ウチのお父さまがサイコな件について
※ヒロインの容姿追記済み
―――侯爵令嬢キアラ・ナハト、16歳。
この世界に転生した1度目の人生では、15歳の時に衰弱死と言う結末を迎えた。そして再び目が覚めた時、私は8歳の頃に戻っていた。つまりはタイムリープである。普通タイムリープものは、そこから如何にしてバッドエンドを阻止するかが重要だと思われる。
しかし、私の場合一風変わっていたのは、なんとタイムリープ前の記憶の他に地球という星での日本という国で暮らしていた頃の記憶があったことだった。無論、この世界の1度目の人生ではそのような記憶は持っていなかった。
持っていたらとっくにオリヴィア姉さまと逃げてる。タイムリープ前の私は、オリヴィア姉さまと私が産まれたノグレー公爵家に囚われ、そして屋根裏部屋で飼われること以外の選択肢など無かったから。
そしてオリヴィア姉さまもまた、ノグレー公爵家の力を誰よりも知っていたから、幼い私を連れて逃げる選択をできなかった。更にはオリヴィア姉さまは未来の王太子であるリカルド・クローネ第2王子の婚約者であったから、逃げることができなかったのである。
いつか、オリヴィア姉さまが家督を継いだら私を自由にする。そう、オリヴィア姉さまは私を励ましてくれた。お水や残り物のご飯をこっそりと持ってきてくれた。文字を教えてくれた。絵本を読んでくれた。
それが公爵家という絶大な権力を持つノグレー公爵家に囚われていた私とオリヴィア姉さまが見いだせた唯一の選択肢だった。
―――だが、この世界での1度目の人生にて。恐らくオリヴィア姉さまはノグレー公爵家の人々と共に命を落とした。―――私の、父親であるルシアンによって。そしてルシアンは衰弱死間際の私を抱いて、意味深な言葉を残した。
そこで私のこの世界での1度目の人生が終わったのだ。
だが、2度目の人生をスタートするにあたって、私は地球での記憶を新たに持っていた。その知識によると、オリヴィア姉さまのオリヴィア・ノグレーという名、そして見た目。タイムリープ前の1度目の人生にてリカルド・クローネには直接会ったことはないものの、オリヴィア姉さまに聞いていた外見と名前が一致。
―――そして何より恐ろしかったのは、私がタイムリープ前の1度目の人生の最期に見た父の顔と最後に残したセリフ。
あれは。
地球という星で、日本という国で暮らしていた頃。大人気の小説があったのだ。その名を“クローネ王国物語”。小説のタイトルも普通だし、テンプレ的な感じはしたものの、私はその小説の悪役たちに心惹かれたのである。
小説の内容を簡潔に述べると、異世界から舞い降りた聖女ミナモ・ユメミヤがクローネ王国の第2王子で勇者のリカルド・クローネ(通称:リック)と共にラスボス大公令息ユリウス・アルギュロスとの戦いを繰り広げ、勝利するという物語。
しかしながら、この小説には裏がある。本当の敵・裏ボスが存在するのである。裏でユリウス・アルギュロスを操っていた真の敵こそが裏ボス・ルシアンだったのである!そして小説のラストは、ルシアンが裏ボスであることをほのめかし、そしてルシアンの過去がほんの少し垣間見れたところで終わる。もしかしたら続編が出ていたかもしれないが、残念ながら私が日本で生きていた間には読むことができなかったのだ。
―――だが、最後にルシアンが残したセリフこそがタイムリープ前に私が聞いた言葉だったのだ。
推測するにあれは恐らく、前世の小説の最後で断片的にしか知ることができなかったルシアンの過去そのもなのではないかと思う。あそこで娘である私を失ったからこそルシアンは闇堕ちし、更にはユリウスを巻き込んで小説の中の世界を搔き乱したのだろう。
タイムリープ後の私は、何とかしてオリヴィア姉さまと生き延びようと考えた。そして奔走した末に私はタイムリープ前の年齢を超え、更にはノグレー公爵家を出てナハト侯爵令嬢となったわけだが。
どうしたものか。
「あの、リカルド殿下はバカなのかしら。考えていることがまるでわからない」
現在16歳になった私は、胸元まであるスイートブラウンの髪にオレンジブラウンの瞳を持つ令嬢に成長していた。そしてこれから婚約を結ぶ手続きに移ろうとしている恋人を前に、今朝届いた花束と招待状をげんなりと見つめながら途方に暮れていた。
「十中八九、俺への当てつけだ。俺がキアラと婚約を結んで幸せになることが許せないのだろう」
「どんだけ子どもなのよ。あのひと、私よりも1歳上!17歳なのよ?」
「だが、アイツが昔から俺を“バケモノ”だと罵り目の敵にしてきたのは事実だろう」
漆黒の髪にアイスブルーの切れ長の瞳を持つ美しい顔の私の恋人は呆れたように溜息をつく。
「ユリウスのどこがバケモノよ。オロカモノに言われたくないんだけど」
「ぶっ」
その言葉に、私の恋人であり“家族”の一員であるユリウスが吹いた。そう、彼こそがユリウス・アルギュロス大公令息。原作小説では王国を破滅に導き更には世界を滅ぼそうとしたラスボスなのだが。
今の彼は闇堕ちなどしていないし、ちょっとばかり彼の“師匠”のせいで思考回路はおかしいが、クールだけれど優しく頼れる恋人。そして婚約の契りを結ぶ予定のひとである。
「それにしても困ったわね。いくら何でもこれはさすがに、陛下の実子であっても命の保障はないわ。仮に冗談だったとしても、それはそれであのサイコお父さまに殺されるわよ」
「―――サイコ?あぁ、キアが付けた“師匠”の通称か」
「ん、まぁね」
正確には地球での記憶の受け売りなのだが。
「さらには、この手紙と花束を持ってきた執事のヴィダルにも、お茶を出してくれたメイドのアセナにもバレているのよね。幸いにもお父さまの側近でもあるエースにはバレていないのだけど」
「ヴィダルとアセナに口裏を合わせてもらおうか」
「無理無理、あのサイコお父さまにバレないわけないもの」
ヴィダルもアセナも、お父さまの命令なら何でもするだろうし。私たちが口止めしたところで、二人は包み隠さずにお父さまに報告するだろう。
「いくら何でも、王太子殺したら陛下もどうにもできないでしょ」
「いっそのこと、師匠が言っていたように地上の人類を滅ぼす計画はどうだ」
「いや、それはダメ!却下っ!!」
ヤバい。そう、ここら辺なのである。ここら辺が、見事にウチのサイコお父さまの影響を受けているのである。
―――あぁ、まずはウチのサイコなお父さまがどのくらいヤバいサイコなのかを、まずは私の2度目の人生のおさらいにて解説していこうか。