睫毛長い…。
可愛い……天使……。
「これでいいですか?」
「あ、はい。」
今日はなんて幸運な日なの。
海未来訪でテンション最悪だったけど、そんなことどうでもいいわ!
むしろ海未のおかげなのかな?
実は幸運を運ぶ何か?
「それから図書委員さん。」
「な、なんですか?」
図書室を出ていこうとする天使は、私の方を振り向いた。
あぁ二度も話しかけてくれるなんて…。
「図書室では静かにして下さい。うるさいかったので、今後はお願いしますね。」
…………………。
うん、今なら死ねるよ。
「ちょ、恵那!いだ!本で殴らないで!?」
前言撤回しましょう。
こいつはただの疫病神ですね。
ってことで疫病神は滅べ。
「あんたのせいで怒られたんだけど。」
「わたし!?わたしのせいなの!?」
あんたが来なかったら怒られることも嫌われることもなかったんだよ!
絶対に……………嫌われたよね…………。
「恵那?どうしたの?」
「………別に何でもない。帰ろ。」
うぅ…泣きたい。
きっと天使はもう図書室に来てくれることはなくなるよね。
「あれ、恵那。」
なんだい疫病神海未。
「これってさっきの可愛い女の子の?」
「見せて!!」
「勢いどうした!?」
天使がいたところに、羽根………ではなく栞が置いてあった。
とても可愛いデザインの栞。
どうしよう。
これ……場所的にも天使のものだよね。
すぐにでも返したいけど…。
「うーん。もういないっぽいよ。」
「……そっか。」
また図書室に来てくれるだろうか。
本を借りたのだから来るには来るだろうけど、私のいる時間に来てくれるとは限らないし……嫌われたから…うん、来ないだろうなぁ。
うぅ………せめて天使のクラスさえ分かればいいのにぃ。
「まぁ図書室の忘れ物いれに仕舞っておきなよ。他の図書委員にも伝えたら誰かが渡してくれるっしょ。」
「それしかないのかぁ。」
出来れば直接渡したいのだけれど。
そしてまた眺めていられる生活がしたい。
でも来てくれるとは限らないし、何より天使はこれがないと悲しむかもしれない!
それは話すことができないことよりもショックなこと!
だったらこの栞が天使のもとへ届くようにすることが最優先!!
「分かった!メッセージとばす!」
「え?今?帰ってからでも……。」
うるさい、今だよ。
だって何よりも最優先なのだから。
あんたの夕食とか都合なんて一番最後なんだから!!
「よし!これでおっけ!帰ろ!」
「やったぁ!ようやく唐揚げが…。」
「何言ってるの?今日鯖の塩焼きだから。」
「ええぇ!!恵那の悪魔!!意地悪!」
当然でしょう?
天使に嫌われた原因にはきっちり仕返ししないといけないわ。
「それからほうれん草のお浸しかな。」
「いやぁぁぁあ!!嫌いなものばかり!!」
ふふふ。
これくらい我慢しなさいな。
それほどまでに私から天使を遠ざけた罪は大きいのよ。




