供述
※ユヅカさま視点のお話です※
私の前に腰掛ける宰相閣下はユリウスさまのお父上だ。オリヴィアさまの侍女として働く傍ら、この国の宰相閣下であり王弟である大公閣下をお見かけすることもあった。
大公閣下はミルクブラウンの髪に淡い青い瞳の男性だ。国王陛下とも良く似ていらっしゃる。
原作ではユリウスさまを冷遇していた。けれど人づてに聞く噂はそうでもなかった。現在は魔法使いに弟子入りして家を出ていると言うご令息とは、とても仲がよろしいのだと。
そうか。彼は大公閣下に愛されているんだ。原作では私と境遇が似ていて、とても悲しかった。彼の辛い気持ちが痛いほどに分かった。そしてそれ故に闇堕ちしてしまった彼がキアラさまの隣で幸せそうにしている。それだけで、今までの私の人生で感じた辛い苦しみなんて吹っ飛んでしまうほどに安堵した。
取調室と言う感じの部屋には、私と宰相閣下、護衛としてグウェンさま、そして書記と思われる文官がいる。オリヴィアさまは中に入ることはできなかったが、外で待っていてくださっている。
「さて、君はあの聖女、いやカザミ ヨシコと言う少女とどういう関係か聞いてもいいか」
「はい」
私は、異世界で彼女とは異母姉妹だったことを話した。薄々、その正体が異母妹ではないかとは疑ってはいたものの、決定的な証拠など無く、ただ単に身に沁みついたあの醜悪な彼女の表情や性格、そしてあまりにも彼女の我儘な態度に我慢しきれず賭けに打って出たことを伝えた。
まさか、本当にそうだったなんて知らなかったし、本当の名前を呼ぶことで解除されるとも思っていなかった。
彼女がどのようにしてミナモ・ユメミヤになったのかはわからない。けれど私の知り得るすべてを宰相閣下に伝える決心をした。―――地球で読んだ小説のことも。
しかし、宰相閣下の醜聞にも関わることだ。それを伝えれば、宰相閣下はどうせ今までにも色々言われて来たし、ここには信頼のおくものしかいないと告げられ、意を決してこの世界によく似た小説の内容を話した。
「―――そうか」
全てを聞き終わった宰相閣下は剣呑な表情を隠せずにいた。それはそうだ。宰相閣下のご子息であるユリウスさまが宰相閣下やその夫人に冷遇され、そしてラスボスとして闇堕ちして世界を滅ぼそうとして勇者と聖女に討ち取られる話だ。
更にはオリヴィアさまは悪役令嬢として断罪され、全ての黒幕として登場するのがキアラさまのお父君である裏ボスの存在である。
「その話を、しっかりとカザミヨシコがしていたのであれば、スパイとして疑われるにしてももう少しましな対応になっていただろうな」
それは、どう言うことだろう?
「彼女は、スパイ容疑がかけられていた。自身が聖女だと述べ、そして召喚当時は聖女判定でその力が証明された。けれど彼女は、異世界から来たと言うのにこの世界について詳しすぎた。聞いてもいないのにぺらぺらと支離滅裂な侮辱を述べ連ね、更には国家機密に当たることまで話した」
なるほど、だから彼女は私と違って陛下によって別室に隔離されていたんだ。私はオリヴィアさまと出会って、オリヴィアさまが小説に出てくるオリヴィアさまとは別人だと思ったから、小説の内容を進んで話すことはなかった。
ミナモも第2王子殿下もまるで別人のようだった。それであの小説の内容と何もかも同じだと思ってつらつらとしゃべる方がおかしい気がする。
召喚されて最初の頃は事情を聞かれたけど、あくまで崖から好子に突き落とされて気が付いたらこの世界にいたことだけだ。
「今まで話さなくて、すみませんでした」
「いや、普通は話すまい。それが他者への侮辱に繋がるとわかっていればなおさらだ」
「―――はい」
「だが、君は分かっていたな。私への侮辱になることだと」
「はい。そして、事実とはあまりにもかけ離れていると」
「そうでもない」
宰相閣下の言葉に、私は驚きつつ目を見開いた。
「ユリウスさまと宰相閣下は」
「それは事実無根だが。だが、あながち間違いではない部分もある。全ては明かせないが、そこにも国家機密が含まれている」
あぁ、だからそれを語ってしまった好子は疑われた。
「私も、スパイ、として認定されるのでしょうか」
「君のその容疑を晴らした方がいらっしゃる」
私の容疑を?オリヴィアさまだろうか。
「それに、君にも監視はついていた。だが怪しいところもないし、それに君はこの国を騙そうとしていた重罪人の真の姿を暴いた」
重罪人―――それは好子のことだろう。
「それだけでも君の功績は大きい」
―――私は、評価されているの?
「だが、それが真実であれ偽りであれ、君は多くのことを知りすぎている。しかし事実無根なことを吹聴することはせず、自分の目で確かめて行動する能力があるとオリヴィア嬢は評価していた」
「オリヴィアさまが」
そこまで私を評価してくれていたんだ。オリヴィアさまが私にかけてくださった優しさに胸がじんわりと温かくなる。
「そこでだ。君には悪意はないし、危険もない。だが、君の知識は異世界の技術も含めて危険すぎる」
「はい」
私もその通りだと思い頷く。一歩間違えれば国王陛下への侮辱に繋がる事実もある。例えば、第1王子殿下への王妃殿下の嘆きだ。これは小説の中でも語られていた。真実は小説の中ではわからなかったが、あのパーティー会場で国王陛下が語ったことが真実なのであろう。
「君は、国の管理下に置かれることになる。オリヴィア嬢は婿を取り、公爵時夫人となれば城を出て城下に屋敷を構えることになるが、君はそれに同行することはできない。まぁ、会いに行くことくらいはできるだろうが」
「―――っ!はい」
恩人であり、右も左もわからない異世界でたくさんのことを教えてくれて支えてくれたオリヴィアさまと離れるのは心細い。だけどオリヴィアさまに迷惑はかけたくなかった。
「君には、国が指定する人物と姻戚関係を結んでもらう。異論はないか」
異論はあっても出せまい。それくらいは分かっている。―――だけど。
「異世界人の私がその方に嫁ぐにあたって、その方の不利益にならないかどうかが不安です」
「君のことについては、オリヴィア嬢からも聞いているが、最低限の知識やマナーを学び、そしてそれを吸収、実践する能力は備えさせたと聞いている。これから講師を付けるとは思うが、素質はあると聞いている」
「オリヴィアさまが、そのように?」
素直に嬉しい気持ちが溢れてくる。
「カテーシーはまだまだのようだが」
「見ていらしたのですか?」
「どうだかな。これからはそれ以上の立ち振る舞いも求められるが」
「オリヴィアさまの恥にならないよう、誠心誠意努めさせていただきます」
「―――そうか。君が同意してくれたのなら、私からの話はここまでだ。最後に、何か質問はあるか?」
「えっと。その。好子はこれから、どうなりますか」
「処刑が相当だろう。いや、それ以上の罪もある。一度自白魔法で全て吐き出させてから、余計なことを吐かないよう喉を潰された後に公開処刑となる」
「そう、ですか」
異母妹だから。いや、異母姉妹ですらないかもしれない。私は、父の血を引いていない不義の子の可能性の方が高いのだ。産みの母にそれを確かめるすべもない。真実はどこにあるかわからない。だけれど少なくとも、彼女のやったことは許されることじゃなかった。
そもそも、私は彼女に突き落とされたのだ。あれだって日本では立派な殺人未遂。明らかに私が落ちていく姿を見て愉悦の表情を浮かべていたのだから。この世界に流れ落ちていなければ私は間違いなく死んでいただろう。
その上、この世界でも偽りの姿と名前で多くのひとびとから大切な存在を奪おうとして、国王陛下の再三の忠告にも耳を貸さなかったのだ。
―――公開処刑だけで彼女の罪が全て赦されるはずなど無いけれど。それでも私は、ひとつ大きな人生の転機を迎えたことだけはわかった。
※これにてユヅカさま視点のお話終了です。その後のユヅカさまについては、他者視点の回想で語られる予定です(`・ω・´)ゞ※




