引っ越し祝い
―――魔法とは、とても便利なものである。
あの日朝起きたら、隣に立派なお屋敷が建っていた。
「引っ越して来ちゃった」
そう、かわいらしく告げてきたのは、私の従姉であるオリヴィア姉さまだ。一緒に城で暮らしていた侍女たちも一緒である。ユヅカさまはなんと王太子殿下とご結婚されたと言うことで、今後は王太子殿下と共に王城で暮らすらしく、今回は同行していない。
―――それにしても。
「は、初耳なのですが」
「サプライズ、かな?」
そう、悪戯っぽく微笑むオリヴィア姉さまは長年の目の上のたん瘤王子との婚約から解放されて、とてもすっきりとした面立ちだった。
「けど、女性だらけだとこう、色々と大変なのでは?」
「うん、インテリアなどはオーダーして、他の荷物と一緒に先に運んでいただいているから、手荷物はごく一部だし、それもたいした量ではないわ」
そ、そりゃぁそうだけど。まぁ、アセナのようなメイドの仮面を被った暗殺者がいれば安心安全だけど。まさか、オリヴィア姉さまの侍女たちも!?お父さま、関わっていないよね!?
「それに大丈夫よ。こう見えても新婚なのよ。国王陛下も二つ返事で認めてくださったから。お披露目式は後日落ち着いたらになるけれど」
「え、新婚?いつの間に!?」
つい先日婚約解消になったばかりですけど!?婚約期間だった絶対たいしてなかったでしょうに!
「サプライズ、かな?」
おぅ、姉さま。従妹へのサプライズ、多すぎる。そのおかげで従妹は今やミーハーとしてデビューしようかとちょっと考えている。
「ど、どこの誰ですか!?ちゃんとした人間ですか!?非サイコ値はどのくらい!?」
あぁ、ヤバい。私はサイコ父を基準に考えすぎているのかもしれない。
「キア?」
そしてそんな必死な形相の私の腰を相変わらず抱き寄せているユリウスは、不意に顎くいを決めてくる。いや、何故このタイミングで顎くい?
「師匠の目の見開き方と、似ているな」
「―――っ!!?」
なるほど、口元は似ていないと。いや、マネできる自信はないし、虚無を限界まで高めた睨みを利かせられなくとも“見開き方”って、オイ。
「ところで誰ですか!私の姉さまを誑かしたどこぞのナンパヤロウは!!」
「何だ、ナンパヤロウが出たのか。そう言えば最近も、3人ほど社会的に処刑した」
え、何で。マジで出たの?いつ?いつの間に?ユリウスったら顔キレイだから、な、なななナンパされたの!?
「あら、ありがとう。助かるわ。頼りになる義弟で安心だわ」
オリヴィア姉さまは私の従姉であるが姉同然。ユリウスのことももはや既に私の将来の夫=義弟と認識してくれている。
でも、何故オリヴィア姉さまがお礼を言うのだろう。
「―――あれ、お嬢もいる~」
この適当感満載の口調は!
久々の登場である。ダークグレーの髪にダークレッドの妖艶な目尻を持つ好青年―――風であるエース・ブラッド。普段はお父さまの側近をしている。
表面上は騎士のような感じだが、原作小説では殺人狂で戦闘狂な上に拷問好きのドSである。―――多分、そこら辺は原作と差異はないはずだ。
「エース、今日はお父さまは?」
国王陛下に呼ばれたとかで城に行っているはずだけど。
「あー、今日は引っ越しの手伝いだから。一応結婚したしー」
え、結婚?この人格破綻者が?お父さまと超ノリノリで仲良しなサイコ気質満載のエースが?結婚なんてできるのこのひと(※失礼だが真実である)。
「あ、心配しなくてもお嬢の姉さまの屋敷には~、ウチの手勢も護衛として紛れさせるからへーきっ!」
ウチの手勢って、明らかにお父さまの部下では?普段アセナ、ヴィダル、エースくらいしか見かけないナハト侯爵邸の使用人、騎士だが。実際は見えないところでお父さまの部下の方々が潜んでいたりする。
エースは普段お父さまと一緒に行動しているから、アセナとヴィダルの手が空いていない時は、おのずと戦力が補填されるようになっている。
まぁ、お父さまとユリウスが屋敷にいれば最強なのだけど。
「え、誰と、結婚!?」
「え?聞いてないの?」
エースがくいっと親指を向けたのは。
「えぇ、ちょうどいいところに伯爵家以上の次男以下で独身がいたのよ」
にこっと微笑むオリヴィア姉さま。
え、オリヴィア姉さまと、エース??
「あぁ、お嬢は知らなかったよね。俺、一応先代ヒャルテ伯の庶子でさぁ、今のヒャルテ伯の近衛騎士団長の異母弟ね」
うん、原作に載ってたから知ってたぁ―――。
近衛騎士団長グウェン・ヒャルテ伯。爵位は伯爵位だが、近衛騎士団長を務め更には国王陛下の信頼はもちろん篤く実力も群を抜いているため、公爵家の婿としてその縁者を迎えることは問題ないだろう。―――でも、そんな展開はもちろん原作にはなかった。いや、何故寄りにも寄ってこの2人。
「伯爵家以上の次男以下なら有り余っていると思うのですけど」
実際、オリヴィア姉さまへの縁談はひっきりなしのはずだ。元王子との婚約を解消した以上、オリヴィア姉さまと婚姻を結べばおのずと公爵になれるのである。まぁ、それでも直系はオリヴィア姉さまなので、公爵となる婿はオリヴィア姉さまの血を引く男児が成人するまでの中継ぎであり、子が成人すればおのずと爵位は譲られる。
「それでも、信頼できる方がいいもの。ちょうどいい方が転がっていたので」
「ま、どこの馬の骨ともわかんないやつよりはお嬢も安心でしょ~」
「そりゃぁ、まぁ」
でも、別の意味で心配なんだけど。だってサイコ殺人鬼だしこのひと。
「―――あのっ!姉さまを傷つけたり泣かせたり裏切ったりしたら」
一応、言っておかなければ。私のオリヴィア姉さまのために!!
「ゆ、許さないからっ!!」
「ぐはっ」
何故、何故ぐはっときたエース。
「うん~、それで主君に半殺しにされるのもゾクゾクしちゃうけど~」
するんかい、ゾクゾク。因みにドSなこのサイコ殺人鬼だが、お父さまから与えられるものについてはドM気質をあらわにするのである。
「異母兄が主君の主君に通じてるからねぇ~。任せて~」
まぁ、確かに。近衛騎士団長のグウェンさまの主君も陛下だものねっ!
―――この世界の最強裏ボスはサイコ父なようで、それを掌で転がす陛下が一番最強なのではないかと思う。
「こ、今夜は、ウチで引っ越し祝いでもしましょうっ!」
「そうだな。引っ越してきたばかりで大変だろうし」
ユリウスにその常識があったとは、婚約者の新たな一面が垣間見えた。
「私も手料理をご馳走するから!」
「あら、嬉しいわ。ではお招きにあずかるわね」
そう、にこりと微笑むオリヴィア姉さま。
ひとまず、引っ越し祝いを兼ねて料理をご馳走しつつ、絶対この婚姻に関わっているであろう父さまを後で問いただそうと誓った私であった。
※本日は所用で1話のみの更新となります<(_ _)>続きは明日更新予定です※




