お城に呼ばれて
―――それは私がお父さまと一緒に侯爵邸で暮らし始めて暫くしてのことだった。
「キア、実はアレクに城に呼ばれたんだ」
「王さまにですか?」
お父さまの言う“アレク”とは、アレクセイ・クローネ国王陛下の愛称である。未だにふたりの関係性はよくわからないが、愛称で呼ぶくらいには親し気である。いや、このサイコお父さまが珍しく言うことを聞く対象でもあるのだ。
「キアを連れてきてって」
わ、私もっ!?
私は何故か定位置になっていたお父さまのお膝の上で驚愕していた。
「もちろん、強制はしないって。行ってみたい?」
「えっと、その」
「もちろんお父さまも一緒だから平気。キアに手を出したら全員殺すから」
それは全く平気じゃないっ!!
「あの、目立たないように行けるなら」
お父さまと一緒にお出かけか。毎日でろ甘にしてくるお父さまではあるが、やはり仲良くなる努力はしないと。
「そう。じゃぁそうしよう。もしキアが行きたがらなかったらどうしようかと思った」
「お父さま?」
ま、まさか無理矢理連れて行かれたとか!?強制はしないって言わなかった?
「王城内の抹殺リストは破棄しておいて」
「畏まりました」
そう、執事のヴィダルに告げたお父さまを見て、確信した。
―――このサイコお父さまは、私が行きたがらない理由を王城のひとたちが原因だと考えて抹殺する気満々だったのだっ!!
や、ヤバい。選択を一つ間違っただけで血の雨が降るところだったぁっ!!
―――そして、当日。
一応メイドであるアセナに、スイートブラウンの髪をハーフアップに結い上げてもらい、かわいらしいパープルのふわふわしたドレスを着せてもらった私。やっぱりお城に行く以上はこういう格好が必要なのだろうか。後ろのリボンはまぁかわいいし、いっか。因みに胸元には私のオレンジブラウンの瞳に近い宝石が煌めいている。
お父さまはと言えば。サイコ感全くないブラウンのスーツに身を包んでいた。
「さぁ、行こうか。キア」
「はい、お父さま」
うん、と頷けば。早速とばかりにお父さまに抱きかかえられる。ちょっと恥ずかしいものの、基本的に私に構っている間のお父さまは上機嫌なので、少しでもお父さまのサイコ起動防止に役立つと考え許容している。
何だか妙に賑やかな声が響く扉に近づけば、明らかに礼装している人物にお父さまが何かを渡す。するとその人が青い顔をしながらお父さまと私を通してくれる。何だろう?
そしてその扉が開かれ中に入れば。
―――え、何ココ。
そこはまさに地球の異世界ファンタジーものの世界。いわゆる舞踏会とか、パーティーとか、夜会とか呼ばれる場所であった。
「お、お父さまっ!?」
何ですかこれっ!!
「ん?誰か殺す?」
いや、何故そうなる!
しかも輝かんばかりの笑みである。
「心配しないで。5秒以上俺のかわいい娘のキアを凝視した奴は順番に殺すから、ね?」
何でそうなんねんっ!!
「いや、い、いい、です!!」
「どうして?お父さまはキアを凝視され続けたら耐えられない」
いや、耐えて。それくらい耐えてお父さま。
「国王さまに悪いです!」
「アレクに?じゃぁ、聞いてこようか」
いや、聞くの!?本当に国王さまに聞くの!?そしてふと周囲が歪んだと思えば。
―――
「アレク~」
あれ、ここどこ?目の前では唖然としたひとたちの顔が見えて。そしてすぐ傍には椅子?さらにはその椅子に座ったミルクブラウンの髪の男性が振り向くのと同時に、鋭い声が響く。
「何者だっ!」
「曲者めっ!」
ひいいぃぃっ!!やめてーっ!お父さまの目が再び虚無マックスにっ!
「いい。問題ない」
そう、ぴしゃりと告げた赤髪に淡い紫色の瞳をした騎士服の男性の言葉に、周りの騎士たちがピタリと動きを止める。
このひとは、一体?明らかに偉い騎士さん?
「どうした、ルシアン」
こ、こここ、国王さまがこちらを振り向いている!
「ねぇ、キアを見つめる奴らを順番に殺していこうと思うんだけどいい?」
聞くな―――っ!目の前で国王さまに挨拶に来たらしき紳士がガクブルだぞっ!そしてそっと視線を逸らした!なかなか賢明な判断である。
「このようなめでたい場での殺生は認めん」
「反対派の派閥の貴族は?」
「彼らは彼らで、私が間違っている時に指摘してくれる優秀な臣だ。悪さを働いていないのであれば構わん。どちらにせよ、このパーティーの場を血で穢すことはならん」
そう言って国王さまが手を振り、もう行けというように合図を送る。そして国王さまは再び挨拶に来た紳士たちに声を掛け始めた。
国王さまメンタル強ぇ。いや、じゃないと国王なんてやってられないか。むしろ挨拶に来ていた紳士が逃げるように国王さまの前を後にした。
「娘連れながら君も物騒だねぇ」
そして先ほどの赤髪の騎士がケラケラと嗤っている。
「どこが?」
急に宇宙の原理を語られているような顔しないでお父さま~~~っ!
「んー、まぁいいや。あと宰相閣下が探してたよ」
「あぁ、呼ばれていたんだった」
そう、お父さまが頷けば。
そそくさと国王さまの背後を後にする。その悠々とした足取りを、ビクビクしながら他の騎士たちが見送っていた。




