再び大公邸へ
―――アルギュロス大公邸
「なっ!?急にどうしたんだ」
たまたま邸で執務をしていらした大公閣下にご挨拶。そして見慣れぬご令嬢であろうネッサさまに首を傾げた。
「―――失礼だがそちらは?」
「初めまして大公閣下ぐほぁっ」
「ちょ、ネッサさま!?しっかり!」
いきなりの挨拶。カテーシーを決めようとすれば、ネッサさまが大量に血を吐いたのだ。
「だ、大丈夫、よ。キアたん」
「あぁ、私から紹介しますよ。大公閣下。こちらはシュロス侯爵令嬢ヴァネッサさまです」
その名を聞いた途端、大公閣下の表情がこわばる。
それはそうだ。恐らく大公妃であるマリカさまがあぁなってしまい、更にはユリウスのこともあって家系図上からマリカさまを追放し、そうした以上はマリカさまを除籍したのだろう。そのような因縁を持つシュロス侯爵家の直系のご令嬢がネッサさまことヴァネッサさま。
「いいえ。もはやシュロス侯爵と言う名のマザコンは真っ二つになり滅びたのだ。私は今は既に鎖から解き放されし自由なキアたんの虜。我のことはただのネッサと呼ぶがいいですわ」
えっと、いつの間にそう言う設定になったの?ネッサさま。てか、虜になってたら自由じゃなくないかな。てか、一人称“我”って。相手はお国のトップの右腕なのだけど。宰相閣下なのだけど。
一応親戚なのだけどでも両家の関係は微妙なのよね。
「取り敢えず“ネッサ”でいいそうです。他の点については、ちょっとだけ吐血で混乱しているだけですので。あと、シュロス侯爵の方は」
「何故目が泳いでいる」
ぎくっ。
「父上、それならば師匠が真っ二つにしている。そして残党狩りに向かったところだ」
そう、ユリウスが告げれば、大公閣下が絶句する。
「―――少し、城に行ってくる」
どうやら大公閣下も寝耳に水だったらしい。お父さまのやらかした件だから、真っ先に国王陛下を問いただすに違いない。
「しかし、何故その娘を連れてきた」
「あ、えっと。お父さまにも確認しましたが彼女は大丈夫です」
嘘は言っていない。嘘は。
「彼女はシュロス侯爵家にいらしたので、もしかしたらマリカさまのことで何か分かることもあるかと思いまして、連れてきた次第なのです」
「確かに、そうとも言えるな。だが、ルシアンがそう言ったのであれば任せる。ユリウスがいれば問題ないとは思うが、マリカとはなるべく顔を合わせるなよ」
「わかっている、父上」
ユリウスが大公閣下に頷き返せば、早速大公閣下は大急ぎで城に向かっていった。
そして私たちは。
「よし、また吐血したら困るから転移しよう」
―――え、同じ屋敷内だけど。大公邸だからもちろん広いと思うしユリウスと顔を会わせないようにしているって言ってたからしょうがないのかな?
ネッサの吐血も心配だし。
―――ふわりと体が浮くような感じがして私たちは転移した。
そして私たちの前方にはベッドがあった。あれ、ここ寝室?
広々とした寝室は明るい陽の光をふんだんに取り込んだような清潔で爽やかな印象の部屋だった。
「ユリウス、ここは?」
「母上の寝室だが?」
「え?」
いきなり乗り込んでどうするの!?いや、ベッドの周りに天蓋あるからベッドの中からはわからないけど!仮にマリカさまがベッドから起き上がって歩いていたら大変なことになる!!そしてユリウスの声を記憶してたらマリカさまがまたびっくりしちゃうと思うのだけど!!
「認識疎外&防音結界を展開しながらの転移だ。問題ない」
あぁ、そう言うこと。
「―――だが、問題ないようだ」
ユリウスが結界を解こうとした時だった。
『もし、君が望むのなら』
「待って、ユリウス」
防音結界内にいるとは言え、思わず囁くような声でユリウスを制する。
男性の声だ。執事などの使用人だろうか?いや、普通奥方さまのお世話ならメイドじゃない?万が一医者だとしても妙に親し気だ。見ればベッドの足元に靴が見える。しかしそれは、医者らしくない。ブーツのようにも見えるし、それにも見覚えのある。更に聞き覚えのある声。
それに何故、奥方さまと二人きり?何となく、部屋は人払いがされているように思えた。
『―君をここで殺してあげる―』
―――っ!?
私は本能的に駆けだした。そんなっ、どうして!しかし腕をユリウスに捕まれる。
「ユリウス!」
マリカさまが危ないのに!
「やれやれ、せっかく人払いをしたのに、いけない子たちだ」
聞きなれた声が響き、天蓋がふわりと靡けば、その内側に立っていた人物が姿を現した。
―パリン―
まるで見えないものが割れたような音は、ユリウスが張った結界が破壊される音だろうか。まぁ、それもあり得ないことでは決してないのである。
「お、お父さま。どうしてここにいらっしゃるんですか?」
いつものにこにこした笑みを私に向けてくるお父さま。何でお父さまがここにいて、そしてお父さまの先ほどのセリフはどう言う意味?
「キアこそ、どうしてここにいるの?そう言えば大公邸でこの子に会ったんだね」
そう言って、お父さまが指で少し天蓋を開けばマリカさまの身体が見え隠れする。
“この子”?そのお父さまの言い方に、マリカさまとお父さまがそれなりに親しい関係だと窺える。
原作小説での大公妃・マリカさまとお父さまの接点などまるでない。大公閣下とお父さまは親しいと言うか、私とユリウスが婚約者同士でお父さまはユリウスの師である。更にはマリカさまはお父さまの手綱を握っている国王陛下のもと婚約者候補だったこともある。お父さまとマリカさまがお知り合いであってもおかしくはないけれど。
―――それでも、まるで家族のような近しい関係に使うような表現だ。それも、年下の。
「3人ともおいで。ユリウスも」
それは、マリカさまとユリウスの顔を会わせるということ?天蓋でマリカさまのお顔は見えないけれど。私とユリウスは互いに顔を見合わせ、そしてネッサさまも問題ないと言う風なので3人でお父さまの元へと向かった。




