乱入者
「おい、オリヴィア!居候のくせに茶会とは随分と調子に乗っているようだな!ぼくを招待もしないで!」
一度聞いたら忘れない、傲慢な口調とその声。
「殿下!おやめください。現在オリヴィアさまは私的なティータイム中です!」
慌てて止めるのはそのお付きの護衛騎士のようだった。すぐに近衛騎士団長がその異変に気が付き、私たちに近づく遥か手前で容赦なくその声の主を止めてくださった。
「おい!近衛騎士団長!どう言うつもりだ!」
「どうもこうもありません、殿下。突然ひとさまの茶会に土足で足を踏み入れるなどとても王族として模範になる行動ではありません」
お父さまよりも淡い紫の瞳を細めながら、毅然とした態度で殿下の前を塞ぐ近衛騎士団長の行動に、やや殿下に押され気味だった護衛騎士も必死に殿下を取り押さえにかかった。
お父さまはまだ手を下していない、が。
ひえぇ―――。
ヤバい、ヤバいわぁ、あの目。感情を全く感じさせない、虚無のごときその紫の瞳は氷のように冷たくそして無表情だ。いつも口元に浮かべている薄笑いや三日月状の弧を描いたような不気味な笑みすらもない。
お父さまの一番恐い表情、それはどこにも何の感情も籠っていない「無」。全てが虚無に彩られたあの表情に他ならないっ!
それでもお父さまが手を出さないのは、近衛騎士団長のおかげだろうか。あそこで近衛騎士団長が一歩でもリカルド殿下に気圧されればその形のない魔力の凶刃がリカルド殿下を仕留めていたに違いない。
「そこをどけ、近衛騎士団長!命令だ!」
「私に命令をできるのは、国王陛下のみ。殿下にその権限はございません」
「んなっ」
「リカルド殿下」
その時、凛とした声が響いたかと思えば。オリヴィア姉さまが席を立ち、そして静かにリカルド殿下を見据えていた。
「くっ、オリヴィアっ!」
近衛騎士団長の腕の下から顔を出し、リカルド殿下がオリヴィア姉さまをキッと睨む。
「このお茶会は、国王陛下から日々勉学に励んでいる褒美だと、私がとても大事に思っている妹との茶会の席を用意してくださったものです」
つまり、このお茶会に文句を付けるのならば、国王さまにもケチを付けていることになってしまう。このお茶会にはユリウスも同席しているが、それはあくまで私が新しい家族の一員であるユリウスをオリヴィア姉さまに紹介したかったし、ついでに大公閣下にも会えたらいいなぁと言う思いがあったからである。
しかしながら、この我儘ぷー殿下は願い下げである。もしこんなのが私たちのお茶会に参加していたら、とてもじゃないがお姉さまとの時間を楽しく過ごせなかったし、そもそも今めちゃくちゃにされたわけである。
「はっ、妹?」
リカルド殿下が私の顔を見てせせら嗤った。おい、やめろぉっ!お父さまの殺気が見えへんのかこのポンコツ王子ぐぁっ!!
「どうせただの従姉妹だろ?それを妹だなんて。そこの不義の子と同じだな」
それは、まさかユリウスのこと!?
「どこの馬の骨ともわからないガキと姉妹ごっことは、笑えてしまうな!確かに髪と目の色は似ているが、顔立ちは全く似ていないじゃないか!そいつは髪の色も目の色も似ていないがな!」
ど、どこの馬の骨って。お父さまのことをバカにしてるの!?
私もガタッと椅子を引き、そしてお姉さまの隣に並ぼうとすれば、それを制する腕があった。
「ユリウス?」
「俺のことをどう思おうと、言おうと構わないが、キアと師匠をバカにするなら許さない!」
ユリウスは今まで私に向けてきた優しい笑みとは違う。憤怒の表情を浮かべている。氷点下まで冷え込んだような色を映すアイスブルーの瞳は、まるで氷の炎のようにゆらゆらと怒りで揺らめいている。微弱な魔力しか見えない私にも、ユリウスが怒りで魔力をふつふつと煮えたぎらせているのがわかった。まさか、これって原作の魔力暴走の前兆じゃないよね!?
「ユリウス、ダメっ!」
私は思わずユリウスに飛び着いた。
「キアっ!?」
驚いたように振り返り私の顔を覗き込んだユリウスはハッとしてその魔力を抑えた。魔力は自分で抑えられるようになっていたってこと?
じゃぁ、無理に止めることもなかったのかな。いや、止めないと王子に手を出した罪とかになるのでは!?
「何だバケモノ!やるんじゃないのか?ビビりめ!」
こらぁっ!挑発すんなこのポンコツ王子―――!いくら勇者の称号を持っているからって言って調子に乗りすぎじゃない!?いや、ユリウスの敵になるのなら、今のうちにさくっとお父さまに殺ってもらうのもありかも。
ちらりとお父さまを見れば。
ニタアァァァッッ
まるで、「うん、任せて」と言わんばかりの不気味な弧を描いたお父さまがそこにいて、とっさに首をぶんぶんと横に振ったものの、お父さまがじわじわとリカルド殿下に迫る。その恐ろし気な殺気に、思わず騎士たちが怯むが、近衛騎士団長は必死に止めようとしていた。
「や、やめろ!ぼくに手を出す気か!?き、貴様ぼくが誰だかっ!」
「五月蠅ぇ、クズ」
お父さま曰く、“クズ”らしいよリカルド殿下。何ともお似合いだ。しかしその瞬間、リカルド殿下の頭上から怒号が響いた。
「やめんか!このバカ者!」
「なっ、このぼくに何様だ!貴様!」
「ほう、私を“何様”、“貴様”か。まずは言葉遣いの勉強が必要だな。どう思う、宰相」
「王国一厳しいと謳われる教師を手配いたしましょう」
リカルド殿下を叱りつけたのは国王さまであった。そして隣に居並ぶのは大公閣下。この王国の宰相でもある。
「なっ、ち、父上」
実の父親、それも国王さまに怒鳴りつけたリカルド殿下。その気概だけは多分魔物討伐の時に役立つであろう。士気向上と言う面で見て。ま、実力が伴っていればの話だけれども。この我儘ぷーが更生しない限りはその実力すら身に付かなさそうである。
「いい加減にしなさい。ここをどこだと思っている」
「し、城でしょう!?」
「そうだ。私の、城だ。お前の私物ではない。それを我が物顔で闊歩していいなどといつ許可を出した?そこのノグレー公爵令嬢を居候だと言うのなら、お前も私の許可があるからこそここで暮らしていられるのだぞ」
「でも、ぼくはっ。私は未来の王太子です」
「誰がそんなことを言った?」
「え、だって、母上も、それに乳母も」
「はぁ―――。その乳母を捕らえるように。あと、王妃の離宮にも騎士を派遣し、私が行くまで一歩たりとも外に出さぬよう手配を」
「はっ、陛下」
それに応じたのは近衛騎士団長だ。部下たちに早速指示を出していく。
「リカルド」
「は、はい」
普段はお父さまの前でも余裕の笑みを浮かべている国王さまが、本日は憤怒の表情を浮かべている。
「王太子に指名するものはこの私が決めることだ。お前には兄もいる。王位継承権第1位は第1王子のローウェンで変わりはない」
「でも、ローウェンは母上の本当のっ」
「口を慎め、リカルド!王妃に何を吹き込まれたかはわからないが、それ以上口にするのなら、最悪廃嫡もあり得るのだぞ」
「は、廃嫡って?」
「私の子ではなくなる。無論王妃の子でもなくなる。お前は一生塔の中に幽閉されて死ぬまでそこから出られない」
「な、何でっ」
「お前のその言葉は、第1王子であるローウェンを侮辱する言葉だからだ。同じ王族と言えど根拠もなく他の王族を侮辱することは許されぬ。それを許せば、国王である私への侮辱もあることないこと言いたい放題になってしまう。この王国は王政を敷いている。だからこそその王族を侮辱することは許されない。もちろんどれが正しい諫言かを判断し受け入れるかは王である私の裁量にもかかっているが。それは王子であるお前にとっても当てはまる。王子として産まれたから絶対何てことはない。偉いわけでもない。威張り散らしていいわけでもない。お前には今一度教育をやり直させる」
「で、でも、ぼくは勇者に選ばれました!」
「だから何だ。今までの歴史の中で平民の勇者だっていた。その功績を称えて爵位を与えたことはあるが、だからと言って王太子になれるわけじゃない。わかるな?」
「うっ」
「王子を、連れて行きなさい。以降、私の許可があるまで謹慎処分とし、自室から出ることを禁ずる」
「そんなっ!」
それでも国王さまに縋りつくリカルドは本当に愚かしかった。どうしてこんなひとがオリヴィア姉さまの婚約者なのだろうか。
まだ子どもだから更生のし甲斐があるってこと?国王さまのお考えがイマイチ読めなかった。そして近衛騎士団長によって強引に引き剥がされたリカルドは、無理矢理腕を引っ張られて連行されて行ったのであった。




