60 祝福の薬
司教は小瓶の中の液体を一息で飲み干した。するとすぐさま体に変化が現れる。
みちみちと肉が千切れるような音と共に体は肥大化していき、手足の先端には鋭利な爪が現れる。そして口は大きく開き、鋭利な牙が生え揃った。
その変貌の仕方は、サザンの使う龍転身に似ていた。
龍転身と同じく痛みが伴うのか、司教は悲痛な叫びをあげている。それでも正気を失うことは無く、常にサザンを見据えている。それは強固な意志を持っていることの表れでもあった。
「はぁ……はぁ……どうだ、この姿が恐ろしいか?」
「……」
「言葉が出なくとも無理はない。この姿を見てそうならなかった者は今までいなかったのだからな」
司教は恐ろしい魔物の姿でそう話す。それを聞いたサザンは、この姿の司教に殺された者がいたことを即座に理解した。
「なるほど、直接手を下すのはこれが初めてでは無いみたいだな」
「仕方が無いのだよ。教団の威厳を守るためにはね。知ってはいけないことを知ってしまった愚か者を始末した……それだけのことだ」
「そうか」
サザンがそう言い終わると、司教は地を蹴りサザンに飛び掛かる。口を大きく開け、肉など容易く斬り裂いてしまうだろう鋭利な牙で噛みつこうとする。
「いくら祝福を無効化出来ようと、物理的な攻撃を受ければただではすまないだろう!!」
サザンは避けようと身を捩るが間に合わず、腕を噛まれてしまった。司教はそのままサザンの腕を噛みちぎろうとする……しかしどれだけ強く噛みついてもその牙がサザンの肉を裂くことは無かった。それどころか硬い金属でも噛んでいるかのように、司教の牙の方が削れていく。
「どうなっているのだ……」
「俺と同じような力だから一時はどうなるかと思ったが、それもいらない心配だったみたいだ」
「なんだと?」
サザンは自身にかけていた人化の付与魔法を解除し、龍の姿を露わにする。一番最初に龍転身を行った時の、目立った特徴の無い龍の姿。それでもこの地下空間の中では天井に頭がぶつかりそうな程に巨体である。
「な……なんだその姿は……!」
司教は目の前で起こっている事が受け入れられないとでも言うように、目を見開きながらそう叫ぶ。魔物に変貌した後のような自身に満ち溢れた雰囲気は消え去り、恐怖が芽生え始めている。
「俺の能力だ。今のアンタと似たようなものかと思ったが、能力は圧倒的に俺の方が上のようだな」
「ふ、ふざけるな……大司教様に頂いたこの力が負けるはずは……!!」
司教は震える足を無理やり動かし、サザンに近づいて行く。そして爪での攻撃を行ったのだが、その全てはサザンの硬い甲殻に弾かれてしまう。
強大な存在に立ち向かう司教の行動は、勇気と言うには余りにも無謀であり蛮勇と言う他ない。
「化け物め……!」
「化け物ね……確かにそう見えるだろう。きっとお前らの蛮行を受け続けた国民も、お前らの事を化け物だと思っているだろうな」
「貴様、教団を侮辱するか!!」
サザンの言葉に逆上し、勝てないことを分かっていながらも攻撃を繰り返す司教。その攻撃を難なく弾き返しながら、サザンは司教が飲んだ液体について思考を巡らせる。自身の龍転身に似た力を与えるものが存在するとなると危険だと考えたのだ。
ただでさえ祝福と偽られた状態異常魔法が存在するのに、そこに能力を上昇させる薬も存在するとなれば厄介極まりない。そこそこ腕の立つ者ならばともかく、多くの者は対抗する手段を持たないだろう。そのためサザンはこの液体の正体を突き止め、その流通を止めることを考えたのだった。
「聞きたいことがある。その液体は誰から貰ったものだ? そしてその液体はどこでどうやって作られている?」
「そのようなことを聞いてどうするつもりだ」
「この国のためにも、その液体の流れを止める。そしてあわよくば教団も壊滅させてもらおうか」
「そのようなこと、許すわけが無かろう!」
「許す……今この状況で言えることか?」
サザンに対して有効打を持たない司教だが、それでも強気に答える。それはまるで、まだ何か対抗策を持っているかのようだった。
「……やはりこれしか無いようだな」
「何?」
「大司教様より賜りし祝福の薬は、必ずや悪を滅ぼす! いくら貴様でもこれには耐えられまい!!」
そう叫ぶと、司教の体は大きく膨れ上がり赤黒く光り始める。それを見てサザンは警戒し、司教から距離を取る。
「今更もう遅い! この身体を星龍様に捧げ、祝福を頂くのだ!! ははっはははっはは」
サザンは司教の体の異常性を感じ取り、地下空間全体に防御壁を張った。司教の中心で魔力が増幅していることから、魔力爆発を起こすことを見抜いたのだ。
そしてその読みは正しく、数秒後には司教は辺り一帯を巻き込んで爆発を起こしたのだった。
「ここが王城の地下だって理解しての行動か……?」
司教はこの空間が王城の地下であり、城内には教団の仲間がいる可能性があるにも関わらず爆発の道を選んだのだ。サザンに対しての唯一の有効打だと言う考えからか、情報をサザンに渡さないためという考えからか。どちらにせよ王城が凄惨な状況になることを分かったうえで行ったことだった。
その事実にサザンは行き場のない怒りを覚える。と同時に、教団が腐敗しているだけでなくその内部の者の人間性にも問題があることを改めて理解したのだった。
祝福の薬と呼ばれた液体の正体を突き止め、その流れを止める。そして教団を壊滅させ王国を健全な状態に戻す。直接的に関係が無いとは言え過去の自分が関係しているこの事態を、サザンは何としてでも止めようと動き出した。




