お母さまのこと
―――翌日の、晩
「ようやくこのポジションを取り戻せた」
ユリウスがほっと息を吐きながら、私の横に自然な所作で横たわった。12歳でお父さまとの添い寝を卒業した私だが、その後はユリウスターンを迎えて以来、幼馴染み兼家族から恋人となり婚約者となった。
婚前とは言えお父さま同士が認める仲なのだし。ユリウスは私が一緒じゃないと眠れないらしいし。私は嫌ではないし。
「キア」
そして当たり前のように私の髪を梳いてくるユリウス。最初の頃はなれなくて何だか顔がかあぁっと赤くなった記憶があるのだが、今となってはとても落ち着く指触りである。
「ユリウス」
そして呼応するようにそう名を呼べば、ユリウスがくすりと微笑む。
「一晩、きつかった」
「いや、朝起きたらいつものポジションだったじゃない」
床にお布団を敷いて寝ていたはずなのに、朝にはいつものように私の腕を抱きしめながら寝ていた。夜に向かい合いながら寝そべっても翌日には必ずそうなっている不思議。もはやユリウスの寝ぐせなのかもしれない。
補足だが、この国は西洋風だけれど我が家は土足厳禁スタイルを維持している。玄関口には靴を脱ぐスペースがあり、屋敷の中ではスリッパで移動する。だからベッドの脇にお布団を敷いても問題はない。
オリヴィア姉さまの屋敷もその様式を取っているそうだ。もちろん土足の屋敷もある。アレだ。地球のセレブの間で何となく玄関に靴を脱ぐスペースを設けることもあると言う噂を聞くような感じで、貴族によっては稀だがこのスタイルを取り入れているらしい。
私としては日本で暮らしていた記憶があるのでこのスタイルは楽である。あと、夏、蒸れない!!冬はもこもこスリッパ必須だけども。
―――そして、ユリウスが続ける。
「うむ、何だか夜中にベッドに這いながらよじ登った記憶がある」
―――え、しかも何それ、ちょっと恐いんですけど!!ちょっとホラーじゃない!?夜中妙な気配がしても、おいそれと目を開けない方がいいかもしれない。
そう言えば。お父さま同士が認める仲ではあるのだけど。
「私のお母さまってどんな方だったんだろう」
今思えば、お父さまとの出会いからして謎だらけである。
「キアの母親、か。オリヴィアは知らないのか?」
「私のお母さまはオリヴィア姉さまの父親の姉だったはず」
「そこら辺は師匠から聞いた。キアの基本知識と言う講義だ」
え、何その講義。私の個人情報を習う講義?プライバシー保護されてる?いや、されてるよねお父さま。多分ユリウスだからこそ教えるのであって、不特定多数に私の細かな情報が漏れれば、その漏れ出た情報元ごと潰しそうなお父さまだもの。
「私は幼い頃のお母さまとの記憶がほんのりあるのだけど、それ以上は知らなくて。あと、おじいさまがいた、のかな?」
そこら辺の記憶は本当にぼんやりだ。はっきりとした記憶があるとすれば、屋根裏部屋でもオリヴィア姉さまとの日々だ。
「キアの、祖父?先々代ノグレー公爵か」
「そう、なるよね。でも、何となくお父さまはよく思っていないような、気がするの」
昔、“おじいさま”がいたのかと徐に聞いたことがあるのだが、お父さまは「さぁね」と言って微笑むだけだった。何か触れてはならないものがそこにはある気がしたのだ。
それに、原作小説におけるお父さまとノグレー公爵家の接点があったことについても驚きだ。そして、そのつながりを示す最大の証拠が私の存在である。
「宰相閣下なら何か知っているかな」
「まぁ、父上は宰相だから。そこら辺も知っているだろう。実家にだったら資料があるかもな。行ってみるか?」
「いいの?」
ユリウスのお家には行ったことがない。お母さまのこともあるだろうから、何となく近寄りがたくて。ユリウスがウチに来てから、ユリウスの帰る場所はほぼナハト侯爵家。仮に宰相閣下とお会いすることがあっても王城や、たまにナハト侯爵邸である。
「キアが一緒なら、大丈夫だ」
何だか縋るような目で見つめられて、ユリウスの手の温もりが私の手の甲を包み込む。
「それなら、お願いするね」
そう答えればユリウスが何だか嬉しそうに微笑んだ。あまりいい思い出がないのかもしれないけど。それでも知ってほしい、そうユリウスの目が訴えているような気がしたから。
「あぁ、帰るのは本当に久々だな」
確かに、ユリウスが王城に宰相閣下に会いに行くことはあっても実家に帰ると言うことは聞いたことがない。
「明日、父上に先ぶれを出そう」
「うん、ありがとう」
そう、微笑めば。いつものように優しく頭を撫でられながら夢の中へと旅立った。




