第9話 無効化
格というものがある。
身分というのも、格の一つだろう。
たとえば、人間で言うと、貴族や平民という身分を作っている。
平民が貴族に気軽に話しかけることはできないだろう。
それは、格が違うからである。
「まあ、それと同じことだ。我とそいつでは、格が違った。だから、こうなった」
『攻撃無効化と自動反撃だっけ? 便利よねー』
ある程度力を持っていたら通用しないけどな。雑魚だけだ。
心の中で、そうヴィルに返す破壊神。
これは、千年前のあの戦争の時に編み出したものだ。
敵の数が尋常じゃないくらい多く、流石に一人一人丁寧に殺すのも大変だったということもあった。
膨大な数の攻撃を防ぐのも手間だったからというのも大きな理由の一つだ。
「ほら、攻撃を続けるがいい。貴様らの力試しにもなるぞ? さあ、我から攻撃はしてやらんから、かかってこい」
ちょいちょいと、挑発するように手をこまねく破壊神。
その油断しきった笑顔は、強者が弱者に向けるもので……。
間違いなく、つい先ほどまでは尖兵たちが浮かべていたそれである。
「おおおおおおっ!!」
三人の尖兵が一斉に襲い掛かった。
上から、左右から。
あの攻撃無効化と自動反撃は、一か所に集中しなければ使えないという確信をもって。
同時に三か所への攻撃は、普通なら非常に有効である。
武道を嗜んだ達人でも、同時に三方向から武器を持った暴漢に襲われれば、決して容易に切り抜けることはできないだろう。
また、武器も持っていない。武器というのは、持っているのと持っていないのでは大きく違いが出てしまう。
どれほど肉体を鍛えていても、武器を持った素人に負けてしまうことだってあるのだ。
だから、誰もが破壊神の死を覚悟して……。
「ぐっ!?」
ガキン! と一斉に彼らが弾かれたのを見て、また目を見開く。
「残念。我に攻撃を当てられるほどの格は、貴様らにもなかったようだな」
さて、攻撃無効化がされたとなれば、自動反撃も当然付随する。
彼らの懐に小さな魔力の渦ができて……爆発した。
ドン! と身体が上下に千切れて別れてしまった者。
丸焦げになって悲鳴も上げられずに地面に倒れた者。
幸か不幸か、両腕が吹き飛んだだけで済み、自身の腕から飛び散った血を顔面に浴びながら悲鳴を上げる者。
三者三様の未来が生まれたのであった。
「お、俺たちに手を出してタダで済むと思ってんのか!? せ、精霊様に……この世界の支配者に背くのか!?」
「だから、精霊って誰だ」
震えながら怒声を上げる尖兵に、破壊神は眉を顰める。
そして、ニヤリと笑った。
「そもそも、この世界は我のものだ。精霊とやらが今この世界を支配しているのであれば、再び我が征服してやる。破壊神様の、再征服だ」
「ひっ、ひいいいいいっ!!」
恐ろしい笑顔を見せつけられた尖兵は、背を向けて逃げ出した。
彼らは確かに精霊の尖兵であるが、もともとは普通のこの世界に生きる人間。恐怖を感じるのも当然だろう。
「ああ、そうだ。確か、千年前もそんな感じで逃げる者がいたな。まあ、我から言わせると、そんな力しかないのに我の前に立った方が悪いんだが」
そう呟くと、破壊神はそのあたりに落ちている石を拾い上げる。
背中を向けて全力で逃げる尖兵目がけて……それを軽く投げつけた。
軽く投げたとは思えないほど唸りを上げて背中目がけて迫り……ドッとその身体を貫いた。
胸に開いた穴を見て、地面にうつぶせに倒れる尖兵。
「せ、精霊の尖兵たちが……」
愕然とするカリーナ。
絶対強者であり、彼らは奪う側だった。
その関係性と優位性は、未来永劫変わることのないものだったはずだ。
だが、この突然現れた男は……破壊神は、そんな彼らを弱者に追いやってしまうような、圧倒的強者であった。
「さて、最後は貴様だけだな。貴様も力試しをしてみるか? こいつらのように死んでも、我は知らんが」
破壊神はそう言ってグラシアノを見た。
彼が最も強いということもあったが、もっと言えば消去法であった。
もはや、彼以外に残っている精霊の尖兵は存在していない。
「ぎゃははは! おいおい。俺たち尖兵に逆らうやつってだけでも面白いのに、尖兵を殺すだとおお!? マジで最高に面白いじゃねえか、テメエええええ!!」
今まで、グラシアノは敵対されるということがなかった。刃向われるということがなかった。
それは、彼が巨漢で恐ろしい容貌であり強大な力を持っているということもあるが、何よりもそれ以上に彼の後ろにいる精霊に逆らうことができないからである。
あまりにも強大な精霊に逆らえば、この世界では生きていくことができない。
だから、今日トーマスが自分に逆らったことに驚いたし、喜んだ。
だが、それ以上にやってくれたのが、この破壊神である。
逆らうどころか、尖兵を殺したのだ。
それは、すなわち精霊に対して宣戦布告をしたに等しい。
誰が見ても自殺行為。理性と常識があれば、誰もしないことだ。
しかし、彼はそれをやってしまったのである。
「我に立ち向かうか? 逃げても構わんが……」
「さっきのあれを見て、背中見せて逃げようなんて思わねえよ」
それどころか、強気な上から目線。
精霊の尖兵に上から話をする者なんて、誰もいない。
国の貴族ですら、気を遣ってくるというのに……。
グラシアノはその面白さに、目を輝かせる。
「それに……こんな面白いことから、背を見せて逃げるかよおおおおおお!!」
「ほう、いいぞ。我に貴様の力、見せてみるといい!」
グラシアノは、トーマスを殴った時は手加減していた。
本気で彼を殺そうと思って殴っていれば、間違いなく死んでいただろう。
だが、この男なら……破壊神を騙る男ならば、自分も本気を出すことができる。
仲間の尖兵をあっけなく皆殺しにした力は、確かなものだろうから。
そう考え、彼は肘まで隠してしまえそうな手甲を装着した。
鉄でできたそれでグラシアノの力も加わって殴られれば、常人であれば一撃で命を落とすかもしれない。
「(まあ、こいつ程度なら我の攻撃無効化と自動反撃を越えることはできないが)」
それでも、破壊神の余裕は消えない。
なるほど、他の尖兵たちと比べればそれなりの力があるようだが、それでも自分には届かない。
ガキン! とグラシアノは召喚した手甲を打ちあわせた。
「ふー……」
長く深く息を吐くグラシアノ。
そして、キッと破壊神を睨みつけると、一気に駆け出した。
「いくぞおおおお!!」
「ふん……」
その速度は、破壊神からすると欠伸が出てしまうほど遅いものだった。
少なくとも、千年前自分と接近戦をしようとする者の中で、彼のように遅い者は誰もいなかった。
だから、また彼は何もせずに、ボーっと突っ立っていたのだが。
「……ッ!?」
ゴウッとその手甲から光が溢れたのを見て、破壊神は顔色を変えた。
いや、手甲に魔法的な何かが施されていたことは、それほど驚くことではない。
魔剣に代表されるように、武器に何らかの魔法を施したものは数こそ多くないものの存在するし、千年前自分に向けられた武器の中にはそのようなものがたくさんあった。
問題は、そこから溢れ出している魔力が、とてもよく知っているものだったことである。
「ちっ」
舌打ちをしながら、破壊神は無防備な体勢を改め、バッと手を差し出した。
彼の手のひらとグラシアノの手甲がぶつかり合う。
それはギャリギャリと人間の手から発せられるようなものではない音を立てながら、しかし次第に光と音が収まっていく。
渾身の力で殴りつけたグラシアノであったが、破壊神はその場から一歩も動くことなく受け止めたのであった。
「……俺の本気を片手で受け止めるとかあ、やっぱ最高に面白いなああああああああ!!」
バッと破壊神の側から飛びずさるグラシアノ。
常人であれば腕を破壊してさらにその奥にある顔面を打ち抜くことができていたのだが、それができない相手となると彼の楽しみは一気に膨れ上がった。
一方で、受け止めた破壊神はまじまじと手のひらを見ていた。
まるで、何かを確かめて確信を得たかのように。
「だがああ、どうやら俺は力を認められたようだなあああ。あいつらを殺したヘンテコな魔法、効いてないみたいだぜええええ?」
そう。グラシアノには、一定以下の格を持つ者に発動する攻撃無効化と自動反撃が作動していない。
つまり、彼の力は破壊神と相対するにあたってそれなりの格があると認められたことになるはずだ。
「……いや、貴様の力を認めたわけではない。図に乗るなよ」
「じゃあ、何で俺の攻撃を受けなかったんだ? 防いだんだああ? 言ってみろよおおおおお!!」
だが、それを破壊神自身が否定した。
確かに、戦う前に彼が観察したグラシアノの実力は想定通りのものだった。
彼にとっては戦うに値せず、勝手に反撃されて死ぬ弱者。低い格の持ち主。
しかし、あの攻撃……魔法を噴き出しながら襲い掛かってきた手甲を受けていれば、攻撃無効化を貫いてダメージを与えてきていたことだろう。
それは、グラシアノそのものを危惧したのではない。
破壊神の目は、その魔法を纏っている手甲に向けられていた。
「……それは、貴様の力じゃないだろう。我には見覚えのあるものだ」
「…………」
破壊神の脳裏に思い浮かぶのは、千年前の光景。
自分の前に立ちはだかった、四大神。
その中の一人が使っていた魔力と、その手甲が宿している魔力は非常によく似ていた。
それでも、破壊神が少なからず驚いているのは、その神が決して尖兵のような者に力を貸すとは思えないほどのお人よしだったからである。
「それは、あの女神の力だ。どうして貴様があいつの力を使っている?」
その言葉を受けたグラシアノは、ニヤリと口角を上げるのであった。