サイコお父さまと一緒
お父さまに連れて来られたお屋敷は、日本で暮らしていた頃の記憶と照らし合わせると、桁違いに大きかった。そして颯爽とその中に入っていくお父さま。
「さて、風呂に入ろうか」
「え?」
「お父さんと入ろうな」
い、いや、それは無理―――っ!!お父さんと入ってもギリいい年齢かもしれないけれど、さすがに恥ずかしい!!
「ひとりで、入れます!」
「だけど」
「ひとりで入れたら、褒めてください!」
サイコお父さまに対し、私が必死で考え、思いついた案である。
「んー、わかった」
よ、よしっ!!
お父さまは空間からひょいっとタオルを取り出すと、私にくれた。え?それって異世界ファンタジーおなじみのマジックボックスってやつでは!?お、お父さまって本当に何者なんだろう。いや、裏ボスなんだけども。まだ闇堕ち前のはずなのにサイコってるし、本当に周りの状況が理解できない!
幸いなことに、お風呂には何とか入れた。髪を洗い、身体を洗い、お湯に浸かる。
―――あれ、何で今着いたばかりなのにお湯が張ってあるんだろう。けど、ふぃ~、いい気持ちだ。
お風呂から上がれば、脱衣所に新品のワンピースが置いてあった。私の目の色に近いオレンジのワンピース。オリヴィア姉さまの瞳の色でもある。
こんな新品を着るなんて日本での生活以来である。早速ワンピースに着替えて、脱衣所の扉を開けば。
「あぁ、早かったな」
脱衣所の扉の隣では、お父さまが壁に寄りかかっていた。え、ずっとそこにいたの―――っ!?
「髪を乾かそうか」
髪を乾かす?日本でのドライヤーみたいなものはなかったんだけど。私が気が付かなかっただけかな。
お父さまが私の髪にそっと触れると、その瞬間。
ふわりと髪が風に乗った感覚がしたと思ったら、はらはらと柔らかい髪が頬に落ちてきた。
「乾いてる」
「あぁ、キアが風邪を引いたら困る」
そう言ってお父さまが私を抱っこしてぎゅぅっと抱きしめてくれる。あぁ、こんな平和なお父さまがずっと続けばいいのに。
居間に入れば、何故か調度品は全て揃っているしテーブルに料理が並んでいた。
「あの、これ」
「どれから食べたい?好きなだけいいぞ」
そう言うとお父さまは私を抱いたまま椅子に腰かける。どこからどうやって出したんだろう。お父さまが作ったわけじゃ、ないよね?
ひとまず私はパンをもひもひしてスープを飲んだ。
そして夕飯を食べ終えれば。
「ルシアンさま、ただいま参上いたしました」
と、3人の人物が屋敷内にやってきた。
「キア、今日からコイツらが、メイドと執事と騎士」
そう、お父さまが紹介してきたのは。
まずはメイドのアセナ・ヴァイス。白い髪をショートカットにしており、左右のひと房ずつが若干長めになっている。瞳は緑。クールでボーイッシュな美女である。
執事のヴィダル・クルタは黒髪に金色の瞳、そして浅黒い肌にかわいらしい顔立ちの美青年。
騎士のエース・ブラッドはダークグレーの髪にダークレッドの瞳を持つ爽やか系美青年。
―――いや、お父さま。このひとたちメイドと執事と騎士じゃない!!少なくとも原作では、裏ボスお父さまに絶対の忠誠を誓う忠臣だったはず!何でこの3人がお屋敷に来て、さも使用人みたいな成りをしてるの!?
ついでに言えば、アセナは暗殺者、ヴィダルはえげつない殲滅魔法を使いこなす魔法使い、エースは拷問好きで殺人狂、ドSなバーサーカーである。
ひいいいぃぃぃっっ!!!な、何故屋敷の中にまで彼らが―――っ!
「どうした、キア」
私がお父さまの腕の中で固まっているので、お父さまが不思議そうに微笑んでくる。
「そうか。新しい屋敷に来たばかりで緊張しているのか。大丈夫。今夜から一緒に寝ようか」
「っ!?」
え、一緒に!?
こうして、私は無事お父さまに出会って拾われ、このナハト侯爵家にて暮らすようになり。ナハト侯爵令嬢となったわけだが。
結局この後、12歳になるまでお父さまにひとりで寝られると言いそびれたまま過ごすことになった。
あぁ、今日もサイコお父さまが平和でありますように、願わざるを得ない。