アルギュロス大公邸
※アルギュロス大公邸=ユリウスの実家
―――その日私とユリウスは、アルギュロス大公邸を訪れていた。
先ぶれの文を出したら、何と大公閣下ご自身が迎え入れてくれた。そのおかげか、使用人の姿はまばらだが特に何もなく招かれた。
ついでに大公邸は土足スタイルである。初めてナハト侯爵邸を訪れた大公閣下はウチのスタイルに少々驚いていたっけ。
私が母のことやノグレー公爵家のことを聞きたいと話すと、大公閣下は少し困った顔をしたものの、書斎に案内してくれた。
「これが、家系図だな。毎年更新されるものだ」
分厚い本を大公閣下が差し出してくれる。毎年改訂されるもので古すぎるものは古い資料やその一族独自の資料を確認する必要があるそうだ。もちろん、王城にも古い資料は保管されているそうだが。私の祖父の代までならこの家系図で間に合うそうだ。
「―――ノグレー公爵家は」
さすがは公爵家。その名前は割と前のページにあった。
「今のは、オリヴィア姉さまと、私まで。―――あれ」
その時、奇妙なことに気が付いた。叔父、叔母の名前の下にはオリヴィア姉さまの名前、私の母と思われる女性の名前―クレア―の下には私の名前があるのだが、お父さまの名前がない。
そして私のお母さまと叔父の名前の上におじいさまとおばあさまだと思われる名前がある。
「どうして、お父さまの名前がないのですか?」
大公閣下を見上げれば。
「そうだな。それは未婚だったからだ」
「―――未婚」
「当時のルシアンは戸籍上は平民だった」
「戸籍上、ですか?」
「まぁな。その、俺の口から言うべきことではないだろうから言えないが、だからこそクレア嬢との結婚が許されず、既に妊娠していたクレア嬢は先々代ノグレー公爵、つまり君の祖父に引き取られたのだと聞いている」
「先々代ノグレー公爵はどんな方だったのですか?」
「―――そうだな。主に先王の忠臣だった方で、今の陛下が即位するとともに隠居された方だ。厳しく、貴族の血を大切にする方だった」
だからこそ、お父さまとの婚姻が許されなかった。
「私は、ノグレー公爵家に連れ戻されたお母さまから産まれ、お母さまとそこで暮らしたのですね」
「確か、クレア嬢はその数年後に亡くなられたはずだな」
「なるほど」
そして私は、母亡き後は叔父夫婦によって屋根裏部屋に追いやられた。その時には既におじいさまは隠居していらっしゃった。
けれど私のことを気遣うことはなかったのだろう。だって、何となく記憶にあっても、顔は思い出せないし、少し恐い気がしたのだ。
私は、母の娘でありながら、平民のお父さまの娘だったから、興味がなかったのだろうか。それとも純粋な貴族の血を引くオリヴィア姉さまのスペア。そのように思われていたのだろうか。
だけどお父さまの実力は原作小説では裏ボスの立ち位置にいるほどの力を持っている。おじいさまがそれを知らなかったのか、お父さまがそれを隠していたのか。
もしお父さまがそれ相応の力を持っていたとしても、ループ前でその力をあらわにしたきっかけは私を喪ったこと。2度目のこの世界の人生では私のあの家での惨状を見てその力をあらわにした。
それまではお父さまは、お母さまの実家だから。私がいる可能性があるから。私が幸せに暮らしていると信じていたから、大人しくしていたということ?
「あの、お父さまと陛下は」
「俺も詳しいことは知らない。あの男はいつの間にか兄上の周りをウロチョロしていた。だが、確実に先王の跡を継いであの翁を追い払えたのにはあれの力があってこそ。もしかしたらあの翁が素直に引っ込んだのにも、言いにくいことだが君のことがあったのかもしれない」
つまり、私を人質にすることで自身が隠居し、何かからお父さまを牽制したってこと?
「キアを利用するとは許せない」
ユリウスが面白くなさそうな表情を浮かべる。
「だとしても、落とし前は既にルシアンが付けているだろう」
あのお父さまだものね。
「あの、そのおじいさまは?おばあさまはまだ」
存命なのだろうか。
「いや、既に亡くなられている。現在残っている直系はオリヴィア嬢、従妹として君だけだよ」
「そう、なのですね」
もちろん一門を加えれば親戚は多いが、その血筋の直系とそれに近い血筋なのは私たち従姉妹だけなのだろう。
ついでにヒャルテ伯爵家についても見てみた。近衛騎士団長のグウェンさまとエースのお家だ。
そこには先代伯爵と先代伯爵夫人の名、そのおふたりの嫡男としてグウェンさまの名がある。グウェンさまは独身で、先代伯爵の下から庶子としてエースの名前がある。エースは側室の子と言う認識ではなく、正式に伴侶に迎えていない女性との子だった。
もしかしたら、私とお父さまのような事情があったのかもしれない。
あとはお父さまに聞いてみるしかないのかもしれない。
他にも蔵書を見ていっていいと言うことで、執務に戻られる大公閣下にお礼を言い、ユリウスと共に大公邸の書庫を訪れた。




