婚約破棄した後に自分好みになったから結婚しようと言われても困ります
「イルヴァ・ブラント! 貴様のような学力のない田舎者が婚約者であることが僕には許しがたい! いや、我慢の限界だ! よって、婚約破棄とする! 貴様の言い分など一切認めん!」
15歳の成人の儀を終えたパーティでまだあどけなさの残る少年はパーティの中では地味な色合いのドレスを着た暁の髪の少女にそう言いつけた。少女――イルヴァは天色の目をぱちりとしたものの彼の言葉を咀嚼したのだろう、小さな声で承知しましたと答える。
成人の儀を終えた少年少女はその時から学校に通っていようがなんであろうが成人として扱われるようになる。そのため、幼少期から決められていた婚約者についても破棄を申し込むことができるようになる。しかし、それは当事者が了承しなければ認められない。彼のように一方的には決めつけることなどできないのだが、イルヴァが頷いたことによって成立してしまう。ともあれ、こういったパーティで婚約破棄を申し出るのはあり得ない。本来ならば、別日に部屋を設けるなりして当人同士で話し合うのが当然のことなのだ。しかし、こうして衆人の前で婚約破棄をするのは一時流行った劇の影響だともされている。
「ドーグ様、いえ、婚約破棄をしたのだから、カッセル様ですね。我が家にはこちらから話しておきます」
「あぁ、そうしろ。あんな田舎くさい所、婚約なんかしてなかったら行きたくもないからな」
落ち着いたようすのイルヴァはドーグに丁寧にお辞儀をするとパーティ会場を後にした。いても、スズメたちの囀りが喧しいだけ。楽しむどころではないとイルヴァは思った。折角、兄がお金を貯めて買ってくれた質のいいドレスだったし、侍女が気合いを入れて髪を結い上げてくれていたけど、しょうがないけどと思いつつ足を動かす。
馬車に乗り、王都の自邸に戻れば、あまりに早い帰宅に皆が驚く。勿論、両親も兄も婚約破棄されたことに対しては憤慨していたが、イルヴァの心はさざ波すら立っていなかった。ただ、ちょっと頑張ってたんだけどなぁという思いがあるだけであとは折角いろいろと教えてくれてたあの方に申し訳ないという気持ちだった。それから、イルヴァは領地へと引っ込み王都へは可能な限り近づくことはなかった。
婚約破棄をしたドーグとその一家は清々したとばかりに笑っていたそうだが、彼らが少しは彼女の周りについて調べていれば何か変わっていたかもしれない。
婚約破棄から3年後。婚約破棄から田舎に引っ込んでいたイルヴァが王都に移り住むという噂が囁かれるようになった。一部の令嬢の間ではどういう神経をしているのか、田舎者は田舎で大人しくしておけばいいものをなどと声が聞かれる。令息の間でも同じようなことが囁かれ、男あさりじゃないかとまでいう話が流れていた。しかし、すぐにその疑惑は少しばかりではあるが払拭される。遠方にいる貴族たちが続々と集まり始めたのだ。どうやら、移動の関係も含め、遠方の貴族から先に王族の参加する夜会について招待状が送られていたという。そのため、王都やその近辺に住まう貴族には彼らが集まり始めたころに招待状が送られてきた。元々、予定自体は公表されていたため、今更ドレスがないスーツがないと嘆くものはいないはず。いたとしたら、それは先触れをきちんと読んでいない、もしくは理解していなかったということだ。
夜会当日、一部を除いた貴族たちは驚いた。あの学力もない田舎者と言われた少女が美しい女性になっていたからだ。マーメイドラインのドレスは見るからにいい生地であるし、身に付けている装飾品もまた手の込んだものであるとわかる。背中まで流した暁の髪にはヘッドドレスから流れ落ちる宝石が暁の空の星のように輝く。しかも、所作すらも美しく、誰だ彼女を田舎者と蔑んだのはと心内で零す。
「兄様、やはり、似合ってないのかしら?」
「いいや、とびっきりの美人だから、皆驚いているだけだ。気にするな」
「それならいいのだけど」
兄であるアルヴィンに不安げに尋ねれば、大丈夫だ、自信持てと組んでいる腕を叩く。そんな2人のようすに相手のいない令息たちはこれはチャンスだと色めき立った。
通常こうした夜会のエスコートは婚約者がいなければ、近親者となっている。つまり、イルヴァのエスコートがアルヴィンということは現在彼女に婚約者がいないと推測できるのだ。
なれば、と行こうとすると彼らの目の前で一組の親子がイルヴァたちに声をかけた。
「これはこれは大変美しくなったものだな」
「そんなに僕と結婚したかったのか。なかなか、可愛いところがあるじゃないか」
「「は?」」
でっぷりとした体型の蝦蟇もといカッセル伯爵と元婚約者であるその息子。2人の言葉にイルヴァとアルヴィンの兄妹は意味がわからないぞとばかりに首をかしげる。兄妹だけでなく、その声が聞こえていたものも疑問符を浮かべる。
「まぁ、学はなくともその美しさがあれば、連れて歩くには十分だな」
「あの、なぜ、カッセル様と一緒に歩くことになるのでしょうか?」
「なぜって、わからんやつだな。僕と結婚するからだろう」
「はい? 一体、どこから、そのような話になったのです?」
「どこからとはなんだ、最初からに決まっているだろう。エスコートが兄君であるようだし、相手がいないということだろ? ならば、僕の妻にしてやってもいいもいっているんだ」
「いやいやいや、横で聞いてましたが、どういう理屈ですか。第一にカッセル様とイルヴァは婚約破棄をした間柄でしょう」
ドーグの言葉にイルヴァが尋ねれば、さも当然とばかりにそう答えるドーグ。流石にアルヴィンも黙っていられなかったようですでに婚約関係ですらないと言えども、ドーグや伯爵はそれがどうしたとばかり。アルヴィンやイルヴァに隠すことなく下卑た目でイルヴァを上から下まで何度も見ている。アルヴィンはこれは流石にと思い、自分の体でイルヴァを隠す。勿論、そのことでドーグと伯爵からは舌打ちが聞こえたがそんなものはしらない。
「申し訳ないですが、すでにイルヴァには婚約者がいます」
「ふん、いるならば、この場に連れてこい。エスコートは貴様がしているようだし、出来ないだろう」
破くのが容易い嘘だなとにやにや笑うカッセル親子。それにアルヴィンはただ仕事で遅れてくるだけなんだがと思うが、口に出そうとしたところ、丁度よくイルヴァの婚約者が会場に入ってきた。
「丁度、来たようです」
「「なんだと?」」
眉を潜めるカッセル親子を他所にアルヴィンは空いている手を挙げ、こっちだとばかりに手を振る。それに気づいた男性は顔を綻ばせ、歩いてくる。
ザッとその男性に道を譲るように人垣が割れ、誰も彼もが彼を見つめた。
「すまない、遅くなった」
そう言って、爽やかに2人に声をかければ、周りがそれこそ嘘ではないかと目を擦る。
「バーンハルド様、お仕事お疲れ様です」
「うん、ありがとう」
近くにきた彼はアルヴィンと立ち位置を代わり、エスコートは自分であるとばかりにイルヴァの腰に手を回す。
バーンハルド・オーグレーン。宵闇の髪を一括りにし、胸元に流した空色の瞳を持つ美しき公爵。28になるというのに未だ未婚であることからうら若い乙女から未亡人まで様々な女性に自分を妻にと声をかけられるほど。
そんな彼が男爵令嬢の婚約者だという。何かを対価に頼んだのではとも考えられたが、公爵から男爵に頼むことはあっても男爵から公爵になど、できるか? いや、できないな、そもそも頼めるほどの、公爵が頷いてくれるほどの対価の用意が容易くはないとその場にいるカッセル親子以外は理解する。
「こ、これはこれはオーグレーン公爵、貴方様にそのような役をさせるとはブラント卿は何を考えているのやら」
「役? それはなんのかな? 彼女が私の婚約者であることは国王陛下並びに王太子殿下、王太子妃殿下も知っておられることだよ」
手を捏ねながらそういったカッセル伯爵に対し、バーンハルドは心底呆れたとばかりに侮蔑の目を向ける。ひくり。バーンハルドの言葉にカッセル伯爵の唇の端が引きつる。頭の中では何故を繰り返す。たかが男爵令嬢がどこで公爵と出会った。そもそも、公爵が出席する夜会などにはイルヴァは出席していないはずだと頭の中で2人の接点を考えるが答えは出るはずがない。
「イルヴァ、すまない、少し姉上のところに行っておいてくれるかな? 私は少しカッセル卿と話してから行くから」
「はい、承知しました。あとでお話ししてくださいね」
「君が望むのなら勿論だとも」
バーンハルドはイルヴァにそう笑顔を返すと手に口づけを落とし、さぁ行ってと姉のところに送り出す。姉のところはすぐそこ。絡まれる心配がない訳じゃないが、王太子や王太子妃がいる近くで絡むバカはいないだろう。
イルヴァはお義姉様はどちらかと探しているとすぐに見つけた。椅子に腰を掛け、優雅に微笑む王太子妃テレーシア。イルヴァは彼女に近づくと、本日はお招きいただきありがとうございますと挨拶をする。
「いいのよ。さ、こちらに座ってお話ししましょう」
テレーシアがぽんぽんと叩いた席にイルヴァが座れば、その隣にどかっと座る男性。
「エド」
「よぉ、アルヴィン妹」
「エド」
「……テレーシア、なんでそんなに睨むんだよ」
「当たり前でしょ。一言くらい言って座りなさいよ。イルヴァがビックリしてたじゃない」
イルヴァの隣に腰を下ろし、テレーシアにジト目で睨まれたのはエド――エドヴァル・アールグレーンド。この国の王太子その人だった。どうやら、きょとんとしたイルヴァを見て、テレーシアは怒っていたらしい。
「あの、テレーシア様、私は平気ですよ。確かに少々、驚きましたが」
「ほら見なさい」
「いやいや、その前にアルヴィン妹は平気って」
「そういう問題じゃないわ。それに『アルヴィン妹』ってなによ。イルヴァにはイルヴァってかわいい名前があるのよ」
抱え込むようにイルヴァを抱きしめ、文句をエドヴァルに投げつけるテレーシア。エドヴァルはそれは、その、深いわけがあってだなと答えを言いづらそうにしていた。
「テレーシア様、私は気にしておりません。ですので、そう王太子殿下に目くじらを立てないでくださいませ。殿下には殿下の理由がきっとあるのですから」
「イルヴァ、あなたが優しいのは十分わかってるつもりよ。でもね、理由があろうがなかろうが誰かのおまけみたいにいうのは良くないわ。特にそれが次期国王ならなおさらよ」
きちんとダメなところはダメと言わないととテレーシアはエドヴァルをとっとと白状しなさいと見つめる。エドヴァルはその視線を感じつつつも、ちらりとバーンハルドたちの方を見、他招待客たちの目をチェックする。とはいえ、殆どの招待客はカッセル親子とバーンハルドたちに注目している。それもあって、問題ないとわかると近くにいないとわからないように声を落として答えた。
「バーンハルドの奴に言われたんだよ」
「「バーンハルド(様)に?」」
「気にしてなさそうにしていて、あとからチクチク文句を言ってくるんだ。しかも、名前で呼んだとか執着というか嫉妬がヒドイヒドイ」
「あー、なるほどね。そうね、あの子ならありうるわね」
一度口から出てしまえば、あとは簡単でエドヴァルはバーンハルドの愚痴を零す。それには、姉であるテレーシアも苦笑いを浮かべ、彼の言葉に同意をせざるを得ない。唯一首をかしげるのはバーンハルドの婚約者であるイルヴァだけだ。
「バーンハルド様、いつもお優しいですけど、そうなのですか?」
「アイツが優しいのはアルヴィン妹にだけだ。他で優しいところなんて考えただけでも寒気がするな」
「悲しいことだけど、ごめんなさいね。イルヴァの言葉には同意できないわ」
「『氷の公爵』なんて、綺麗な呼び名もあるが、まんま態度が氷のように冷たいってことだからな」
「あとは『瞬間急凍機』なんて呼び名も出来てたわね」
「あー、あれな。あの時は周りの空気が一瞬にして凍ったからな」
いやー、あの時は参った参ったというエドヴァルにあの時とはどの時なのか知らないイルヴァは困ったように首を傾げる。それにテレーシアがそっとあなたが婚約破棄された時よと答えを与える。
「え、どうして」
「そりゃあね」
「まぁ、その辺は事が済んだ後でバーンハルドに聞けばいいさ。俺らから言えることじゃねぇし」
言えない言えないと首を振るエドヴァルにイルヴァはどうにも納得できないようで少し唇を尖らせた。
「別に悪い意味じゃないのよ」
「それは、バーンハルド様ですし、そうだとは思いますが」
拗ねないでと言うように抱き寄せたテレーシアにイルヴァも分かっているのだろうもごもごと答える。それがなんとも可愛らしく、テレーシアとエドヴァルは互いに顔を見合わせるとイルヴァがバーンハルドにいかに愛されているのか口々に語る。ぽっぽっと頬を染め、照れ恥ずかしがるイルヴァにバーンハルドが可愛がるのがわかるわと二人の張り付けた笑みは深くなった。
「あの、ところで、大丈夫なのでしょうか」
「あら、なにが?」
「予定通りであるとはいえ、このような衆人の目の集まるところで弾劾するというのは」
「実のところ、被害届が多くてな。それの一斉対応と相手方から言質をとるためってのが大きい。あとはそうだな、あまりにも目に余るってとこだ」
「陛下からも証拠をもって許可を得てるから問題ないわ。それにカッセル伯爵はやり過ぎたのよ」
自分よりも下位だからといって虐げていいわけじゃないの。そもそも、彼のは自分が優越感に浸りたいがためのものだったわけなのよねと出てきた証拠をみてテレーシアはそう感じたそう。それでも、とイルヴァは人だかりに目を向ける。
「兄様やバーンハルド様に悪評が立つようになるのではないでしょうか」
「それなら、問題はないわ。それに貴女の憂いも少しは軽くなるんじゃないかしら」
ふふふと笑うテレーシアにイルヴァはどういうことだろうと首を傾げた。ただ、身分の差が縮まることはないだろうと胸の憂いを静かに撫でながら。
少々時間は巻き戻り、イルヴァが離席したカッセル親子とバーンハルド、アルヴィン。
「待て、イル――」
「はいはい、もう婚約者じゃないんですから人の妹の名前を呼ばないでいただきたい」
それに今はイルヴァでなく、ご自分の立ち位置を気にしてくださいとイルヴァを追いかけようとしたドーグをアルヴィンが留める。男爵令息風情が何をと睨めつけるがアルヴィンは気にすることなく、口許に笑みを携える。
「さて、正直なところ、あまりこういう場で話すことではないんだが」
「問題ないでしょう。そもそも、婚約破棄を一方的にかつ衆人の目のあるところでするご子息がいらっしゃいますから」
そういう教育をされてるのでしょうとアルヴィン。
「まぁ、卿自身もよくこういう場を利用すると聞いてるから、構わないね」
「はてさて、なんのことですやら」
「あぁ、お惚けは必要ない。すでに色んな方から話を聞いてる。君はよくこういう場で糾弾するとね。とはいえ、その糾弾は殆どが冤罪だ」
悪評に次ぐ悪評に心を病まれ、すでに貴族を離れられた方々からも話を聞いたとバーンハルドは告げる。その言葉に大きく目を見開くもすぐに狼狽を隠し、口からそのようなことは、いや勘違いをしてしまっていたのかななどと言い訳を滑らせる。
「とはいえ、それに関してはまたあとで話をしよう。今回は簡単な話だ。近年、盗賊の被害が相次いでいるのは知っているな」
「えぇ、それは勿論。それが儂となんの関係がございますかな」
「私もね、貴方を疑いたいわけじゃないんだ。ただね、私もイルヴァに贈った装飾品が2年ほど前に被害に遭ってね」
そう残念そうにいうバーンハルドに話が見えないと困り顔になるカッセル伯爵。周りの下流貴族たちはうちも遭った、まさか公爵も遭われてたのか、とこそこそ会話を交わす。
「その装飾品を2年前の夜会で貴方の奥方がつけられていた」
続けられた言葉に場はしんと静まり返った。被害に遭ったその年にそれをつけている女性がいた。怪しいにも程がある。
「何をおっしゃるかと思えば、儂とて貴族ですぞ。妻に宝飾品を贈るのは当然。偶々その意匠が公爵の贈ったものと似ていたのかも知れませんがね」
「あぁ、そうかもしれないね。ただ、その装飾品は王族お抱えのデザイナーに発注したものだったのだが」
爽やかな笑みでカッセル伯爵の言葉に同意したかと思えば、スッとその顔から表情を消し、どういうことだろうねと疑問を示す。
市井にそれほどまでの技能者がいないというわけではない。いたとしても、バーンハルドが同じだと思えるものを同じ時期に思い付くものだろうか。あるいはその意匠が持ち出されたとも考えられるが王族お抱えともなると職場や住居は王城もしくはその近辺。そもそも持ち出させたとして一体誰がとなる。誰ともなれば、贈り物をした伯爵だろう。
「…………わ、儂は買うただけです」
「そうか、うん、そうかもしれないな。盗賊も早く手放したかったようだね」
絞り出された言葉にバーンハルドはそうかそうかと頷く。それにカッセル伯爵はほっと息を吐いた。ただ、周りは彼の言葉に納得はいかず、疑念の目をカッセル伯爵に向けている。
「あぁ、それとブラント卿からも何点か被害届が出ているものがあるんだ」
「公爵はそんなに儂を悪者にしたいのですかな」
「そんなわけじゃないんだが、気になってしまってね」
「婚約破棄をされた仕返しにブラント卿と共謀して儂を悪者にしようとしているように思えますが?」
「なら、正直に答えていただきたい。昨年、国王陛下に献上された品がブラント卿と貴方カッセル卿、被っていたんだ。これはどういうことかな?」
「被ることなど他の方々でもあるでしょう。なんの珍しくもない」
確かに献上品が領地で同じものを生産しているため被ることはある。だから、被ったところで不思議ではないと力一杯否定をした。
「残念なことだが、あの品が被ることはない!」
バーンハルドでも、アルヴィンでもない声がカッセル伯爵を否定する。
人垣が声の主のために道を開ける。
持ち手が鷹の頭になった杖をつき、歩いてきたのは白髪混じりの老年の男。シワの刻まれた顔からしてもかなりの歳であるのがわかる。しかし、背筋はピンと立ち、体の衰えを感じさせない。そんな男の後ろに彼の息子だろうか、目元がよく似た壮年の男。
バーンハルドは会釈をするが、アルヴィンは誰かに似てるなと会釈をするも頭を捻る。
「あの品はグンナル領でしか、作れないものだ。材料が特殊でな」
「え、うちの領ってそんな名前なのか。男爵領としか聞いてないぞ。てか、なんで親父の名前??」
「グンナルが生まれた年に儂が賜った王室直轄領だからな、あやつの名をつけさせてもらった」
ぽろりと零れた疑問に耳聡く答えたのは老年の男。その答えにさらに目を見開き、驚く。
「え、いや、え?! バーンハルド?!」
「ああ、そういや、アルヴィンは知らないんだったな。グンナル・ブラント卿はフェリクス・ブラート卿のご子息だ。そして、ハンネス・ブラート卿はブラント卿の弟君だよ」
ブラント卿が常に言い訳を並べて王城に来ないのは宰相であり、父であるブラート卿に会うのは気まずいかららしいよと驚きで敬語すら飛んでしまったアルヴィンに教える。
フェリクス・ブラート。王家からの信頼も厚く、老年になる今でも宰相を勤めるほどだ。しかも、まだ爵位を息子に譲っておらず現在も侯爵である。そんな彼がアルヴィンの父であるグンナルの父。つまり、アルヴィン達の祖父だという。
「この話はあとでイルヴァ嬢も含めてじっくりしようじゃないか、我が孫よ」
ニィッと口許に弧を描き告げたフェリクスにアルヴィンはひくりと唇の端が引きつらせた。間近で話を聞いたカッセル伯爵とドーグもその事実は知らなかったようで驚いた顔をする。伯爵はそのあとしまったなとばかりに苦々しい顔をしたのだが、すぐににこやかな顔を張り付けた。
「では、話を戻そう。ブラート卿の言うようにグンナル領でしか作れないものをなぜ、貴方が献上しているのだろうか」
「わ、我が領地はお恥ずかしいことながら特段優れたものがございません。それゆえ、いつぞやかぽろりと零してしまったことを覚えていてくださったのでしょう、ブラント卿に詫びにともらったのです」
「へぇ、婚約破棄をしてから、一年後に。それに詫びとはどういう意味かな? イルヴァに非はないはずだが」
「大人しく聞いていれば、なんですか。あれに非がない?? 非ばかりでしょう。今であれば、あの美しさがありますけど、当時は酷いものでしたよ。学園での順位は常に真ん中ほど、夜会はパーティには地味なドレスばかり、装飾品もなければ、化粧もまともにしてこない。あまつさえ、僕よりも頭の出来が悪いのに僕に意見する図々しさ。何度、婚約者であった僕が辱しめられたことか」
バーンハルドの言葉に失礼しますと言いつつも、ドーグの発言は刺々しいものだった。その発言にアルヴィンは顔を顰め、バーンハルドは緩やかな弧を口に描く。
「『男爵令嬢風情が僕より上の順位を取るな。僕を馬鹿にしているのか』」
「は?」
「『貴様にはどうせ似合わんし、僕の引き立て役でしかないのだから地味なドレスにしろ』」
「な、なにを」
「『化粧や装飾品をしたところで変わらんだろ。それを使う金があるなら、僕に寄越せ』だったかな。私の知人が丁度その時期学園にいてね、君がイルヴァにそう注文を聞いたらしいんだ。ちなみに他の注文も伝えた方がいいかな? イルヴァはただただ君の注文に答えていただけだよ。それに彼女が君に意見したのは正しい道を示そうとした結果。それで辱しめられたというなら、自業自得だろう」
さて、これでもイルヴァに非はあると言えるかなと笑みを深くするとドーグは顔を俯け、父親の後ろへと下がっていった。
「さて、ドーグ殿との話も終わったし、カッセル卿、詫びとはどういう意味か教えてもらえるかな」
「そんなの、儂が知るわけないでしょう。むこうから、勝手にそう言って送ってきたのですから」
「……アルヴィン」
「はい、親父――父上はカッセル卿に送ってないですし、家中のものも誰一人送ってなどいない。それに昨年は不作で陛下以外に贈る余裕なんてありませんでした。そんな状態の輸送中、盗賊の被害に遭っています」
「ははは、何を言うかと思えば。貴様の父君はきちんと献上しているではないか」
「えぇ、まぁ、陛下が熱烈にご所望だったということもあって、献上が遅れる旨をお伝えし、父上は自らの腕を対価にして、材料を用意したのです」
「なっ!? そんな気色の悪いものを献上したのか」
気持ち悪い気持ち悪いと騒ぐカッセルにバーンハルドやアルヴィンらは首を傾げる。
「何が気持ち悪いのかね?」
「決まっているでしょうが。人の腕を使った生地など気持ち悪いとしか言いようがない。一体、どうしたら、そんな非道なことができるのやら、儂には到底考えられませんな」
皆もそう思うでしょうと同調を求める。周囲の人々はカッセルの言葉が本当なら非道だと声を上げたいが、引っ掛かるところもあって、結果どっち付かずの状態になっていた。
「グンナル領は元々は王室直轄領だ」
「だから、そのような非道も許されると?」
「いや、それが本当なら勿論許されるとものではない。しかしだ、何故王室直轄領だったのか、答えられんだろう」
知っている者も勿論いるだろうがなとフェリクスの言葉にそういうことかと頷く者もいたが、目の前のカッセルは知らないのだろうそれがどうしたとばかりに睨めつけている。
「神樹の森があるのだよ。この森はな、受け入れる人を選ぶ」
神樹は国の創世からあるもので、我が国のシンボルとも言えるもの。その神樹の森が荒らされないようにと王室直轄領になっていた。しかし、近年の情勢から直轄領のままにしておくのが厳しくなり、ブラート家に下賜され、後々グンナルが領主を勤めるようになった。グンナルが選ばれたのは偶然にも当時王太子であった陛下と遊んでいた際にグンナルだけが森に受け入れられた為だった。そして、グンナルは領主兼神樹の森の守護者をしつつ、そこでしか自生していない植物に目をつけた。何か利用できないと考え、様々なことを試した結果、蚕の餌として、有用であるとなり、あの生地を作り上げることとなった。その功績が認められて現在の爵位が与える。ただ、自生しているものを使うため、量産には向かない。養殖にも手を出したが上手くいかず、現在も尚、自生しているものを利用している。ただ、歴代の守護者の文献から一種の裏技を見つけた。
自らの寿命を対価として植物の育生を時期関係なく早めるというもの。
「腕を対価にというのは、腕分の寿命ということだ。それを神樹の森へと捧げた。勿論、捧げた腕は失くなってしまうがね」
他人の命を使うことは神樹の森が許さないのだ。過去に他人の命で事を成そうとした者はすぐさま神樹の森から弾かれた。いくら、謝っても、神樹の森は二度とその者を受け入れなかったそうだ。
「それから、献上される生地には王家の紋章が隠されています。知人やその他の者に贈る場合、自分達が使用する場合は王家の紋章が入ってない生地を使用しています」
「見る人が見ればその生地がどういうものかわかるということだ」
「カッセル卿、その服を仕立てた際にこう言われなかったかい? 『この生地、どうされましたか?』もしくは『王家から下賜されたのですか?』とね」
アルヴィンの説明にフェリクスとバーンハルドが続けて言えば、思い当たる節があったのだろうその顔が青褪めていく。ぱくぱくと言葉を捻り出そうと口を動かすカッセルにバーンハルドはにこりと笑みを浮かべる。
「あぁ、どこかで買ったは無理だよ。商いを営むの者であればそれがどういうものか見当がつくはずだからね。それとも、王家への献上品を手に売り手買い手のことを聞いて回ろうか。皆、淀みなく答えてくれるだろう」
それとも、闇市場で購入されたのかなと続ければ、フェリクスがでは早々に摘発をせねばなと告げる。
言外に逃げ場など等にないぞという二人に自身の中の何かが決壊してしまったカッセルは儂は悪くない、やってないと喚きながら、人垣をかき分け、会場から逃げ出す。残されたドーグは父親の言動に呆然と立ち尽くしていた。
「君にも確認したいことがあるから、向こうにいいかな」
「……はい」
大人しくなったドーグにそう声をかければ、彼は素直にそれに応じる。バーンハルドはドーグを連れて別室に向かった。そんな中、遠くの方では何をする! 儂は伯爵だぞ! などと騒ぐカッセル伯爵の声が届き、往生際が悪いとフェリクスは苦笑いを浮かべた。
「さて、僭越ながらわたくしめから皆様にご報告を申し上げます」
どうしたものかという空気の中、ハンネスが声をあげ、こうなった経緯や判明したこと、窃盗にあった金品について説明する。尚、カッセル伯爵ならびに夫人に関しては証言や証拠によって罪に問われることになること、ご子息であるドーグは辺境に兵士として送られることになっていると告げた。金品の返還があることを知り、被害者たちはほっと息をつき、他貴族たちは侯爵家の親戚であるアルヴィンにお近づきになろうとし始める。
「本日はこの騒動にお付き合いいただき、感謝いたします。お詫びにとは言えませんが、当領地のワインや食事をご用意させていただきました。また、王家からも御用達のワインやジュース、お菓子の準備もしております。どうぞ、この後はごゆるりとお楽しみください」
しかし、彼らが動き出す前に、騒動渦中の人間がいますとゆっくりできないかと思いますので、我々はこの辺りで失礼いたしますと続けるとハンネスは父であるフェリクスとアルヴィンを連れて退出する。
その暫くの後、イルヴァと王太子夫妻も場を国王夫妻に任せ、退出していた。
「あの、よろしかったのでしょうか?」
「えぇ、大丈夫よ」
「陛下とはきちんと話し合って、こういう形にしたからな」
とある一室。バーンハルド、アルヴィンにブラート侯爵親子の後、会場を退出してきた王太子夫妻とイルヴァが合流した。王太子夫妻に対し、ブラート侯爵親子とアルヴィンは座ったままではと腰を浮かせるもエドヴァルはそれを制する。
「バーンハルド、振りでもいいから腰くらい上げろ」
「すまないすまない」
「謝る気全くねぇな」
エドヴァルの指摘に今は別に構わないだろうと軽い謝罪。その一方で、イルヴァは兄の様子が気になって声をかける。
「兄様、どうしたの? 大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だ。ただ、お前は少しだけ気持ち的に覚悟しておけ」
ぐったりした様子でソファに腰がけるアルヴィンに声をかけるものの、大丈夫だといいながらも落ち着かないアルヴィンにイルヴァは首を傾げる。
「イルヴァ、こちらにおいで」
「あ、えっと……」
「アルヴィンなら、心配いらないよ。ちょっと頭がついていってないだけさ」
ここに座ってとばかりに自分の隣を穏やかな表情でとんとんと叩くバーンハルドに兄のことが心配でたまらないイルヴァ。
「イルヴァ、座りましょ。これから話すことでわかるわ」
「……はい」
寒い寒いとぼやくエドヴァルは隣の妻をつつき、その妻はしょうがないわねとイルヴァへ声をかける。テレーシアの言葉にイルヴァは大人しくバーンハルドの隣にちょこんと腰を下ろした。穏やかな表情がにこにこと幸せそうになり、テレーシアもエドヴァルらもほっと一息つく。
「それじゃあ、エドヴァルたちに報告……よりも自己紹介の方が先かな」
イルヴァがわからないだろうとバーンハルドが告げれば、既に順番は決まっていたのだろうアルヴィンから侯爵親子へと順に流れる。侯爵の紹介にイルヴァが慌てて立ち上がろうとするもバーンハルドに制される。
「バーンハルド様?」
「彼は君のお祖父様だよ」
「え?」
「言い忘れておったな。お主の父グンナルは儂の息子だ」
クツクツと笑うフェリクスにイルヴァは困惑した表情をバーンハルドに向ける。グンナル殿にも確認してるから間違いないよと言うバーンハルドに兄様が疲れてたのはこういうわけだったのねと納得したイルヴァ。それから、ハンネスが叔父であることも理解し、イルヴァはグンナルの娘と言う自己紹介をするしかなかった。
その後はバーンハルドによる報告がなされる。
カッセル伯爵家、主に伯爵と夫人は荒くれ者を雇い、荷馬車を襲わせていた。以前から荒くれ者による被害は報告に上がっていたが、足取りが掴めず、捜査は難航していた。しかし、カッセル伯爵夫人がイルヴァのために作った装飾品を身に付けていたため、そこから徐々にやり口が見え始める。被害にあった家や知人の家に調査の協力を頼み、お茶会や夜会、社交の場で夫人や伯爵が身に付けているものを記録してもらった。被害者、参加者などを照らし合わせたところ、伯爵らは被害者を把握した上で身に付けているようだった。そう、バーンハルドが見つけられたのは幸運だった。相手がバーンハルドからの贈り物であると思いもよらなかったからだ。
「今回の夜会に夫人が体調不良のため欠席するとあったのだが、些か怪しくてね」
捕縛部隊を向かわせたら、案の定宝飾品を持って荒くれ者の一人と逃げる準備中だった。おかげで抵抗はされたものの捕まえるのは楽だったそう。早馬で連絡があったため、バーンハルドは夜会に遅れることとなったがある意味丁度よかった。憂いなく問うことができたのだから。
先の件も含め、カッセル伯爵は廃爵。当然領地も取り上げられることとなった。なお、息子であるドーグに関しては彼の証言等からこれらの件には関わっていなかったもののそのお零れにて生活していたことを加味し、辺境へ兵として従軍することとなる。お坊っちゃまということもあり、下っぱの雑用からこなすこととなるだろう。
盗品に関しては、既に手元にないものは調査し、ある場所を特定するだけで、購入する否かは被害者にたくされることとなった。尚、当時の購入金額はカッセル元伯爵から没収した財産から払われることとなっている。また、元伯爵らのもとにあったものに関してはきちんと返却がなされる。
「まぁ、イルヴァの分は新しく作るけどね」
バーンハルドが作ってくれただけで思ってくれるだけで十分だから、と断る。しかし、私が嫌なんだ、だから、お願いだと頼まれてしまえば、イルヴァに断る術などない。それに了承を返した際のありがとうと笑みを浮かべるバーンハルドを見たら、まあいいかと思ってしまう。
「ただ単に他所の女がつけたのを自分の女につけたくないだけだろ」
「まぁ、女の方としても嫌な気分になるから、あれの気持ちもわかるわ」
「……イルヴァがチョロすぎる」
二人のやり取りを見ていた王太子夫妻とアルヴィンは口々にそう語る。
そうした報告が終われば、今度はフェリクスが口を開く。ただ、飛び出した言葉はグンナルは元気か? 母君はどんな人だ? などという会っていない時間を埋めるかのような質問ばかり。
「おや――父上は腕をなくしたくせに母上と毎日睦まじく過ごされてます」
「お母様は普段はおっとりされてますが、怒るとお父様よりも強いですね」
だよね、合ってるよなと互いに目配せし、フェリクスの問いに答えているとフェリクスの隣でハンネスが顔を俯け、肩を震わせていた。時折、堪えきれずにんふっ、ふふっと声が洩れている。
「あぁ、全くもってアイツらしい」
そう言って笑いながらフェリクスはイルヴァたちに幼いグンナルの武勇伝を語る。それにはハンネスの笑いが決壊。ヒーヒー言いながらもフェリクスの言葉に補足を入れる。
王太子夫妻はイルヴァたちの様子を暫く観察した後、バーンハルドに一声かけて、部屋を退出した。
あの日からフェリクスとハンネスは念慮なしにグンナル領へ足を運ぶことが増えた。
「お前らのじい様と叔父をどうにか王都に押し止めてくれ」
そんな悲痛な便りがイルヴァとアルヴィンのもとによく届くようにもなった。大方、母といちゃつけないのが嫌なんだろうなぁと二人して思うも、あの二方を止めようとは思わない。寧ろ、無理だ。
止めようとすれば、イルヴァたちの方に来る。間違いなく来る。成長を見守れなかった詫びとばかりに毎日何かしら送られてきた。しかし、流石にこれはということで訴えて週一になった。それは頻度を下げてくれと訴えているものの現在も週一で続いている。また、最近では夜会や交友会に招待されることも増えた。王都にいるのだから、交友関係を広げてもよかろうとのことだが、イルヴァは必ずバーンハルドが付き添う形になっている。しかも、バーンハルドがいることもあって、男性はイルヴァに声をかけられず、女性も遠巻きで見ているため、広げられる交友がない。
「義理は果たしてると思うんだ」
「兄様、また来週あるみたい」
「……義理は、果たしてると、思うんだ」
オーグレーン家に来て早々、アルヴィンはもう疲れたとばかりに愚痴を零す。そんな兄に次の予定を告げれば、同じ言葉を区切りながら、机に突っ伏した。
「ハンネス殿にはお子がいないから、イルヴァたちが可愛くてしょうがないんだろうね」
そもそもの発端は互いに意固地になってしまったことだろうけどとイルヴァを隣にして座るバーンハルドは言う。
家を出て、男爵位をもらったグンナルはひょんなことで父であるフェリクスと喧嘩。家を飛び出し、グンナル領から出てこなくなった。その時点で会いに行ったり、連絡していれば、こうはなっていないのだろうが、フェリクスはそれをしなかった。いずれ、グンナル自身ではどうにもできなくなって自分を、家族を頼ってくるだろうと高をくくっていたのだ。しかし、そんな希望が叶えられることはなく、現在まで疎遠な関係が続くこととなる。今回の件でも、グンナルから頼ったものではなく、バーンハルドが系譜を辿り、声をかけたにすぎない。
「……そういや、来年あたり、弟か妹が増える」
「へぇ、それはおめでとう。お元気そうで何よりだ」
「親父は元気すぎるんだ。で、そいつは叔父夫婦の所の養子になる予定だ」
本当は手放したくないらしいが、あまりにグンナルの所に来るのでというのと、侯爵家の跡取りがハンネスの次がいないこともあって、そう提案したそうだ。
「つまり、あと少ししたら解放される!」
「本当にそうなるといいな」
「やめてくれ、その言葉はダメだ」
なんて恐ろしいことを言うんだとバーンハルドを睨めつけるが、睨まれた本人はニヤニヤと笑っているだけ。その上、今のうちに嫁さんを見つけておけばいいじゃないかと宣うほどだ。
「バーンハルド様、兄様をからかうのもほどほどにしてください。いじけた兄様を宥めるの、私になるんですから」
「お前も大概酷いぞ」
むぅとバーンハルドを諌めるイルヴァだが、その理由にアルヴィンは納得いかねぇとばかりにぶすっとした顔をする。
「あながち、冗談でもないよ。ずっと結婚してなかった私が言うのもなんだが、アルヴィンだっていい年じゃないか」
グンナル卿は強制的に結婚はさせないとは思うけどと言えば、結婚について頭の片隅にはあったようでアルヴィンは居心地悪そうに顔を背けた。
「侯爵家の跡取りのことばかりではなく、ブラント家の跡取りについても考えておかないと」
うちはその点、既に解決できてるからねとイルヴァの大きくなっている腹部に優しげな目を向ける。
「まぁ、うちの子達が継ぎたくないっていうなら姉上の所から貰うっていうこともあるかもしれないけどね」
「跡継ぎのとこも考えなくもないが、これから生まれる兄弟が生まれながらに叔父叔母になるとか不憫すぎるな」
「そこは、もう神の采配ってことだね。義父上がお元気で、何よりとしか言いようがないさ」
「そういえば、兄弟は養子縁組をすると言ってもすぐにではなく、十歳くらいまでは父様たちと暮らすそうです。叔父様の家なら、すぐにでも会いに行けるのに……」
「時間を見て、義父上達のところに会いに行けばいいよ。私も時間が作れたら、一緒にお会いしたいし」
その頃には私たちの子もいるだろうから、一緒に遊ばせるのもいいかもしれないねとバーンハルドとイルヴァが顔を見つめ合わせ話しているのをみて、アルヴィンはご馳走さまと言って、逃げていった。
「もう、兄様ったら。どこかにいい方がいらっしゃるといいのですけど」
「んー、まぁ、心配しなくてもいいんじゃないかな」
「あら、どなたかお心当たりが?」
「さぁ、どうだろう」
「意地悪、教えてくださってもいいじゃないですか」
むぅと口を尖らせたイルヴァにバーンハルドはくすくすと笑みを零した。その数年後、アルヴィンはグンナル領へと戻り、グンナルから爵位を引き継ぐと一人の女性と結婚した。またイルヴァとバーンハルドの間には三男二女の子宝に恵まれ、公爵家は賑やかになるのだった。
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以下はちょっとしたメモ的な本文に入れれなかったものとかです。
()のは初期の設定。
イルヴァ・ブラント:18.主人公。男爵令嬢。(家庭教師のおかげで大人しくなったらしい。)バーンハルドの婚約者。
テレーシア:王太子妃。(イルヴァの護衛対象。)バーンハルドの姉。
アルヴィン・ブラント:28。イルヴァの兄。男爵令息。(騎士の爵位を拝命している)
バーンハルド・オーグレーン:28.アルヴィンの友人。イルヴァの家庭教師。公爵。イルヴァの新しい婚約者。
ドーグ・カッセル:イルヴァの元婚約者。伯爵令息。
エドヴァル・アールグレーンド:28.王太子。バーンハルド、アルヴィンとは同級生で友人。
フェリクス・ブラート:宰相。侯爵。
グンナル・ブラント:男爵。フェリクスの息子。嫁さんラブ
ハンネス・ブラート:フェリクスの息子。グンナルの弟。笑い上戸
暁の髪:紺色→白→赤の暁の空のようなグラデーションの髪
宵闇の髪:青のグラデーションで毛先がオレンジの髪。
バーンハルドはイルヴァに一目惚れ。若くして公爵を継いで忙しくしていたバーンハルドの体を気遣いアルヴィンがグンナル領に招待したのがきっかけ。家庭教師もいないという事だったので、仕事の合間にイルヴァに会いにいっては教師として、彼女の傍に居た。ドーグと婚約した際には少しだけ不機嫌になったがすぐにそんな障害はどうにかすればいいと考え、気にしないことにした。さて、いよいよどうにかする前に婚約破棄され、それをいいことにイルヴァを手中に収めた。イルヴァが婚約破棄されたと報告された時は部屋を凍らせた。
イルヴァは始め、兄の友人という認識だったが、次第に異性として意識するようになった。けれど、公爵家と男爵家という事もあって結婚は諦めていた。だが、婚約破棄後、バーンハルドのアタックに陥落。ドーグのことは何とも思ってない。
アルヴィンのお嫁さんは押しかけ女房。王都にいた際に好き好きアピールをされていたが、いずれは田舎であるグンナル領に戻る予定があったため、ずっと断っていた。しかし、嫁さん、諦めなかった。家族に応援されて、グンナル領のアルヴィンに押しかけた。そんな嫁さんにアルヴィンは白旗をあげた。元々、アルヴィンも気はあったので夫婦関係はとてもいい。
ドーグのその後。辺境で日々過去の自分と向き合うようになり、兵舎勤めだった平民の娘さんを嫁にもらい、慎ましい生活を送る。
カッセル夫妻のその後、日々返済のために働かされ、ブラント家さえなければと反省の色なし。