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大公妃の謎


―――アルギュロス大公邸・書庫


「魔法の本、歴史の本も豊富ね」

「あぁ、昔は師匠に引き取られる前はよくここに籠っていた。ここならあまり魔力暴走は起きなかったし、訪れるのも父上くらいだった」

そう、寂し気に呟くユリウスを見て何だか申し訳ない気分になった。やはり、ユリウスは原作小説と同じく魔力暴走を度々起こしていたのだろうか。


「そう言えば」

ユリウスは大公閣下の書斎から移されたと思われる古い貴族家系図の本を取り出す。


「それは、昔の?」

「あぁ、確か。母の家系を調べてみたことがある」

ユリウスのお母さまの?


「俺の母のことを知っているか」

「えぇと」

原作小説では、いろいろあって心を病んでしまわれたのよね。現実世界でも一度も会ったことがない。もしかしたら同じように心を病んでしまわれたのだろうか。

けれど、そのトリガーのひとつとなる大公閣下からのユリウスへの冷遇は行われていないのである。ならば、単純にユリウスの魔力暴走を恐れられたのだろうか。


「俺の母上は、シュロス侯爵家の出身だった」

えぇっと。ウチと同じ侯爵家だけれど、歴史はめっちゃ長い家だったはず。旧家と言うイメージ。公爵家程ではないがそれなりに力のある家のはずだ。


「シュロス侯爵家は、伯父上への政略結婚として母上を王妃候補に送り込んだそうだ」

「えっ、国王陛下に!?」


「あぁ、だが結局伯父上が選んだのは伯母上で、更に正妃になれなかった母上を側室へと望んだが、結局は大公位を得た父上の妻としてあてがった。一代限りの爵位だ。シュロス侯爵家としては面白くなかったのだろうな。父上は宰相だが、しかし次代の王の跡取りにそのシュロス侯爵家の血が流れるわけではない」

つまり、面白くなかったってことか。


「けど、結局は納得したのよね」

だからこそ、今の状況になったのだろうし。


「そうだな。むしろ、そうせざるを得なかったらしい」

「それって?」


「母上は、俺が物心つく頃には既に壊れていた」

そう、ユリウスは自虐的にわらう。


「その中で繰り返し言っていた。“シュロス侯爵家に帰りたくない”“家に帰して”と」

「矛盾、してる?」

「そうだ。母上にとっての家はシュロス侯爵家で、帰る家と言えばそこだろう。奇妙には思ったものの、そう壊れたものだと思っていたから当時は聞かぬふりをしていた」

「ユリウス」


「少し、昔話を聞いてくれるか」

「うん、それはもちろん」

私が頷くとユリウスに案内されて書庫に用意されていたソファーに並んで腰掛けた。


「俺の母上は、俺の容姿が原因なのだろう。父上にも母上にも似ていない俺の容姿を見ていつも“呪われてしまった”“バケモノ”と罵り、叫び、暴れていた」

それはまるで小説の中のユリウスの母君のようだけど。


「父上はそんな母上も気にかけていたし、俺のことも“呪われていない”“バケモノではない”と繰り返し告げてくれた」

宰相閣下のその家族への情は原作小説とは違うところね。だから、ユリウスのお母君がそうなってしまった原因は宰相閣下ではない。

矛盾する“家”のことを考えればシュロス侯爵家に何かがあるような気がしてならない。


「だがわかっていた。魔力暴走を度々起こして、ひとを殺して、血の海にして、そして突然錯乱して俺に掴みかかろうとした母親にすらも大怪我を負わせた」

それは、まさに小説と同じ。ただ、動機やきっかけはまるで違う。


「俺はバケモノで、それは呪われているからだと。それでも父上がいたから踏みとどまれたのだと思う。俺のことを恐れる使用人も多かったし、恐れない方が無理だ。だからあの日、キアに出会った師匠に引き取られるまでは、俺はひとりだった」


「そんな、でも宰相閣下は」


「国の中枢で頭脳でもある父上は俺だけのものじゃない。あの人は伯父上の補佐であり、国のためにその身を捧げる人だ。俺だけのためにいられる存在じゃない」

宰相閣下はユリウスのことを第一に考えているのに、宰相であるが故にそうすることが許されないなんて、悲しすぎる。そして子どもながらにユリウスもそのことがわかってしまったのだろう。


「でも、それはこの国のために必要なことだ。キアや師匠が暮らす国だから、俺はそれでいいと思う。だから、キア。キアは俺のために側にいてくれるか」


「―――ユリウス。うん、ユリウスのために側にいるから」

ユリウスの手に掌を重ねると、ユリウスがほっとしたような表情を浮かべる。


「この本には、シュロス侯爵家の家系図がある」

それも、最新版じゃない旧バージョンである。


そのシュロス侯爵家の家系図には。


先代シュロス侯爵夫婦の名と、現シュロス侯爵の名、そして庶子として“マリカ”という名があった。


「この方が、ユリウスのお母さま?」

「そうだ」

大公閣下の奥方さま。大公妃さまだ。


「庶子、と言うことはもしかしたら、マリカさまのお母君のお家が、マリカさまが本当に帰りたかった家なのかな」

「―――そうかもしれない。だが」

ユリウスは複雑そうな表情を浮かべた。


「現在のシュロス侯爵家の家系図には、母上は当代侯爵の異母妹だと言うのにその名が抹消されている。婚姻で家を出たら、それはそれで記載してあるはずだが、母上の名は大公家にしかなかった」

「シュロス侯爵家がマリカさまを除籍させたってこと?」

わざわざ王族とのパイプを切るなんて。


「実際に、俺が知る限りシュロス侯爵家が母方の家として接触してきたことはない。爵位の継承についてだって招かれたことはない。父は宰相だがシュロス侯爵家に呼ばれたと言う話は聞いたことがない」

つまり、そこまで冷え切っているってことか。一体どうして。そんな私の表情を読んだのか、ユリウスが続ける。


「母上が自分が誰かもわからないほどに錯乱して廃人のようになってしまったことが、彼らのきずとなったのだろう。更にはバケモノだの不義の子などと噂された俺の存在は、彼らにとって邪魔なものだった」

「ユリウス」

ユリウスのそう言った扱いを受けていたと言う話には、いつも胸が痛くなってしまう。


「大丈夫だ。今はキアも、師匠もいるから」

そして、ユリウスはしっかりと魔力制御能力を身に着けた。


「未だに接触はないの?」

「むしろ、代替わりと共に勢いは衰えたな。今のところ、不気味なほど静かで。王城で開かれるパーティーなどにもほとんど姿を見せない」

「宰相閣下へのかつての覚えが悪いからってことなのかな」

「それもあるかもしれないが。だが、彼らが動く可能性もいなめない」


「どういうこと?」

「王太子妃のユヅカ姉さんがウチの養女になっただろう」

「そうか。直系ではないものの結局は王族とのパイプをより一層強くしたから面白く思っていないかもしれない」


「そっか」


「だが、俺もいるし、何より師匠がいるから、大丈夫だ」

まるで私が危ないような言い方。


「注意するなら大公閣下やユリウス、あとユヅカさまでしょ?」

「そうだな。姉さんの方は王族の一員だから警護も付いている。父上もな。そして俺もだ。だが、俺の婚約者であるキアもだ」


「う、うん、そうだね」

私もユリウスの負担にはなりたくないもの。


それにしてもマリカさまに関する隠された秘密は、気になるなぁ。


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